わが家の中3の娘は先週、


市総体が終わり、部活を引退しました。




期末テストと総体の時期が


ちょうど重なり、忙しい日々を


送っていましたが、ようやくひと段落。




久しぶりに友達とお泊まりしたり、


カラオケに行ったり、めいいっぱい


遊んで帰ってきた日。





ご機嫌!絶好調!



かと思いきや、、、


大荒れだったんですよね。




塾の時間に間に合わず、


どうしようかと話していると


泣き出しました。




もう勉強なんてしたくない!


不安になって、しんどい!


遊んでいても楽しくない!


がんばっても成績上がらないし。


塾もやめたい!


もう全部嫌ーーー。




ってね。わんわん泣きます。




まだ将来の夢とかなりたいものが


決まっているわけではないから


選択肢が減らないように


なるべくいい高校に行かないと


いけないと思っているようで、


それが、プレッシャーとなっている


みたいです。




中3で将来の夢が決まってる方が


珍しいし、



行った高校で将来が決まるわけでは


ないのですけどね。




客観的に見ると、


「そこまで背負わなくてもいいのに」と


思うのですが、


娘にとっては切実な苦しさです。




もちろん、そこには親である私たちが


今まで話してきたことや意識、


学校教育や塾の先生の指導など


色んなことが影響しています。




でも、そういうことも含めて


これは娘の課題なんですよね。




こうやって苦しみながら乗り越えること、


失敗や挫折を味わうこと。


挑戦するのも、無理をやめるのも


娘はどう選択してもいいし、


どう感じてもいいのです。




これを見ているのが辛い、


なんとかしてあげたい、と苦しく


感じるのは娘のせいではなく、


私の内側にあるものが反応しているん


ですよね。




私にできることは


正しさを示して導くことではないし、


娘のマイナスの感情を和らげることでも


ありません。




聞くこと、寄り添うこと、受け止めること、


それは


娘の心では受け止めきれない感情を


受け取る心の器をそっと貸してあげる


ことです。




この日は2時間話を聞きました。


中々離してもらえませんでした(笑)




でもね、


たくさんの気持ちや感情を出し切ると


ふわっと空気が変わる瞬間がある


んです。




不安が安心に塗り替わる瞬間です。


攻撃的になっていた話し方や声のトーンが


和らいで素直な娘が出てきます。




ニコッと笑顔になったり、


「なんか優しい気持ちになってきた。」


って言うこともあります。




娘は「ママのせい」と言って


怒ることがあります。




それは娘の心の器がパンパンになり


余裕がなくなってきているサイン。




本当は


「ママのせい」ではないことも


ちゃんと分かっていますしね。




そっと心の器を貸してあげる。




そうすることで母の器も


子の器も少しずつ丈夫なものに


育っていくのです。




今日は中学校の三者面談。


1学期の通知表が公開されるので


ドキドキな日です。




娘は


「人生が決まる日だ〜」と言っていますが


言葉の重さの割に、


意識が軽くなっています。




だから、どんな結果でもきっと大丈夫。




そうやって、気持ちのアップダウンを


感じて自分の人生を乗りこなす力を


育てていくんですよね。




子供の成長って、


本当に尊いものです。




とはいえ、


心の器を差し出すことに抵抗がある時も


ありませんか?




それは許せない、


ジャッジしたくなる、


間違いを知らしめたくなる。




そんな感覚です。




実はそれ、


自分の心の「育ちきれていない部分」を


教えてくれるサインです。




そんなサインを見つけたら、


子供のことよりもまずは


ご自身の心に寄り添ってあげてくださいね。




誰かに心の器を貸してもらうのも


おすすめです。


心の器は一人で大きくしようとしなくても


いいんです。


誰かの力も借りながら


少しずつ育てていけばいい。




自分では気づけない考え方のクセや


思い込みが見えてくることも


ありますからね。




カウンセリングもそんな時間の一つです。





今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり



夜、歯を磨きながらなんとなく見ていた


テレビで視聴者から届いたお悩みに


芸能人が答えるというのをやっていました。




その中で、就活中の大学生の女性の


お悩みが印象に残りました。




彼女は地元が好きで、趣味も多いので


地元のこじんまりした会社で


プライベートの時間をしっかり取りながら


自分のペースで働きたいと思っています。




幼い頃から人と競争したりすることが


極端に嫌いだった自分の性格を


鑑みての思いでもあるとのこと。




でも、お母さんは


大手企業への就職を強く勧めてくる


そうで、お母さんのことが大好きな


彼女はどうしたらいいのか迷っている


というお悩みでした。




見ていた私が感じたのは、


私とは違う反応だな、ということです。




就職ではありませんが、


進路を決める時、私も親に反対されたん


ですよね。




私がはじめにいいなと思っていたのは、


自宅からは通えない私立大の文系学部でした。



でも、母に


「私立で下宿はお金がないから無理」


とあっさり却下され、代わりに自宅から


通える地元では評判のいい私立大を


勧められました。




ちょっと捻くれていた私は、


すんなり従うわけもなく、


それなら国公立の看護大学を目指すこと


にしました。




看護学に対して純粋におもしろそう!


