大丈夫は自分の中にある*人生を支える意識の法則* -95ページ目
今週は平日の休みを
片付ける!の日にしました
「片付ける!の日」は
普段やらなきゃ、と思いながら
急ぎじゃないから明日でいっかー
暇な時日にやろう!
と先延ばしにしてしまっている
細々とした用事や家事を
気合いを入れて片付けよう✨✨
という日です
(命名私!)
最近の私は
無理しないで
やりたくないことは
できる時にやろう!と
自分を甘やかしていたのですが
そうすると
家が片付いてなさすぎて不快
とか
後回しにしてる書類が気になる
とか
自分自身が不便に感じることも多い
とか
なんだか自分がかわいそうになって
きたんです
自分が手抜きしすぎて
自分が困っているな
自分のために
もうちょっとがんばって欲しいな
そんな風に感じている私がいたんです
その気持ちを感じてあげると
ごめんね、私
ちゃんとやるからね
よし!私のためにがんばるぞ💪
そんな気持ちが湧いてきました
予定外に息子の通院と消防署まで
送る!という用事ができてしまい
思っていたもの
全部はできなかったけど
がんばりましたよ
パソコンまわりに積んでいた
書類の山、レシートの山の整理
要らないものは捨ててすっきり
給食費の振込先登録
中学校1月から全員給食へ以降するんです
これでお弁当作りから解放される〜有難い
年末調整の書類記入
期限が迫っていたんです
完成してすっきり
ブリタの浄水器のカートリッジ交換
交換の日数日すぎていて気になってました
交換できて気持ちいい
水切りカゴのトレイを洗う!
きれいになって嬉しい
前日切れたリビングの電球の交換
真っ暗な夜を過ごさずすんでホッとした
どれもささやかなことなんですが
やってみると
すっきり
気持ちいい
嬉しい
こんなプラスの気持ちで
満たされました
裏を返せば
こういうことを
後回しにしていたことで
すっきりしない
気持ち悪い
気になって仕方ない
やっていない、できていない後ろめたさ
こんなマイナスの気持ちを
抱えていたんだなぁ
と気づきました
これまた
自分を大事にできていなかったなぁ
でも大丈夫
気づいたら変えていけます!
絶対今日やらないと!
睡眠時間を削ってでもやらないと!
そこまで
自分に厳しくならなくても
いいけど
あまりに放置され続けると
大事にされていないようで
私悲しい
ちょっと面倒くさい
彼女みたいになってるけど
そんな私も認めてあげたい
待たせてもいいけど
自分が負担に感じず待てる時間内に
動いてあげる
そんな
自分の心が心地いいところで
納得させることのできる
バランス感覚が
養えるといいな〜と思います
そのためには
自分の心の声を
しっかり聞いてあげることが
とっても大事
私の
片付ける!の日は
私自身に大好評だったので
時間を作って続けていきたいと
思います
ちなみに今回できなかったのは
◯仕事のユニフォームの裾直し
(数ヶ月放置してるんです
)
◯息子の赤白帽のゴムの付け替え
◯庭の花の植え替え、庭掃除
などなど
裁縫は
どうもやる気が出辛いんですよね
でもやるからね、待っててね私
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
結局4日休んで
今日やっと登校した息子💦
受診してからの遅刻登校でした
まさかの消防署見学の日で
消防署まで送ってきましたよ〜
↑
息子が学校を休むことは
受け入れているはずだった私
でもね
最後1日は全然無理でした
昨日の朝の出来事です
前日、明日は行けそう!と言ってたので
私「今日はどう?学校行けそう?」と聞くと
息子「う〜ん、無理そう
鼻は治ったけど
喉がちょっと痛くて、咳も出るねん」
そういいながら
テーブルに置いていた
パンのお皿を持って
ソファーに座ろうとする息子
ここで我慢の限界を、超えました私
怒りに任せて
「K!パンはテーブルで食べる!
ちょっとダラダラしすぎやで!
家でゆっくりしてもよくなってないやん!
今日は学校行きよ!」
って言った私
すると
「Kだって本当は学校行きたいのに
行けないんやで」と言って
息子は泣いて
毛布にくるまってしまいました
息子は学校には行かないんじゃなくて
体調が悪くて行けないんだ
私から見たら
学校を休むほど
悪いようには見えないけど
息子にとったら
学校に行くには心許ない
体調なんだな
全然分かってなかった
息子に全然寄り添えてない私
結局この日も休むことになりました
仕事に行こうとする私に息子が
「感染症とかが1番気になるねん。
友達とかにうつるのとかが嫌やし
」
と話してくれました
小3だけどHSCだからかここまで
気にしてるんだなぁ
本当分かってあげられなくてごめんね
そんな気分になりました
仕事に向かう車の中で
自分の気持ちを感じてみました
すると
あれぐらいで休むなんて発想
私の学生時代はなかったな〜という
思いが出てきました
風邪をひくと咳が長引く体質の私
気管支が弱いんですよね
咳が止まらなくなるんです
授業中や通学の電車の車内で
咳がで始めると悲惨です
えずくぐらいに激しく出るので
周りの人に嫌がられるだろうな〜と
顔を真っ赤にして必死に我慢するのですが
出るものは出るし苦しい
家に帰ると
あー、これで心置きなく咳ができる
と思っていたことを思い出しました
私にとっては熱がない以上は
休むという選択肢はなく
しんどいけどがんばって行く!の
一択だったんだなと気づきました
あんなに苦しかったし、辛かったのに
私の中には
休むという選択肢がなかったんだなぁ
がんばるのが当たり前
ちょっとぐらいの無理は当たり前
自分に優しくない世界で
がんばっていたんだなぁ
きっと息子なら
咳が止まるまで学校を休むという
選択をしただろうな
学校を休むことへのハードルが
私よりずっと低い💦
私が
我慢して根性で乗り越えてきたことを
息子は
なんの躊躇いもなく
自分に優しい方を選択する
私はそんな息子のことが羨ましかったし
ずるいなーって思ってたんだ
そう気づいたら
息子のこと分かってあげられなくても
寄り添ってあげられなくても
仕方ないな
って思えました
小学生の時も
中学生の時も
高校生の時も
大学生の時も
ずーっとがんばっていたね
誰に言われたわけでもなくがんばっていたね
えらかったね、ありがとう私
と休まず学校に行っていた私に感謝しました
そして
がんばらなくても大丈夫だよ
自分に優しい方を選択しても大丈夫だよ
私が私を1番大事にしていいんだよ
と私に伝えました
自分に優しくできれば
人にも優しくなれます
子供たちに寄り添える心の余裕を
持てるように
もっともっと
自分に優しくしていこう
自分に優しい息子から
そんなことを受け取りました
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
先日、施設にいる認知症の母の面会に
行ってきました
↓母のことはここにも書いています
お部屋から車椅子を押してもらって
登場した母に
「おぉ、ママちゃん!」と声をかける父
母は職員さんに
「ママちゃんって呼ばれてるの?!」と
声をかけられて
「はい」と答えて笑っていました
そんな母でしたが
私の方を見るなり
ニコニコして
「なんかかわいいね〜」と
言ってくれたんです
私、
母にかわいいねって言われたこと
記憶に残ってる限りなかったので
びっくりしてしまいました
「ありがとう
珍しいこと言うね〜」
って言っちゃいました
でも嬉しかった
母から聞いていたのは
七五三の時着物来てたらね
外国人の人がかわいいから
写真撮らせて!って言ってきたんよ
お父さんがうちの子たちは
みんなかわいいな〜って言ってたよ
〇〇さんのおじさんが、
あかねちゃんのこと美人やな〜って
言ってたよ
40数年合わせてもこれくらいしか
かわいいと言ってもらったことないんです
しかも
母から褒められるんじゃなくて
みんな人から褒められたよ!っていう
伝達なんですよね
自分の心の不足感と向き合うと
私は母にもっとかわいいって
言って欲しかった
という思いがあったことに
気づいたんです
三人兄弟の長女として
育てられた私は
しっかりもののお姉ちゃん役を
演じることを選んできました
弱いところ
できないこと
心配なこと
不安なこと
そんな
肝心な事ほど母には
話せなかったんです
母はそんな私に気づいてくれる
はずもありません
なぜなら
私はバレないようにめちゃくちゃ
一生懸命演じてたんですからね
主演子役賞いただけるかも🎖️
母を困らせるようなことや
母を悲しませるようなことは
言ってはいけない
感じてもいけない
そうしないと
母から愛してもらえない
と思っていました
母に愛してもらいたい一心から
自分自身に制限をかけて
母の気持ちにまで責任を請け負い
がんばってきたんです
もちろん無自覚で無意識ですが
幼い頃からずーっと
そうやってきたんです
こうしたい→ こうした方がいい!
こう言いたい→ こう言った方がいい!
こう思う→ こう思った方がいい!
私の頭の中ではこんな風に
したいことより、した方がいいことを
優先する癖がついてしまったのだと
思います
私の気持ちは
とっても蔑ろにされてきたんです
それは、母にではなく
まさかの私自身に
母は私のことを分かってくれない!
もっと気にかけて欲しかった!
と思っていたけど
分からないようにしていたのは私
心配かけたくないと思っていたのも私
認めたくないけど
私の自作自演でした
分かってもらえなかった
心配してもらえなかった
ということは
私の願いは叶ってたんです
でも私の欲しい形では母からの愛情は
もらえなかった
母からは
信頼はしてもらえたけど
私はそんなものよりも
かわいいね
って
言ってもらっいたかったし
世話を焼いて
もらいたかったんです
そんな心の奥に押し込められていた
私の気持ち
母が認知症になって
諦めていたけど
思いがけず
かわいいね
って言ってもらえて
照れくさいけど嬉しかったな
これは母が認知症でなければ
言わなかった言葉かも
でも受け取っちゃおう
って思いました
そんな私にとっていい話だったのですが
実は続きがありまして
母と話していると
女性の職員さんが近づいてきたんです
その方を見て母が言ったんです
「かわいいね〜
」
確かに可愛らしい人だったけど
もしかして、、
母の中で「かわいいね」って言うのが
流行ってる
いやー、喜んじゃったのに
そういうことだったとは
こんな落ちがある話でした
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました

