FUxK IN LIFE -6ページ目

FUxK IN LIFE

やわらかく、美しく。



生きているということ、酸素を取り込むという行為は、



なんて難しいことなのだろうか。

言葉を紡ぐという行為は、酷く難しい。

その反面、とても愛おしく、大切なことだと思う。

言葉という媒体を通して自分の気持ちを伝えられるなら、どんなに素敵なことだろう。

演じるということを知ってしまったせいか、その人が心からその言葉を発してくれているのが解ると、

何とも言えない嬉しさに包まれる。



坂口安吾の「桜の森の満開の下」を読んだ。


野田秀樹氏の芝居、「贋作・桜の森の満開の下」を見てからずっと気になっていたのだが、遂に読むことが出来た。

人の命、其れを覆うように舞い散る桜。

あくまで主観的な意見だが、鬼は男のことを、心の底から愛していたのだろうと思う。

男に、自分の心底惚れぬいた男に、自分の最後を、その手で終わらせて欲しかったのだと思う。

古典文学というジャンルだからこそ、男や鬼の心情は如実に描かれてはいないが、だからこそ読み取れることがあるのだと、私は信じている。


此処からは個人的な意見として捉えて欲しい。

鬼は、この物語に出て来るどの登場人物よりも孤独で、愛されたいと願っていたのではないだろうか。

いくら桜のように美しい姿を真似てみたところで、心の奥の哀しみは癒える事は無い。

どんなに過酷な要求をしても、それに答えてくれるだけの愛情を求めていたのではないか。

そこまでの愛情を注いでくれる人間を、本当は探していたのではないか。


この物語で一番哀しいのは、殺された沢山の人たちではなく、女中でも男でもなく、

桜の鬼そのものだったのだと私は思う。


文中、鬼が沢山の首を集め、弄ぶシーンがある。

どんな心理描写よりも詳細に描かれているのは、この物語の本当の意図を汲み取る材料として埋め込まれたものだと、そう願い、そう信じている。


鬼は、単に人間という生き物になりたかったのだ。

どんなに醜くとも、ずっとずっと、桜の森の満開の下で、願い続けて来たのであろう、たった一つの望み。

例え絶世の美女に姿を変えることが出来たとしても、其れはかりそめの姿でしかない。

愛されるということを、彼女は知りたかっただけなのだと感じた。


芝居では、鬼と男の最期のシーンでは、計り知れない程の桜吹雪が舞う。

山での生活、男と過ごす日々、都での日常。全て、彼女が長年思い続けてきた、描き続けてきたことなのではないだろうか。


驚き、恐れながら、男は鬼を殺す。

桜の森の満開の下で。


けれど其れは、彼女が一番思い続けていた、幸せな死だったのだと、信じて止まない。

でなければ、あんなに綺麗な桜を咲かせられる訳が無い。

でなければ、あんなに美しい桜吹雪になって、生涯を終えられる筈が無い。


人間に憧れ、愛されることに憧れ、愛する人に、愛されたまま殺される。

それが彼女の幸せだったのだろう。

けれど自分が、一生を掛けても人間になどなれないことを知っていたから、ああして沢山の首を取らせた。


彼女が鬼ではなかったら。どんなに醜くても、一人の人間として生まれてきたのなら。



もう一度、桜の森の満開の下で、男に出逢うことが出来たのだろう。

老婆と烏


作・葉月ラン





老婆の人生のうちで一番の奇妙なことは、ある一匹の烏との出会いだった。


とある町の一角を、老婆は毎日の散歩のコースにしていた。

一日のうちで一番暖かい昼時に、最も人がいない路地裏を、老婆はいつものように歩いていた。

幸か不幸かはわからないが、眩しい日差しは両側に聳え立つビルに遮断され、隙間の路地には最低限の日差ししか入ってこない。もちろん、そんな場所にいる者は、老婆の他には誰もいない。いたとしても、夏に限ってダンボールに身を隠した浮浪者だとか、捨てられたゴミを突く烏だとか、そういうものでしかなかった。だからこの人目につかない場所を、老婆は好んで歩いていたのだ。

話しかけてくる偽善的な若者や、歩いているだけでクラクションを鳴らして追い越し際に舌打ちをしていくような自転車もここにはない。

都会の喧騒に晒されて嫌な思いをするくらいなら、人目に付かない場所で静かに生きたい。


どうせもうすぐ、死ぬのだから。



年と共に曲がってきた腰をあげて、ふと目線の端を見ると、見たことがない烏がじっとこっちを見ているのがわかった。

老婆は、その烏が、他の烏たちはどこか違うことを一瞬で見分けた。何故そんなことがわかったのかは、自分でもよくわからない。

けれど確かに、その烏は初めて会う烏だったのだ。


「なんだい、お前もあたしを馬鹿にしてるのかい」


どうせ誰もいない路地裏で、彼女は独り言のように自嘲気味に呟いた。烏はまだこっちをじっと見つめている。


「皮肉なもんだね、一人ぼっちになった年寄りを、あんたらまで邪魔者扱いする世の中になったのか」


もちろん烏に言葉なんて通じるわけはない。長年生きてきた勘から見ても、その烏は別段襲ってくる様子もなかったので、老婆はそのまま烏を避けて通り過ぎようとした。



その時だった。



“あんたに、伝言があるんだ”