という興味ももちろんあったのですが、



「思い通りになんてなってあげない」


という母への反抗心が動機の芽生えだった


のかもしれません。




そして、そのあと


更に父に反対されたんです。



「看護師なんて大変やからやめとけ。


 公務員の方がいい。」ってね。




氷河期、不景気真っ只中だったことも考えると、


公務員になって安定した生活を


送ってほしいと考えるのも


父の愛情だったのだと思います。




でも、当時の私は親に


希望する進路を「反対される」


=「大切にしてもらえない」と感じ


とても悲しかったんです。




今思うと反抗しながらも、


親の期待に応えられない自分を責めている


私もいたのかもしれません。




でも、私は諦めませんでした。


特段父を説得するわけでもなく、


そのまま突き進みました。


両親は、それを見守ってくれました。




当時の私は、「反対された」と思って


いたけど、父は大人の立場からの


「意見を言った」だけだったんだと


思うんですよね。



そして、それは私に苦労させたくない、


幸せになってほしいという


父なりの愛情の形だった。




父も母も私の気持ちを尊重してくれない。


そう思いながらも、高校生だった私は


自分の進路を自分で選択しました。




今の私が客観的に眺めると、


みんな尊いなあ、と思うのです。




冒頭の女子大生のお母さんがどんな人


なのかは分かりません。



でも、大好きなお母さんだからこそ


どんな道を選んだとしても、


娘が幸せになるために選んだことなら


いつかその思いは届くんじゃないかな。




そんな風にも感じました。




自分の気持ちを丁寧に見つめられる


素敵なお嬢さん。




あの頃の私にも、


素敵なお嬢さんにも、


自分で選んだ道を大切に歩いてね。


そんなエールを送りたくなる夜でした。




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり







突然ですが、


あなたは自分は「幸せだ」って


言えますか?





「俺、自称大田区で一番幸せな男なんです。」





テレビをつけたら、


すごくいい表情でそう語る男の人が


目に入ってきました。





ちらっと見ただけなのですが、


不良だらけの会社を立て直した


社長さんの特集で、


その男性は元不良の社員さん


のようでした。




繰り返しになりますが、


本当にいい表情をされていてね。



(例えるなら、演歌歌手の香田晋さんの


ような深みのあるいい顔。)





そこには自分に対する敬意と自信が


満ちているように感じました。




ありのままの自分に


心から満足している人って


キラキラが内側から滲み出ている


んですよね。




素敵だなぁ、


自称大田区一幸せな男って言えるの


最高だなぁ。




見てるだけであたたかい気持ちに


なりました。





どんな状況であっても、


自分が「幸せ」って感じられれば、


それは「幸せ」です。




お金がなかったとしても、


大きな病気を抱えていたとしても、


大切な人を失ったとしても、




人がどう思おうと、


自分が幸せだと感じているのならば、


それは紛れもない「幸せ」なのです。




反対に


どんなにたくさんのお金を持っていても、


仕事で成功していても、


モデルさんみたいな恵まれた容姿でも、




自分が幸せを感じていないのであれば、


「幸せではない」人なんです。



 

人から羨ましがられるような人が


本当に幸せかは、その人にしか


分からないのですよね。




私たちが求めている幸せって


一人一人違うもの。




どういうことに幸せを感じるのか、


どういうことで心が満たされるのか、


分かりますか?




今の私は、



身体に優しい美味しいものが

食べられると嬉しい。



花粉症の季節なのに鼻が詰まってない

ことが幸せ。



子供との何気ない会話でほっこりして

心が満たされる。



人の優しさや、あたたかさを感じること

で満たされた気持ちになる。




そんな風に感じながら生きています。




いいことばかりでないし、


嫌なこと、不安なことだって


日々起こります。




人間らしく感情の起伏を感じながら


すごす自分のことを、




自称〇〇一の幸せな女です!と


言えるほどではなくても



「そこそこ幸せ」だと思っています。




そして、


私にとって「そこそこ」は


心地のよい幸せなのです。




幸せって人それぞれ。




唯一無二の自分だけの幸せを


叶えてあげられるのは世界でたった1人。




自分自身だけですから。





自分のことを「自称幸せな人」に


してあげたいと思いませんか?




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり