学校には行かない

子供が学校へいけないのは どうして?


親の責任?

学校のせい?

社会がまちがってる?

本人があまえてる?

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母であること

最近話題になっている赤ちゃんポスト。どのように、どんなふうに、誰が、赤ちゃんをポストに入れに来るか?


赤ちゃんの養育を放棄するに当たり、母と父と一緒に二人で話し合って入れに来るか。おじいさんおばあさんが一緒に見送りに来てくれるか。親切なご近所の人がついてきてくれるか。お友達が送ってきてくれるか。


そういう人がいる人はたぶん赤ちゃんポストを利用しないだろうと思う。たった一人で、何もかも抱えて、何もかも抱えきれなくなって、途方にくれて・・・大方は母親がたった一人で、やってくるのだと思う。


日本社会は廃退していて、ポストがあるなら子どもをそだててもらおう♪と、ぽーいと捨てにくる・・なんてこと・・・考えられない。もし、ぽーいと捨てにこられたとしたら、そんな人に育てられなくてああ良かっただ。心中を考えている人も利用すればいいと思う。子どもは入らないが、虐待するくらいなら、子どもポストだって必要だ。


子どもを育てるのはかわいいばかりじゃない。命を預かるのは命が重ければ重いほど、重い。自分で何もかも抱え込むから、八方ふさがりになってしまう。子どもは、本当は親だけじゃ育てることはできないんだ。


頼りにならない男、頼りにならない親、ましてや他人なんて。地域はだめ、病院はお金、あると決められている母性愛。


結婚してないからでも、若すぎるからでも、お金がないからでもなくて、母親が孤独だから育てられなくなるという場合の方が多いと思う。


「子どもを産むからには親として責任を持ってもらうことが大切で、そういうお子さんに対応する施設もあるし、匿名で子どもを置いていけるものを作るのには大変抵抗を感じる」と慎重論を唱えている安部首相 これは、男の意見やなぁと思う。きっと安部さんは子どもを抱えて右往左往したことが無い人だ。


ポスト・・という名前が、ほかに無かったのかなぁ・・・と思うが、私だって、他人様の子どもを預かって、その人生の責任の一端を背負う余裕も勇気もない。自分の子どもを育てるだけで七転八倒だ。「あなたは一人じゃないよ。私のところへ預けにおいで。力になるよ。」母親にそういうメッセージを送ることができる人間だけが、ポストのことを批判してもいいと思う。


「もう一度、赤ちゃんを引き取りたいときには、信頼して、いつでも連絡してください」といった手紙を置いてあるそうだ。泣けるじゃないか・・。私は、子どもを抱えて途方にくれたことがある。うちの子どもが不登校になった原因のひとつに母親である私が孤独だったからだと感じている。

お別れ


sot


仕事から帰る途中のスーパーがあまりたいしたイベントもなく、ひっそり閉店した。どれくらい営業していたのだろう。うらの駐車場の物置はドアが曲がっていて全体的にゆがんだままポツリとあった。ゴミ置き場には雨でどろどろになったダンボールがまだ残っていて、野菜をいれるカートンも2つ汚れたまんま放置されてある。お店の中は電気がついていてブラインドの隙間から、空っぽの商品の棚が並んでいる。必ず何でも終わっていく。


始まりがあれば終わる。お店は開店したら閉店するし、お花は咲いたら枯れるし、人間は生まれたら死ぬ。


出会えば必ず別れるときが来る。さみしいな・・。


87人の六年生が今週末卒業していってしまう。今日は、先生ありがとうといって調理実習で作ったカップケーキをもらった。図書室でのかかわりなんてほんの少しだけれど、とってもさみしい。


あやちゃんは4年生のとき、休み時間になったら図書室の私の机の下にもぐりこんで過ごした。私が編んでいたモチーフを1枚ほしいというので、そのとき何気にあげた。「あのコースター(モチーフ)、今も持ってる」今日は言ってた。覚えてるだけじゃなくて、持ってくれてるんや・・とうれしかった。


きこちゃんは、大きくなったら図書室の先生になるという。「図書室の先生は給料が安いからどうせなるんやったら教室の先生になり」というと「だって、図書室にいるほうが豊かでたのしそうや」といった。


