学校には行かない -3ページ目

遠い教室

sora


教室へ入れない男の子がいる。それでも毎日、お母さんに送られて一生懸命学校へ休まずにやってくる。そして、廊下でうずくまっている。彼は転校生で、新しい大勢のお友達の中へ入るのが怖いのだそうだ。


私も小学校1年生のとき、転校した。新しく入った学校は男子も女子も仲良しで、先生も若い先生ばかりで、学校も鉄筋の4階建てだった。とても、すばらしくて明るい学校だったのに、私は学校へ行くのが恐ろしかった。なぜだかは、よくわからない。でも、放課後に一緒に帰ろうと男の子が話しかけてきたり、グループに分かれるときに、転校生である私が、あっちへ、こっちへと誘われたり、または、誘われなかったりするのがいつも心配だった。遠足で一緒にお弁当を食べる仲間がいるかどうか心配してた。私自身は教室へ入れないことはなく、それでも、教室の隅っこで、割合一人ですごした。2年生に上げって、一人仲のよい友達ができ、3年生にあがって、また独りぼっちになり・・ところが、4年生になったころ、何でふっきれたのか、まったく友達を恐ろしいと思わなくなった。きっかけがあったのだろうけど、覚えていない。


その話を教室へ入れない彼に話した。「そう、いつか必ず、あんなことがあったな・・って思い出す日が来るよ」そう彼に話すと、うれしそうに笑った。


給食の時間、私は職員室で食べることになっている。でも、友達から離れて一人ぼっちで食べる彼が寂しそうなので、私はずっと彼のところへ自分の給食を持ってきて、一緒に食べていた。


2学期になって、それに先生からクレームがついてしまった。私が一緒に食べることによって、それで安心してしまい教室へ帰らなくなるというのだ。教室へ来なければ、給食は一人で食べなければならない・・そして、一人で食べるのは寂しい・・だから教室へ行ってみようか・・そう仕向けたいので、給食を一緒に食べるのをやめてほしいといわれた。


担任の先生と教頭先生と校長先生がおっしゃるので、私は再び、職員室で食べることにした。


だけど・・・


彼は、本当は友達と仲良くしたいのだ。友達と食べるより私と食べるほうがうれしいから、友達のところへ行かない・・などということはありえない・・と私は思う。何がそうさせるのかはわからないけど、彼の心は疲れて傷ついているのだ。それを尚、寂しい思いをさせる必要があるのだろうか・・。


学校へ毎日通ってくる・・それだけで、ものすごく頑張っていると言うのは、甘いのだろうか。


先生は、とかく、そんなことでは中学になったら困る、漢字だけは勉強しなければ、数学だけはやっておかないとついていけなくなるよ・・と脅かす。そりゃ、ぱっくり勉強しなかった期間を取り戻すのは大変かもしれない。でも、小学生の勉強ぐらい、あとからいくらでもとりもどせるものだ。


「心配しなくていいよ」「大丈夫だ」そういってあげることが、今の彼には必要なことなのではないか・・と私は思う。

学校という園

私は司書としてまかりなりにも学校に勤務している。子どもたちから見れば、私も先生であるには違いないけれど、その実は、臨時職員であるし、数年後には民間委託になる話もでていて、給料も時間給で800円ほど。先生とでは、立場がちがうのだ。


そういう立場の人が、学校には何人もいる。配膳員、介助員、校務員・・。そういう立場の人間を先生方は見下げている・・と思われる。


私の机が荷物でいっぱいになったり、給食の配膳で使われて汁がこぼれっぱなしであったり、ティッシュで簡単に拭いただけのときが、しょっちゅうある。私の隣の介助員さんの机もそんな使われ方をする。クラスの返却図書が私の机や介助員さんの机にいっぱいにおかれているときがあり、私はそれを全て自分の机に移動する。そうすると、先生が介助員さんの机の上に置いておかせてもらったらいいという。


「どうせ、使ってないんやし・・」


おそらく一時が万事なのだろうと私は感じる。


忙しすぎるのかもしれないし、学校という閉鎖的な職場に何十年もいたら致し方ないのかもしれないし、別に学校以外でのやり方を覚える必要もないのかもしれない。教科を教えるために雇われているのだから、勉強しない子や、教室に入らない子、勉強についていけない子まで、めんどうをみろというのは酷な話で、無理なお願いなのかもしれない。先生が悪いのではなくて、それは行政の問題なのかもしれない。