老婆の足が止まった。まさか。そんな馬鹿な、烏が喋るなんて見たこともなけりゃ聞いたこともない。どうせどこかで笑っている若者の悪戯だろう。


「趣味が悪いね、こんな年寄りをからかって面白いかい」


自嘲しながら、どこかにいるであろう悪戯の主にそう言った。返答なんて鼻から期待していないので、老婆は再び歩き出そうと重い腰を上げた。



“天国だの地獄だのって信じる気もないが、あんたに伝言があるんだ”



低い声に、老婆は再び足を止めた。

確かに、はっきりと、烏が喋ったのだ。証拠があるわけじゃない。もしかしたら、烏の足にでもテープレコーダーがつけられているのかもしれない。

いや、でも間違いない。烏が喋ったのだ。

それ以上に―――天国だの地獄だの、と烏は言った。思わず足を止めずにはいられなかった。



「誰からの伝言だって?」


そう口に出さずにはいられなかったのだ。

老婆は烏の目を見つめたまま、本当かどうかもわからない返事を待った。沈黙が、永遠の長さにも感じられた。



“死を待つなんて、思わないで”



全身が凍りついたように動かなくなる。日差しが暑いわけでもないのに、汗が出てくるのがわかる。



“どうせ死ぬなら、死んでも生きてやるよ”



声が、出ない。



“笑って言ってたじゃないか。僕は、ずっと待ってるから、いつまでも、待ってるから、お願いだから、死んでも生きてよ、婆ちゃん”



大きく目を見開いて、烏を見た。その目には確かに、確かに伝言があった。

バサバサっと音がして、狭いビルの隙間から、あっという間に烏は姿を消した。

重い腰を上げて空を見上げる。いつの間にか、老婆の目から沢山の雫が零れ落ちていた。

『悲しいときは泣くんじゃないよ。うれしいときだけ泣きな。』

いつも自分が言っていた言葉を、心の中で思い出す。



ああ、本当に、あの烏は言葉を託されたんだ。

旦那が死んだ時も、娘が死んだ時も、

そして、孫が死んだ時も。

決して泣かなかった老婆の目からは、次から次へと涙が溢れる。



「ありがとうね、ありがとうね、」

“死んでも生きてやるよ”その言葉を、誰かが死ぬたびに忘れていってしまっていた。

老婆はもう一度空を見て、そして歩き出した。



死を待つだけの人間なんて、つまらなくて反吐が出るね。だったらあんたの言ったとおり、辛くても、死んでも生きてやろうじゃないか。

何十年ぶりの涙をハンカチで拭いながら、老婆は一歩一歩確実に踏みしめて歩いた。



天国だの地獄だの、あたしゃ信じないけどさ、

あんたが言うなら信じるよ、ジュンイチ。



あんたが烏に託した言葉は、間違いなく受け取ったよ。



重い足取りで少しずつ歩いていく。

少しだけ、前よりもこの目に広がる世界が、明るさを取り戻したような気がした。


大切な人とはなんだろう。

大切なものとはなんだろう。


全てのことに何も魅力を感じない。全てのことに、何の興味も沸かない。


ランタンに灯した火を見つめながら考える。

生きるということが掛け替えの無いものだというのなら、死ぬということはどういうことだろうか。

死にたい訳じゃない。死期が近づいている訳でもない。それでも、考えてしまうのだ。


携帯電話の電源は、依然オフにしたままだ。

mixi同様に、そんなものは元より存在しなかった。それに依存してしまっている自分が、なんと情け無いことか。


感情が希薄になっている。

エコを唱える前に、携帯電話を切ってみたらどうだろうか。

電気をつける前に、蝋燭に火を灯してみたらどうだろうか。


なんて言うのは、ただの戯言に過ぎないのだろうけど。



大切なものは、人は、一体なんだろう。

mixiを退会することを決めた。


結局は、人間の大部分は上辺での人間関係で成り立っていることを、身を持って知った。

一体今まで何を期待していたというのだろうか。

期待していたというよりも・・・信じていたかった、という言葉が適切なのかも知れない。

長年mixiに書いていたことは本当のことでありながら、常に誰かの目を気にしていたのだということに、今になって気付く。

「友人までの公開」という機能に、私は身を委ね過ぎていたのかも知れない。

この世で一番嫌っている言葉に、「サヨナラ」がある。

本当に大切な友人とは、たかがmixiを辞めたところで、サヨナラになってしまうとは思っていない。

だけどきっと、これから一生交わらない人がいるのだと思うと、無性に寂しい気持ちになる。


コンニチハがあって、サヨナラがある。

“人はサヨナラの前に、傘を買っておく必要がある”と詠った人がいたけれど、本当にその通りだ。

惰性で人と付き合っていても、何も得るものは無いと解っている筈なのに、どうしてこんなに心が悲しいんだろう。


何もする気が起きない。

3年前の自分には、3年後の自分がこんなにも無力でちっぽけな人間になっている事なんて、想像もつかなかった。

眠ること、食べること、何かを見ること、何かを聴くこと。

総てが億劫で、何も考えたく無い。そう思うのは罪だろうか。

もし其れが罪だというのなら、私は一体どれだけの罪を犯してきているのだろう。


永積タカシはこう唄った。

「サヨナラから始まることがたくさんあるんだよ」と。


私には其れが見えない。沢山の何かが見えない。



これから始まっていくことに、サヨナラ以上のものが存在するというのなら、例え縋っても、其れを大切にしたいと切に思う。

「よかった!気持ちの悪いのがいなくなって」

その場にいた数人の男の子達は、そう言ってケラケラと笑い声を上げたのでした。

 それは、家族でキャンプに行った時のことでした。2歳年下の弟、新司と滑り台で遊んでいると、側にいた見知らぬ子供たちが、気持ちの悪いものを見るような目で弟をジロジロと見ているのです。

 私は、そんな視線が痛いほど気になってしょうがありませんでした。しかし、「どうせ、いつものことだから。」そう自分に言い聞かせ、なるべく視線を気にしないように心がけていました。

それでも・・・弟に浴びせられた笑い声。


 小学6年生の私の弟、新司は、知的障害児です。現在は某小学校のたけのこ養護学級に通っています。重い知的障害、自閉症を背負って、今も懸命に生きています。

 「ビデオ、ビデオ」

 自分が使える限られた言葉の中で、新司は必死に自分の意思を伝えようとします。ただ一つの単語だけで思いを伝えるのは難しいのです。それは、本人だけにしか分からない苦しみなのでは無いでしょうか。

思いがうまく伝わらない時、新司は自分の頭を強くドンドンと叩き、唇を噛み締め涙を流します。そんな時、新司の言葉を理解してあげられない自分の情けなさがつくづく嫌になります。新司の操れる言葉の数は、今でも増えません。


 ある日、私は、母に向かって何気なくこう聞きました。

 「新司の障害は、いつになったら治るの?」

母は少しの間の後、

 「多分、もうずっと治らないかも知れないね。」静かにそう答える母の姿を見て、私はハッとしました。

本当は、誰よりも一番そのことで悩んでいた筈なのに、母は何事も無いかのように、さらりとそう言ったのです。

 だから私はその後、母にも新司にも負担をかけないようにと、頑張り始めました。

積極的にあらゆる様々なことに取り組むようになった私は、いわゆる良い子として、人に嫌われないように、常に気を遣いながら、慎重に他人と付き合うようになっていきました。

自我を出さないように、本当の自分を隠しながら。


 しかし、そんな生活には無理があったのだと思います。私はとうとう精神的に滅入り、一時期、学校にも行けない状態が続きました。

 今まで私が気を張ってきたことで、新司に対する負担を何か一つでも減らすことが出来たのだろうか。

考えれば考えるほど、自分の中に虚しさが増えていくのが分かりました。

結局、私は、新司を守るどころか、自分のことすら守れなかったんだ。


 そんな時でした。新司がモジモジしながら私の所に来て、困ったような表情で、私のことをジッと見つめていました。


「おねえちゃん、がんばれ。おねえちゃん、がんばれ。」


 その目は言葉なんてなくても、私に確かなことを伝えていたのです。その瞬間、私は優しさの本当の意味を学んだような気がしました。

 新司は、どんな時も相手に対して優しさを持って生きているのです。それは、私だけでなく、どんな人に対してもです。

たとえ、うまく計算が出来なくとも、言葉巧みに喋れなくても、人から馬鹿にされても、それでも、誰よりも人の哀しみを感じ取る、あたたかい力。


 それが、人にとってどんなに大切なことか。私は、新司の優しさに救われました。

私は、今までも気付かぬうちに新司に支えられて来たのかもしれない。

 だから私も誰かを支えたい。私の小さな力であっても、新司のような本当の優しさで。


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これは、私が中学2年生のときに、発表した論文・・・というか、弁論大会で放った言葉です。

中学2年という拙い文章で、限られた文字数ではありましたが、

このとき受け取った賞状とトロフィーは、私ではなく、新司が今まで生きてきてくれた勲章です。


僭越ながら私を抜擢してくれた恩師には、本当に心から感謝しています。

そして、実は、もし弁論大会に出場する際には、絶対にこのことを健常者、そしてその親たちに聞いて欲しかったのです。

私の弁論で涙を流してくれた人、養護学級設立のための陳情書に私のこの文章を使ってくれたことに、心から感謝します。

どんなに大人になっても、きっと差別や偏見の目は無くならないでしょう。


だけど私は、それでも訴え続けます。

ちっぽけな私の言葉が、誰かの心に届くことを信じて。



私は、家族に新司という存在が生まれてきてくれたことに、本当に心から感謝しています。