卒業するこどもたちに手作りのしおりをあげたら、まいちゃんは「これ、使わんとちゃんと飾っとくわ」と、たかがしおりを大切に持って帰った。


ゆうきくんは、本は読まないけど毎日、図書室に来た。「そしたら、帰るわ!」と挨拶するために。インフルエンザで休んだとき以外、毎日。


中学生になったら、ちょっと恥ずかしくなって今までのように笑いかけてくれなくなるかもしれない、1年、2年、3年、時間が経てば会ってもわからなくなるかもしれない。5年、10年と経てば、記憶からも消えてしまうかもしれない。


だから、別れるときは、精一杯、まじめに、ちゃんと別れるほうがいい。また会おうね、また遊びにおいで、でごまかしちゃいけない。


みんな、さようなら。元気でね。


大人への入り口


hana


友達の息子が東大を現役で合格した。うちの末っこと同じ年齢だ。幼稚園のときから、彼女親子と私たち親子は、一緒に過ごしたし、見せてもらってきた。


そりゃ、もともとの脳が違っていて、公立校ですごそうが、あそびほうけようが東大へ行った人も幾人か知っている。でも、大方の人間にとっては東大といえばやっぱり日本のブレーンになる人材を育成する大学なのだから、そうやすやすとは入れない。


友達親子は、3歳になったときから、塾に通わせ始め、習い事や家庭教師、学校は私立へ通わせ、習い事も塾も送り迎えをしていた。つぎ込んだお金と時間と労力と精神力は親子ともども膨大だ。子どもは自力で受かったと思っているかもしれないが、私からみれば親と子の二人三脚で勝ち取った合格だ。


ハードルはたくさんあった。家には同居の老親がいたし、お金もつぎつぎ必要だった、親の介護など親にも手がかかった、時には精神的に折れてしまいそうなときもあって、専門家の門もたたいたし、時間的にもいそがしそうだった。家の中では何事も息子のことを優先させて、お母さんは自分の楽しみも満足に没頭することなどなかったようにみえる。



その友達と話をしていたとき、息子本人が家へ帰ってきたので、思わず、「おめでとー!!」と握手した。彼は驚いていた。でも、人事ながら、良く頑張ったと涙が出そうだった。


子ども18歳といえば、親と子の1つの結果が示される。末っ子の同級生の家にはそれぞれにいろんな1つの結果を手にしてる。へえ・・あの子が・・と意外な結果もあれば、納得だと思う結果もあり、悲喜こもごもだ。



自分の息子が東大生・・・なんて、華々しいのだろう・・と思うが、我が家では、長男は小卒。ウォークマンと寝袋1枚持って東京で働いている。(しかし、小卒はある意味すごいと思ってる)長女はここらでは一番の進学校に行きながら、お金儲け主義の事務所のスカウトをきっかけに女優になりたいと、高校を出てすぐアルバイトをしながらその道を模索し始めたものの・・どうも同棲を始めたような気配。道を彷徨っている。(子どもができたりしなければいいのだが・・)次男は家庭をてんやわんやにさせて高校を中退し大検で高卒資格をとりこの春ドラムの専門学校へ行く。(こいつが東大生になる彼と同級生だ)将来、家族揃って路頭に迷っていなければいいか・・と思えるような不確かな道中を歩いているが、まあ、これもいいかと思っている。(あきらめている?)



そんな中、先日、事故でなくなった息子の友達のお母さんから会葬参列のお礼の手紙が届く。今でも、「ただいま」と帰ってくる気がしてならない・・そう書いてあった。彼も18歳。



事故で命を落とした18歳は余りに惜しくて、余りに気の毒で、余りに無念だ。その彼を引き合いに出しては本当に申し訳ないのだが、その無念に比べれば、どんな納得のいかない結果だとしても、その結果の先に未来がある。


1つの結果を受け取った18歳。でも、その結果は入り口だ。失望せず、奢らず、自分の夢や希望は見失わず、自分の人生を自分の足で、みんな一生懸命生きていって欲しいと思う。(自分も。)

卒業生


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卒業生が遊びに来た。図書室をしめるのは16時。私の仕事は16時15分。奴らがきたのは15時55分。「もう、図書室、閉めるんやから帰ってよ。」といっても、「ぅんお~」という変な返事とともに漫画や雑誌やエンタメ系の本をひろげて床にスカートと足をひろげて座り込む。職員室の先生は知ってるくせに覗きにも来てくれない。そういう私も追い返せない。(かんべんしてよ・・・・)と思いながら、腹をくくって、彼女たちと一緒に床に座り込む。


「学校、どう?」「なんで、今日、早いのん?」「テスト終わった?」そんな話をしながら、中学生なので恋の話になる。バレンタインデーで告った話や、去年は見向きもしなかった間柄の男の子と女の子が付き合ってる話や、別れた話まで。そして、その中の一人は高校生とつきあっているという。


「えぇ・・・高校生。そんなんとつきあって、単車の後ろに乗ったり、赤ちゃんできるようなことしたらあかんねんよ。」というと、「大丈夫。ゴムつけてるから」


世の中は進んでるというのか、後退しているというのか、そのあっけらかんとした言い方にちょっと驚いてしまった。「何、ゆーてんのん。高校生の男なんて動物と一緒やねんからね。自分の身体は自分の責任でまもらなあかんねん。安売りしてどないすんのん」


「先生、古いねぇ~」


いいカッコだと思っていってる部分もあるんだろうし、まんざら嘘でもないんだろうし、寂しいということもあるんだろうし、興味もあるのだろうし無知でもある。でも、13歳の女の子がセックスを気持ちよくてしてるとは思えないし、万が一、子どもができたら、産んでも堕ろしても傷つくのは女の子だ。


小一時間ほどいて、彼女たちは言いたい放題いって帰っていった。職員室にもどったら、「あの子ら来た?」って先生に聞かれた。知ってるんやったら来てくれよ。と思いながら、そんな卒業した子にまでかかわっている余裕はない学校の大変もよくわかる。


彼女たちはどこか守りが弱い。自分自身の守りも環りからの守りも。小さな穴はどんどんほころびて、大きくなる。セックスでもやってないと、心細くてやってられないんだろう。いい出会いと自分自身の成長とで、うまく乗り越えて大人になっていければいいのに・・・と思う。

言葉がない


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妊娠したとき、女に生まれてよかったと思った。好きな人ができて、その人と結ばれて、その人と自分との未来を生きる命が自分の中に宿る。仕事や生活やお金やそれまであったさまざまな問題と思われていたことが、強烈な存在感に吹き飛ばされてしまう。出産は苦しかったが、自分はそうやって、自分以外の人もそうやって、お母さんの苦しみとともにこの世に送り出されたんだと感謝した。子どもを育てるのはわからないことだらけで、自分のことを振り返る余裕もなく子どものことばかり思うようになる。そうやって、生まれた子どもとともに、生きてきた。女だから。


息子の友達が事故でなくなる。そして、まだ間もないのにそのお母さんから、先日、お葬式参列のお礼の電話が入る。


私は・・言葉がない・・そういう体験を初めてした。


そうやってお礼の電話をかけ、いちいち受け答えを何軒やったのだろう。


息子がいなくなってもお腹は減るだろう、仕事もあるし、生活も続いている。自分自身はなにも変わっていないとも言える。でも、母親にとって子どもを亡くすということは、一切を失いつくしてしまったといっても過言ではない。


何もかも失ってしまった何も変わらない自分自身を抱えてこれから生きていかなければならない。 


笑うこともなくなった、わがままも無理もいうこともなくなった、お金もいらなくなった、ご飯も減らない、未来がなくなった子どもの顔をお母さんはどんな思いで見たのだろう。そういう場合、どこに希望をみつけたらいいのだろう。どんな生きていく選択肢があるのだろう。


そして、私には、何かしてあげられることがあるのだろうか。何もしないことがいいことなのだろうか。季節はやがて春になろうとする。彼はこの春、大学生になる予定だった。

虚しさをかかえて 夢をぶらさげて


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不登校になってしまったり、自殺したり、罪を犯してしまったり、事故にあったり。生きているといろんな不幸にであってしまう。そういうことにあってしまうのは、ただ単に偶然ということもあるだろうし、いろんな原因があることもあるだろう。運もあるだろうし、本人の性格的な問題もあるだろうし、社会のせいもあるかもしれない、周りの人間関係かもしれないし、土地や時代が関係あるかもしれない。


でも、その中でも親の責任は重いと私は思う。


子どもが倒れて動けなくなり、不幸を呼び込んでしまうそのときまで、何も気づかずに何も手を打たずにきたのだから、極悪最低だ。本当に未熟な親でごめんね。でも、きてしまったからには、ここからは悪いけどこっからは自分で立ち上がってくれないといたし方がない。