すべてがそうだとは、言わないけれども、学校の先生と呼ばれる人多くの人は、弱い立場に立たされる者の痛みはわからない・・と思ったほうが間違いないと思う。だから、あまり真剣に、子どものことを相談しないほうがいいとおもう。それが特に、学校へ行けない・・ということであるならば、余計に。


先生は学校の先生になろうと思って学校で職を得ている人々であって、学校をとんでもないところだと思っていたら、そんなところでは、働けない。


ただ、そういう職を選択している人であるのに、不登校の子どもに大変理解を示す先生を、私は信用しない。教師としては、子どもがどんなに学校へ行けなくても、こんなことしてるぞ、今日はこうやったぞ、いい事があったぞ、こんなこと勉強してるぞ・・そして、学校へ来いよ・・そういってくれる先生でないと、信用しない。自分がいる場所をすばらしいと思えない人に、学校を創造することなんかできるはずがない。


いろいろ訴えて、可能性を模索し、関心を持ってくれる人をひろげることは、大切だなぁと思う。でも、今現在、悩んでいる自分の子どもに直接それが役に立つには、時間がかかりすぎることが、多い。子どもが不登校であったり、身体に障害があったり、病気を持ったり、学習についていけなかったりした場合、学校に補完する機能がないのならば、親が補完するしか方法がない・・親にその能力がなければ、子どもが自分で補完するしかない。

少子化

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子どもをどんな思いで、育ててきたか。仕事もやめてしまったし、体の線だってぼろぼろだし、子育て中は自分の服やアクセサリーなんて、いっさいかわなかったし、見たいテレビもみるひまもなかったし、好きな音楽をきく余裕もなかった。


赤ちゃんの頃、あまりにちっちゃくて息が止まってしまわないかと、なんども、息をしていることを確認した。ちいさい生命を預かった責任に押しつぶされそうになりながら、どうやったら、この子が最善を生きていってくれるか・・そればっかりを思っていた。


子どもができると、あれもこれもできなくなる。電車で子どもがぐずれば、親、なんとかしろよ!って世間の非難の目にさらされるし、おいしいレストランなんて、「くんな!」っていう扱いだし、仕事は、ママは退職して頂戴って感じ出し、復帰しようにも、ばばあがはいる隙間はねーんだよ!って感じだし、そして、おまけに子どもは、親を悩ませるばっかりのことをしてくれる。誰かに後ろ指をさされたり、迷惑をかけたりしないように一生懸命、考えて子どもを育ててきた。


なのに、学校には行きたくない。勉強は嫌い。産んでほしいなんて頼んだことはない。干渉してくれるな。僕の人生は僕のものだ。


なんやのん。あんたは、現実をシャットアウトして、部屋にこもればいいのかもしれへんけど、そういうことをいうやつに、毎日毎日ごはんをつくって、身の回りの世話もやってやって、こちとらのがれることはできないんですけど。せめて、ありがとうって言われへんかな。


そりゃ、少子化にもなるでしょうよ・・と思います。子どもを育てている母親が、あまり幸せそうじゃないようにうつるでしょう。子どもが不登校だったら、まず、矢面に立たされるのは母親ですからね。一生懸命、子どものことを思ってきたことの、何があかんかったというの?


少子化で大騒ぎなのはどうも日本ばっかりみたいなので、この際、人間を輸入すればいいですよね。

この現実を見て、産みたくない人は産まなきゃいい。

子どもをもたなければ、お金も時間も人生もすべて自分のためにつかってもいいですもんね。


と・・・まあ、いろいろ書きましたが、それでも、私は、子どもは自分の子どもも他人の子どもも、好きかもしれない。最近はね、まあ、生きてりゃいいか・・って境地に達しています。


自由

juu


自由というのは、自分で選択し、自分で決定できてこそ自由というものであって、自分で選択して決めたことに責任を持って行動して、努力していくことこそ本当の努力だと思う。


学校は30人も40人も同じカリキュラムを学年末に終了しました・・というところまで運ばなくてはならない。そのために研究された資料やテキストや先生の指導要綱は効率的で合理的で、それにのっとって勉強すれば、短く楽に日本が指定する学力を得ていくことができるのだとおもう。


学校では子どもに選択させて、子どもに決めさせて、子ども自身の手で結果を得させる・・なんて悠長なことをやっている暇は実はない。子どもが自主的に活動して、何かをやっているように見せかけて、実は先生があれやこれやをおぜんだてしてるのだ。フロンティア校!なんていわれている学校は余計にそうだ。


