



ヨガの経典「ヨガスートラ」に書かれている
8支則のニヤマ (日常生活で進んで実行すべきこと)の中に
サントーシャ(足るを知る・知足)があります。
「足るを知る」とは
人は今与えられているもので充分満ち足りている
そのことを知り、心から満足できた時
手に入らないものへの執着は消えて
「今あるものへ感謝しながら生きる」ことが
できる。
そうなれた人は
本当の幸せが得られるという
教えです。
何かを手に入れてもまた次の瞬間には
他のものが欲しくなり
あれも欲しいこれも欲しいと
ないものねだりをして
感謝の気持ちをもてない人は
満たされない欲望の連鎖が
終わりのない苦しみになります。
たとえばヨガをした一日なら
ヨガができる健康な身体があって幸せ
今日ヨガの時間がもてて幸せ
帰る家があって幸せ
お風呂に気持ち良く入れて
フカフカのベッドで眠れて幸せ
これだけの幸せを数えることができる人は
幸せな一日になります。
一方、同じ一日を過ごしても
健康な身体なのは当たり前
ヨガをする時間があるのも当たり前
自宅がもっと都心の豪邸だったらいいのにな
もっと広いバスルームで優雅に入浴したいな
自分の家よりラグジュアリーなホテルで一泊したいな
心がけひとつで同じ一日は不満ばかりに
なってしまいます。
今の自分にあたえられているものに
感謝できること
満足できることは
条件なしにそのままの自分を愛すること
(高い自己肯定感)にもつながります。

いつも 「その人は何を見ているのか」に
とても興味があります。
おなじ物を見ているつもりでも
人はその人の視点で違うものを見ています。
それはバレエを教えていると
とてもよくわかります。
なので発表会のDVDの校正をする時は
「生徒や保護者の方はどんな絵を見たいだろうか?」を
考えます。
以前リュミエールの公演を撮影して頂いた
写真家さんのご感想にとっても共感したので
ご紹介します。

『TV放送でのダンスのイメージしか
なかったのですが
あれは視点がカメラワークに制限されてしまい
良さが全く分からなかったのですが
生で見ていると、想像力が喚起され
視野のフレーミングも自分で決められるので
生の舞踊はいいなと思いました』
ありがとうございます。
生の舞台は見方にはひとりひとり自由がありますが
映像になるとそうではない。
そこが舞台と映像のいちばんの違いだと思います。
今年の皆既月食は
教室でジュニアさんとレッスン。
11年前の皆既月食の夜は
パリにいて
こんなことを書いていました。
たとえ周りに何があっても
好きなものだけに焦点が合う

何もなくても
気になるところは
じっと見てしまう

すぐ近くにあるものは
すみずみまで読んでしてしまう

どんなに遠くにあっても
見たいと思えば
案外はっきり見えるもんだね

目の前にあっても
見えているつもりで
見えていなかった
ということもあるし

どこにいても
誰にとっても
絶対的な価値がある物は
ホッとする

だけど
同じものでも
違う場所からは違って見える
ものだよね

皆既月食の夜に
パリでお月様をみながら
そう思った

皆既月食を