昔、まんがで読んだ。そして最近、映画をみた。「どろろ」手塚治虫


父に売られた。母にあきらめられた。ふたりは自分を捨てた。48の妖怪に48の体の奪われて、川に流された。百鬼丸。


それでも、彼のことをあきらめない人がいた。その人のおかげで命をつなぐ。そして孤独な彼に仲間ができた。どろろ。そして思いをつなぐ。自分をあきらめないで、生きる。ただ、生きるだけではなくて、妖怪とたたかい、自分の身体を自分の手で、力で、取り戻していく。


魂は枯れてしまわなかった。苦しみながら、再生を果たして行く。


「三つ子の魂 百まで」という言葉がある。3歳までに親としてするべきことはすべてなしたという人が世の中にどれくらいいるのだろう。学校へいけなくなったり、病気になったり、受験に失敗したり、犯罪を犯したりしたとき、3歳までにちゃんと魂に叩き込まなかったせいで、そうなったと親はおもい、もうどうにも取り返しがつかないんじゃないかと思ってしまう。


「どろろ」をみおわって、その悲しみと力強さに触れて、いや、それでも生き抜くんだという迫力を感じた。転んでも転んでも、うらぎられても、うらぎられても。少なくとも親から命をもらったのだから、あとは、他人の力を借りたり、自分の力を磨いたりしてそれを埋めていけばいい。


いま、私にできること。自分自身の子どもに対して、あきらめたりがっかりしたりせず、また自分より他人である若い人に対して、出せる力は惜しまないでいたい。そしてなにより自分自身に失望しない生きていたいと思う。


手塚治虫はよくこんな物語を考えたものだ思う。そして、彼の人間愛に癒される。映画では妻夫木くんのようなやさ男では・・と思っていたけれど、なんのなんの、とても良かった。柴咲コウもまんがのイメージから離れてる・・とおもったけれど、とてもいい演技だった。ミスチルの「フェイク」のフレーズ、虚しさを抱えて、夢をぶらさげて というのが素敵。




”「時代劇で妖怪物、というかなり特殊なジャンルとして発表され、アニメ化に伴う掲載誌の変更、ヒーローキャラである百鬼丸をうたったタイトル変更、なによりも全身に欠損を持つ超能力者と盗賊の孤児が主人公ということで、差別問題など微妙な問題が多く地上波では殆ど再放送されないなどかなり不遇な状況を背負った作品。」Wikipediaより”

チョコレートの気持ち


choko


バレンタインデーが近づいてきた。夫はクラブの生徒に、つくったチョコレートは俺にはくれるな・。といったそうだ。それでも子どもたちはいえ、もってきますよ♪という。「そうとちゃうんや。つくったんじゃなくて、買うたまんまくれ。去年のお手製のチョコレートはまずくて食べられへんかった。」「きゃーー先生、なんてひどいことを言うんですか~」と、言われたそうな。


まったく、どうして手作りのチョコというのは出来上がったチョコレートを溶かして再び固めて形をかえて手作り♪と呼んでプレゼントするのか、私もよくわからない。手作りというのなら、そりゃカカオからつくってこそ、手作りだろう。


主人のいってる中学校はそうやって子どもたちがチョコレートをもってきて、愛の告白や友チョコやらをするらしいが、私の行ってる小学校では、チョコレートは禁止になっている。図書室では、その禁止の網目をくぐって、どうやってチョコをわたすか?という話題で最近は持ちきりだ。私は学校にいるけれど先生ではないので、聞こえない振りをして聞いている。


男なんか興味はない、好きな子なんかいない、そういう子もいる。恥ずかしいからそういうのもあるだろうし、本当にこれといった好きな子がいない子もいるとおもう。


ちなみに私が始めてチョコをあげたのは小学校6年生だった。転校してきた男の子で、片思いだった。グリコのアーモンドチョコをあげた。どうしてかというと、グリコのアーモンドチョコが私の一番好きなチョコレートだったからだ。その男の子には別の好きな女の子がいた。チョコレートをあげたからって、振り向いてももらえなかった。


そんな話を図書室に来る小学生の女の子たちにする。そして、「誰かを好きだって思うことは、大事なことやねんよ」と付け加える。


苦しいことや悲しいことや情けないことがたくさんあって、それでも、避けることができなくて、頭からそうしたことをかぶりながら生きている毎日の中で、こうやってこの世に生まれて、生きていて、誰かのことを好きだと思う気持ちはとっても大切なことだ。


時には相手から思うような答えをもらえないかもしれないし、そのことで苦しむこともあるかもしれない。だけど、誰かのことを思う気持ちは、その誰かのためにあるのではなくて、自分自身にとってとても大切な気持ちなのだ。こんなにふくよかで美しい気持ちを、自分で大切にしなければ、何のために生きているのかわからない。


だから、好きな人に思いは伝えればいいとおもう。

試験問題

「友達がムカつくからその子の教科書を破ってやった。でも、だんだん心が痛んできた。だけど、担任の先生は信頼できないから、相談するのは絶対嫌だ。友達にもいえなかった。お父さん(お母さん)を信頼して相談に来た。ねえ・・・どうしよー・・・」そういわれたらどうしますか?


自分を信頼して打ち明けに来たことがかわいい。そして、大人として、ちゃんとした答えをしたいし、裏切りたくもない。さあ、どうする・・・。


教師だからといって信頼できる人間だとは限らない。案外、子どもが感じていることがあたってることもある。だけど、教育上、このままにはしたくない。といって、大人の強権で正しい判断を押し付けてしまうと、子どもは次から、心を閉ざしてしまう。


親なら子どもとたくさん話し合う必要があると思う。そして、一緒に考えて悩むだろう。答えがずっとでないかもしれない。答えがでるまで忍耐でつきあうのか、それとも誰かの手を借りるのか、その誰かは誰なのか。



これは、今年の面接試験の問題だった。図書室ではこんなことが日常茶飯事。


私    「じゃあ、あなたは、どうしたいの?」ということを聞いていきます。
面接官  「では、子どもに頼まれたとおり、担任には言わないんですね」
私    「どうしたいか、話した上で、考えますが、すぐには担任の先生にも言わないと思います。でも、最終的には誰かに相談するとおもいます。誰なら相談してもいい?と聞いた上で、私が相談するのは必ずしも担任の先生じゃないかもしれません」


私はそうしてきたので、そう答えたが、この私の答えはまずかった。


そういうことは、まず担任の先生、50歩譲って、校長や教頭など、即相談しなければならないのだそうだ。学校として対応が遅れてしまう原因になり、その責任は教師に降りかかるからなのだそうだ。教師を信頼して相談をし、その対応と始末は教師に任せればよいのだそうだ。余計な責任を負わない、そうやって自分で自分を守る。司書はあくまで読書教育推進と資料管理と整理のために雇われているということだった。


学校はいつも先じなければならない。先手必勝、文句を言われないようにしなければならない。非を見せてはならない。気づかないなんてことがあってはならない。子どものことはなんでも知っていなければならない。


学校とは戦場。


サンヨー○ガのMP3

不登校で、学歴社会から脱落、そして、引きこもりへ。30になっても40になっても家の中で子どもがいたら・・・そうなったら、私が私の年金で、稼ぎで一生一緒に生きていくわ・・。そう、よく思ったものだ。もう、生きていててくれるだけでいい・・そんなことをおもって追い詰められたものだ。


親がそういうことを想像するのだから、本人はもっと過酷に自分への不安を抱えているといえる。今に見ていろ、一発逆転、みんなをあっといわせてやる・・というようなことを想像している。不登校の自分は本来の自分ではない。そう思わなければやってられないのだ。そうした不安に付け込む奴がごまんといるのが弱肉強食の今の社会だ。


数ヶ月前、20歳になったばかりの息子が35万のMP3を買った。1~3万で買えるかと思われるMP3。しかし、そのMP3をネット広告を出して販売する権利もついているから35万なのだそうだ。それがどんどんうれてお金ざっくざっく!・・・・そんなわけないのに、そういう話の乗ってしまった。本人は詳細を言いたがらない。やがてそのMP3のローンが支払いが滞り、先日、札幌の裁判所から訴状が届いた。


裁判で訴えられたのだ。


なんのことはない、会社ははじめから無知な若者を保証人も立てずに借金の契約をさせて、払えなくなって裁判所にとりたててもらいましょうと筋書き通りなのだとおもう。東京に本社がある会社がどうして札幌の裁判所に訴えるのか。札幌まで出廷してこないことを最初からみこんでいる。北海道の人なら沖縄で、沖縄の人なら北海道で、訴訟を起こすのだ。


馬鹿にしてる。


20になったばかり。まだ20ともいえるし、もう20ともいえるが、契約の何たるかなどてんで知らない。彼が独りで決めて一人で一攫千金を束の間夢をみたのだ。どうして仕事も無い支払い能力の無い年金も払っていない人間を相手に、保証人もつけずに35万のお金を融資するのか・・・。


そして、そのバカを相手に、詐欺師の会社の取立てを裁判所が行う。裁判所は何もまちがってないのかもしれないが、どうかんがえてもおかしいと思う。


会社ははじめから支払えるなんておもってないのだ。そしてMP3が売れるなんて思ってないのだ。はじめっから、売れなくて支払えなくなって、裁判所に訴えて、裁判所に取り立て命令をさせるつもりなんだ。そして、儲けたころあいを見計らって会社をつぶしてとんずらするつもりなのだ。


バカ、バカというが、おそらくたくさんの若い人、主婦、老人がターゲットとしてがだまされていることだろう。


そこの会社は大手電機メーカーをもじった変な名前の会社だ。サンヨー○ガだ?ナショナル○ジットローンだ。あんたの息子がバカなんだよ!って、会社も世間も裁判所も法律もそういう。


そう、息子よ、世の中はだまされる奴がバカなんだ。バカは強くなるしかないんです。みなさん、35万のMP3は買ってはいけません。

冬休み


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学校がお休みになった。


チャイムに追われるように流れる学校の時間も、子どものざわめきも、子どもに指示を出す先生の声も聞こえない。実際、先生方の勤務は28日までなのだが、多くは有給休暇をとって休んでおられ、学校に出勤してこられるのは日直の先生と数人だ。出勤している先生方は資料を片付けたり、3学期の準備などをされているが、ほっとしているのが伝わってくる。これが、中学校や高校なら、クラブ活動で忙しいのだろう。小学校ならの風景なのかもしれない。

私は臨時職員なので、有休はほとんどない。ぎりぎりまで出勤する。私自身は先生方と違って、子どもたちがいなくても仕事は変らずにある。そんな冬休みだ。


チャイムのスイッチが切られて、学校のスイッチも切れている。不登校もいい子も悪い子も勉強のできるできないもなし。子どもたちもほっとしている。



教育委員会の指導主事から、図書室登校の子どもと一線を引くようにと言われた。個人としては感謝もしているが、司書は子どもを見るための免許がないので、私がそういう子どもとかかわること事態、あってはならないことなのだそうだ。司書の給料は何年勤めても一律で、待遇も財政難の折、あがるどころか導入の打ち切りさえささやかれている。そんな中で、余計な仕事をかかえないための指導主事のアドバイスなのかもしれない。


友達が怖い、教室に入れない、顔を上げられない、廊下で震えている、でも、必死でがんばってる・・そういう子どもが図書室にやってきて、私はいろいろ悩んだ。仕事も滞る。試行錯誤もした。でも、どうしても放っておくことはできなかった。知らん顔することが、一番むつかしい。それは、教育現場につとめる人間なら当たり前なんじゃないんだろうか。


子どもがいるのに先生がつかないのは担任の怠慢、学校の無策、校長の無能なのだそうだ。それは正論かもしれないが、現場は毎日が突発的な出来事の連続で、先生方も非常に忙しく、彼が一人になる時間はたくさんあった。一人で図書室にいるが、司書だから私は知りません・・というのは、それこそが難しかった。


が、それにかかわったおかげで滞らせた仕事があれば、それを減点せざるを得ませんと、指導主事が言う。

司書には子どもをみる資格がない。保健室の養護教諭や教師しか子どもをみることはできないのだから、あなたがかかわることは間違っている。看護婦が医療行為をして人の命を救ったとしても、それは犯罪なのだとおっしゃった。その言葉を聞いて、人として貶められたような気持ちになった。がっかりした。


これだけ、学校が試行錯誤して、困って、悩んだ現場を、教育委員会は一度も見に来なかったし、何の策も講じてくれなかったではないか。それを、現場の責任だけに片付けて、一介の司書である私に減点云々とは、なんとも冷たい。机上の空論だ。


学校とは人を育てる場所で、私は事務員だからここまでです、司書だからここまでです、教師だからコレはしません・・と、割り切れる場所でもあるまい。しかし、給料や待遇の格差があるから、みんな平等に働くということに不公平が生じる。


でも、そんな事情、子どもには関係の無い話だろうに・・・と、子どものいない学校で考える。

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