2年生が終わったら、掛け算はいえなきゃならない、6年生が終わったら、原爆がどこに落ちたかしっていなければならない、でなきゃ、先生の無能力のせいにされてしまう。そんなことで評価でも下がって、給料にひびいたら、バカな生徒のために、えらい迷惑を被ってしまう。


効率のいい人生、エリートになりたければ、やり方やなぜ勉強するのかなんてことに疑問を持たずに、それをどんどん消化すればいいのだとおもう。そして、それでまだまだ余力があれば、塾へ行って、さらに研究されたカリキュラムを、さらに無になって、どんどん消化すればいいのだとおもう。


それを貪欲にどんどん消化していけるのも1つの能力だと思う。日本の伝統芸能は形からはいって、その形をマスターしたときに、はじめて自分自身の芸を生み出すのだから、そういうやり方もあるのだ。勉強だって問題のその消化作業の中で、自分に向いた学問や好きなことを見つけるというやりかたもあるのだとおもう。


それからいえば、自分で選択して、決定して・・などというのは、人間の出来上がった人のやることなのだろう。用意されたカリキュラムをやっていくより、困難も多い。


それでも、自由に生きたいと思ったり、学校のことを考えただけで頭痛がするというのならば、学校なんか行かなくてもいいんじゃないかと私は思う。


合理的で効率的でエリートにはなれなくても、自分の足で自分の人生を選ぶことにしたのなら、それはそれで、すばらしい手ごたえのある生き方だ。

親という壁

「息子はぜんそくを持っておりますので、何かあったときには、かけつけることができませんので、息子を修学旅行には参加させないでおきます」とご両親。


息子くんは、行きたいというので、「行きたいという気持ちをもっと頑張ってお父さんやお母さんに言ってごらん・・」という励ましてみた。でも、頑張って言っているのでしょうけど、父母の壁が大きい。


先生は、なんとか参加させてやりたいとおもう反面、命にかかわる喘息・・と聞くと、もうひとつ押すことができない。それどころか、参加しないでいてくれたほうがいいかな・・と思っているかもしれない。


不都合ががあるから、身体や事情に障害があるから、参加できません。そんなのおかしいのじゃないか・・。できるかできないかやってみないとわからない。サポートの方法だって、まだ考えつくされていない。


そして何より、本人不在。


親は保護者であるとともに大きな壁でもある。親に頼りきって生きているから、子どもはなんでもかんでも自由というわけにはいかない。なんでもかんでもどころか、時には、あれもこれも、今日履いていく靴下も、明日遊ぶ友達も、学校で使う鉛筆も、自由じゃないどころか がんじがらめだったりする。


親という壁は時には先生や学校なんかより、ずっとずっと、たちが悪い。


自由じゃない。自由じゃない育てられ方をしたら、自由な考えができる大人にならない。自由な考えができない大人が一杯集まって、自由じゃない社会になる。


教育を受ける権利

hana


教育を受ける権利を守るのは、まずは学校の義務じゃないのか・・。学校に登校してこないなら、その学校の生徒ではなくなるとでもいうのだろうか。日本の不登校の子どもは選択肢がない。


プリントも来ない、行事も前日になるまで知らされない。学校に登校しないなら、先生には、学校にはなすすべが何もないのだろうか?


そりゃ、子どもは先生がきたら隠れるし、友達が来ても会わなかったりするかもしれない。


言うてうも無駄やろう、負担になるだろう、そっとしておいてやろう・・ということでしょうか。


それを、学校側が言うのは絶対おかしい。学校はあくまで、学校へ来いよ、勉強しようか、こんな行事があるぞ、待ってるからな・・って、言い続けてくれなければならないのではないか。みんながみんな、カウンセラーのように受容してくれても仕方ない。あなたは教師でしょう?先生は教育のプロでしょう?


それなのに、登校しなくなって給食費は半年以上払い続けた。誰が食べるの?息子の給食。


学校が確保してくれないぶんを、家庭教師をやとってきてもらった。1年間に50万近くのお金が必要だった。カウンセリングにも通った。一回に5000円も1万円もかかった。


アメリカでは、訪問してくるケースワーカーの人もいれば、インターネットなどで学力を保証し、単位を認定して言ってくれるシステムもあると、近所のアメリカの人に聞いた。彼女の子どもは日本の学校に馴染めないので、ネットにて、アメリカの単位を修得していった。


立派な先生もたくさんおられるかと思うけど、私の感想は、なんや・・教師なんてただのサラリーマンか・・と言う感じだった。本当にがっかりしたものだ。


家庭の力

教室にははいれない。友達が怖いから。勉強はしなければならないとおもう。でも、しようとおもうと頭が痛くなる。テストをうけるのなら3番以内に入りたい。


まさしくんは、おかあさんにつれられて、毎日やってくる。先生方は、お母さんは一見熱心に見えるが、実は、家にいるより学校にやったほうが自分が楽だからあんなに熱心に送ってくるのだ・・といっている。先生には荷が重い。お母さんにも荷が重い。不登校の子どもをささせるのは、本当に重い仕事だ。


学校に来ると、非常階段でうずくまる。ランドセルや水筒、うわぐつ、ふでばこなどを放り投げて、顔をかくしてうずくまる。時には辛いと泣く。だけど、帰るとお母さんが怒るから帰れないという。


まさしくんは、毎日、学校に来ては非常階段でうずくまって6時間を過ごす。それを先生は怒ったりなだめたり、説得したりする。他のクラスメートは同情したり、ずるいといったり、真似をして授業をエスケープしたいというこがいたり、助けようと思ったりする友達がいる。


非常階段で過ごしたり、時にはまんがをみていたり、掃除や当番には参加しないけど、気の向いたことにだけ先生についてもらって、参加したり・・嫌になったら、他の部屋で寝ていたり・・・


担任の先生は他の生徒にしめしがつかないと悩む。学校は集団生活の場なので、彼のわがままをずっと放置するわけには行かないという。


カウンセラーの人は言う。家に不登校の子どもの養育能力がないから、学校が規則を前面に出すと、彼の居場所が学校になくなってしまう。学校にも来る事ができないとなると、近い将来、彼はその辺を放浪するしか居場所がなくなってしまらしい。



おかあさんは毎日、熱心に送ってくる。子どもは毎日それについて学校へ必ず来る。学校へ来て教室にも入らず、勉強もせずに、非常階段でうずくまっている。それでも、お母さんは毎日学校へ送ってくる。子どもは毎日学校へくる。



不登校の子どもを養育する能力。子どもが学校へ行かなくなる。それは家庭にそれを受け止める能力があるということでもあるのだとおもった。子どもが不登校になるのは、家庭にそれを受け止める力があるということなのだ。

学校統合

地域の学校が統合されることになった。大きな理由は予算効率が悪いから。


学校にかかわって数年になる。自分が学生だった頃は知らなかったけれど、今かかわっている学校は、3割が片親で、そのうち十数人が親ではない人に育てられている。


または、両親がそろっていても、両親ともが働いていて、本当に忙しい生活をしている子どもも増えているように思う。


親がなくとも子は育つ。子どもたちはけなげに元気に過ごしている。


親でないものが親の代わりをできるとは、私には思えない。思えない上で、それでも、学校は親の事情を真っ先に汲んで、子どもたちのフォローをしてあげられる場所ではないのかと思う。


先生は、そこまでやってられないわ・・って思うかもしれない。


自治体はない袖はふれませんというかもしれない。


どうしても、学校が大きくなると、一人ひとりきめ細やかに・・とはいかなくなる。画一的な、マニュアル的な教育の方法で、できるだけたくさんの子どもをまとめて教育する方法をとらなければならなくなる。


でも、これからの学校はあまり規模が大きくなっては、時代にそぐわないような気がしてならない。

教育は、予算の中で一番優先されなければならないものではないんだろうか・・。

いじめ

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小学校のとき、子どもがいじめにあった。いじめられている本人は いじめられているなどとみじめだから、親にも先生にも言わない。いじめている友達は、ちょっとしたゲームか遊びだと思って楽しくて仕方が無い。親は、おかしいおかしいと思いながら決定的な証拠はつかめない。そして、先生は、たくさんあるお仕事の一つ。


いじめられていて辛かったことを、息子が言葉にするようになったのは20になってから。ぽつぽつと。ああ、やっぱりいじめだったんだ・・と10年もたって思う母親の私。でも、息子がこうして言葉にできるようになってよかったって、思う。ほんの少し、自分自身からその問題が離れたのだ。


5月11日、読売新聞の編集手帳。


いじめられたから、仕返しをしてもいい・・いじめられたから、殺してしまっても同情できる・・というわけではないけど、いじめられた経験というものを消してしまえる消しゴムがあるのなら、見てみたいとおもう。人の心の奥深くについた傷は、おそらく一生消えることは無くて、その傷が自分の模様のひとつになりえるまで、ずっと、ずっと痛みつづけるものなのだと思う。


人を殺めたことを幼稚なと責めるのはいいとしても、それをいじめでとは、なんと幼稚な・・という言い方にはなんとも冷たさを感じる。消しゴムで消せないことはないと自信をもって記者の方がおっしゃるのであれば、なんとうすっぺらな人生を歩いた方が読売新聞の看板を書いておられるのかと思う。


子どもの世界だけじゃない、主婦の世界も、会社も、地域も、国際社会も・・というとなんともおおげだだけど、人って自分よりみじめな人間がいないと自分自身がやりきれないのかなぁ・・と思う。

消してしまえないことばかりだから人の心の中ではいつまでも戦争中で、争いも耐えない。


http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060509ig15.htm


5月10日付・編集手帳


 消しゴムを「救主(すくいぬし)」と呼んだのは随筆家の串田孫一さんだった。さまざまな軽率や無知が生んだ書き損じを消してくれるのだから、と◆随筆集「文房具56話」(ちくま文庫)でその一節を初めて読んだときには、救主とはまた大仰な、と感じたものだが、恥の種、悔いの種をまきちらしながら年を重ねるにつれて、消しゴム礼賛の心境が幾らか分かるようになった◆親しい仲の馬鹿(ばか)ばなしも、音楽も、本も、酒も、あるいは涙も、つらい出来事を忘れるための救主、消しゴムと言えなくもない。大人になる――とは多分、消しゴムを幾通りか揃(そろ)えることをいうのだろう◆山形県飯豊(いいで)町で遠縁の一家を襲い、3人を殺傷した会社員の男(24)は、死亡した被害者の男性(27)から「幼いころにいじめられ、恨んでいた」、そう供述しているという。ふたりの幼少期といえば優に10年余の年月が流れている◆容疑者がいじめと受け止めた内容の詳細や、動機とのつながりはまだ分かっていない。いい大人である24歳が口にしたという「幼いころ」という言葉と、むごい犯行との間の常識では結びがたい隔たりに、ただ首を振るばかりである◆恨みつらみを書きつづる鉛筆はある。鉛筆を尖(とが)らせるナイフもある。消しゴムだけがなかったとすれば、事件がのぞかせた心の筆箱は何とも寒々としている。

(2006年5月10日1時42分 読売新聞)

少年野球

元気だった頃、息子は地域の少年野球のチームに入っていた。将来は本気でイチローになるつもりだった。


ボランティアで有志が監督とコーチを務めてくれ、運営も親がやる。


試合では監督さんやコーチのお弁当作り、お茶、子どもたちの飲むお茶の用意、ジュース代金のしょっちゅうの徴収、子どもがどこかのチームと試合、練習、というたびに親は手分けして車をだし子どもの送り迎えし、道具を運ぶ。


息子は小さかった。少年野球などできるとは思いもしなかった。でも、彼がどうしてもしたいというので小学校5年生のときに入れてやった。それからは、子どもだけではなくて、私や弟妹の土曜日曜もなくなってしまった。


他の子は小学校2年や3年という時からやっている。


いうなれば、息子は同級生の中に置いて後輩なのだ。でも、彼は一生懸命やっていた。同級生のバットをならべたり、グラブを磨いたり・・などということからはじまった。


ただ、そこは小学生なのだろう。その習慣はお昼にお弁当を食べるときの場所も別だったりした。そして、やがて、その意識は教室にも持ち込まれ、他の少年たちは悪意が無く、息子はただひたむきに、その上下関係をどこにでもひきずりはじめるのだった。彼らにとっては、鬼ごっこの1つなのだ。


鬼ごっこの鬼はかわらないし、プロレスごっこは投げられるものは、ただひたすら投げられる役。それは、彼らにとってはコーチや監督がする愛の鞭と同じつもり。父親が母親が、あなたのためといって、強制するいろんな物事 できごとと同じつもり。


遊び、精神主義、競争、愛情、いろんな名目の中に、人の悪意が潜みこむときがある。その悪意の存在を、悪意を持った本人も、悪意をもたれた本人も、認めたがらない。だから、なかなか 目に見えることが無い。


ところが、何も知らずにはいった子どもは傷つく。傷ついているけれども、それを親に知られようまいとする。自分のプライドが傷つくから?いつかきっと強くなると信じているから?遊びだとおもっているから?友達の悪意を感じていないから?または、感じたくないから?


結果としては、私は彼が傷つき続けたことを19の年になるまで知らないですごした。息子自身が、あれは辛かったと認めるのにも約10年の歳月が必要だった。