きっしーのブログ -20ページ目

きっしーのブログ

自己紹介系ブログ

会社勤めして思うことは、女性社員もいて、正社員もパートもいるのだけど、勤務時間が男性と変わらない人もいれば時短ですぐ帰る人もいる。

それは仕事の都合であって、人間的には対等と思いたいところだけど、ステータスというか、男性でも家庭つまり妻子がある人、妻子はいない独身の人、どっちも仕事で差はない。ところが女性の場合、独身で婚歴なしの人、独身で婚歴あり子供なしの人、婚歴あり子供ありの人、結婚して子供はいない人、結婚して子供ありの人、それぞれいて、優先するところが人それぞれ違う。

大別して、既婚未婚をとわず子供はいない人と、既婚離婚をとわず子供がいる人とに大別されるように思う。子育てに専念するのはいいことかもしれないが、正直に言って、本能にしか思えない。

どんな動物でも、それは出来る。人間の価値がそこにあるとは思えない。

そんな考えだから、ずっと独身なのかもしれないが、やっぱり子育てだけしか取り柄がないようなのは、つまらないように思う。お金とか、愛とか、それならまだいい。生活力ないからお金のために結婚するのもいいし、好きな人の近くにいたいから、一緒に暮らしたい、というのは価値のあることだ。

でも子育てを頑張っても、それはつまり、本能に過ぎないから、動物と差がないので、そこに価値があるようには思えない、たいしたことではないような気がしてくる。

人類が進歩する方が戦争が起きる気がする。

未熟だから戦争が起きるということではないと思う。つまり、子供はすぐ人を叩いたりするのに大人はこれをしないから、という理屈ではなくて、子供は誰とでも対等に接するのは、まだ自分の親や友達と自分との区別がよくついていないので、大人は誰でも同様にというわけにはいかない。青年心理学でも友人を選ぶのに歳が小さいと誰とでもなりうるが、思春期以降は合う合わないがわかってきて、人を選ぶようになってくる、というのが一般的な見解。もちろんはじめから人見知りということはあるだろうが。

例えば自分の子供と誰かの子供では、全く同じことにはならない。血縁関係になくても、身の回りの世話をしてくれる人なら、全く知らない人と同じにはならない。はじめて会って、まだ言葉を交わしていない人でも、好きな人もいれば、好きでない人もいる。

外国を相手にするというだけでなく、じつはこの人はいない方が自分の利になるということがある。だからといって、勝手に人を殺したら刑法違反なんだけど、京都アニメーションに放火殺人をしたような人が社会からいなくなってくれた方が、本人以外の大勢にとっては、利があると思う人は普通にいるだろう。人類が進歩して、つきあう人を選ぼうとすると、戦争も起こる。自分の国の中でも、この人を戦地へ送ろうとか、生死の確率がわからない任務を与えようとかいうことが起こる。しかし、そこで生き残ったら、生きているということがいえる。

2024年の大河ドラマはまだ始まったばかりで、3話まで放送されたが、源氏物語を書いた紫式部が、まひろという名前で登場する。

とりたてて美人ではないようだが、頭がきれて、学問があって、反骨精神がある魅力的な人物になっている。

これまでの女性が主役の大河ドラマと違うのは、女性を主役にすると、どこへ嫁ぐかとか、嫁いだ家の安泰を願うとか、そういうのだった気がするが、今回は貴族同士の確執や出世競争が描かれている気がする。これは男の世界だ。