境目を照らす光なき光 | ✧︎*。いよいよ快い佳い✧︎*。

✧︎*。いよいよ快い佳い✧︎*。

主人公から見ても、悪人から見ても、脇役から見ても全方位よい回文世界を目指すお話


こちらのお話は、月読命さまのお話です乙女のトキメキ
古事記では一瞬ほどの登場でありながら、
三貴子のお一人であり、とてもファンが多く
慕われている神さまだと思っています。

月読命さまがお好きな方にとりましては
私の創作話が良いものと感じられないかもしれませんので、その場合はどうぞご容赦ください。


※作中に出てきます
葦原中国(あしはらなかつくに)は、
地上のことを指しています


神さまのお話の時系列はこのような形です↓

こちらのお話


 死した妻のイザナミ様を追いかけて黄泉の国に下ったイザナギ様がお帰りになり、川で穢れを禊いだ際、様々な神が誕生した。

 中でも最も名高い、三貴子と呼ばれる神々の名前が、アマテラス様、ツクヨミ様、スサノオ様の三神。
 燦燦と輝くアマテラス様を称賛する声は止まることを知らず、また、やんちゃで手がつけられないながら目を惹く強さを持つスサノオ様に対する憧れの視線もまた、あちこちから向けられていた。

 そんななかでツクヨミ様だけは、いつもどこか影が薄いと言われている。


「あの方の御姿はついぞ拝んだことがないが、一体どちらにおられるのか?」
「本当に、あの偉大なるアマテラス様のごきょうだいでいらっしゃるのか疑問ですらある。はてさて、不思議でならぬ」

 
 こんな口さがない会話がヒソヒソと交わされているのも日常茶飯事だ。けれどツクヨミ様は怒らず、決して訂正をしようともせず、ただただ柔らかく笑んでいただけだった。


「私の役目は、姉上や弟とは異なる。目立つ必要も、讃えられる必要もありません。気づかれなくとも良いのです。ただ、皆が心穏やかに暮らしていて、私のなすべき事さえ出来ればそれで幸福なのだから」


 卑屈にならず怒りもせず、こうして受け止めるばかり。見ている方が心苦しくなるような誤解さえも、ツクヨミ様は聞き入れ、そっと流していたのだ。

 そんな日々が続いたある日、突如世界が暗闇に包まれた。何事かと探ってみれば、なんとアマテラス様が岩戸に隠られてしまったという。母に会いたいと泣き暮らし、我儘三昧であったスサノオ様がついに一線を越えて、アマテラス様の逆鱗に触れたらしい。
 太陽神であるアマテラス様が姿を消されるなど、この世の終わりといっても過言ではない。何としてでも説得しようと八百万の神はおおわらわで、智慧の神であるオモイカネを筆頭に策を練った。天の安河に集まり長鳴鳥を鳴かせて朝を告げてみたり、勾玉や鏡を作って儀式をしたり、ありとあらゆる手立てを打ってみたものの、やはりアマテラス様は頑としてお許しにならない。

 ついに神々は宴を始めることにした。アメノウズメが巫女鈴を鳴らして軽快に舞い踊り、神々が吞めや歌えやと笑って楽しむ様子に、アマテラス様が何事かと注意をこちらに向けてくださらないか、という苦肉の策であったのだ。

 それでも、アマテラス様は出てこられなかった。


「もう如何ともし難い……どうしたら良いのか」
「いっそ、岩戸を壊してしまう以外にないのでは」
「いや、駄目だ。そんなことをすれば後々大変な事態を招く」
「スサノオ様を追放処分にしていただくしかない」
「何を無礼な、そのような権利、我らにはないだろう!」


 万策尽きて、喧々轟々、八百万の神たちは怒鳴りあった。まさかこのようなことになるなど、誰が予想していただろう。
 

「水が凍り始めています。草木も萎れ、皆がもう持ちません。高天原どころか、葦原中国も終わってしまう」


 カシャリ、と鈴が河原石に落ちると、薄い布を纏っただけのアメノウズメは身体を震わせた。冷たい霙が降り、くべられた木の燃える炎も小さくなっていく。
 パキ、パキ、と、辺りが凍りつく音がするのだ。
 それは正しく、神々が初めて知る絶望だった。
 暗闇で互いの顔もよく見えない、この心細さに打ち勝てる希望は今、この場所のどこにもない。
 

「皆様、どうかお赦しを」


 岩戸の前に音もなく降り立った気配に、神々は一斉に項垂れていた顔を上げた。


「あ、あなたは……」


 岩戸のすぐ傍らにしゃがみ込んでいた、筋骨隆々のタヂカラオは、まるで幻を見ているかのように半信半疑でゆっくりと立ち上がる。
 それはそうだろう。
 この世界で発光している唯一無二の神であるアマテラス様がお隠れになっているのに、その神はぼんやりと柔らかな光を纏っていたからだ。
 

「ツクヨミ様? いやまさか、ツクヨミ様はアマテラス様の光を浴びなければ御姿が見えないはず」


 ざわ、と神々が驚愕している。
 ただ一人、智慧者のオモイカネを除いては。


「いや。通常ツクヨミ様は、高天原と葦原中国に御姿を現されるのはアマテラス様の光を受ける夜だが、それだけではない」


 そしてオモイカネは、歓喜に震えている様子で涙を浮かべ、一歩下り膝をついた。
 皆が息を呑む。
 ツクヨミ様が、岩戸に静かに手を当てると、ズズ……と、岩戸がほんの少し横に動いた。
 アマテラス様! と、神々が口々に歓声をあげる。 
   


「……何事ですか」
「アマテラス様。こちらに、貴女様に負けないほどの貴い神がおいでになられたのです」


  アメノコヤネが、スッと鏡をアマテラス様の目に映るように差し出す。


「私に負けぬほど貴い……?」

 
 ぼんやりと、だが僅かに険の含まれた声色でアマテラス様が目線だけで見たのが伝わった。
 一同、息を呑みしんと静まり返ると、凍え切った背中に冷や汗が落ちる。


「ああ……確かにそうですね。正しくは、私より気高い神です。あなたがいるのね、ツクヨミ」


 また、神々が騒ついた。
 鏡に写った光に、アマテラス様の纏われる空気が和らいだからだ。
 

「ここを開けてください。自分で出て行きます」


 そして、この好機を逃すまいと岩戸に手を掛けたタヂカラオを見透かしたように、アマテラ様ははっきりと告げた。
 わあ! と、再び喜びの波が起きるなかで、タヂカラオはゆっくりと、丁寧に岩戸を動かしたのだった。


「姉上。遅くなりましてすみませぬ」
「ツクヨミ。あなたをここまで来させてしまって、私が謝らなければ」


 頭を下げたツクヨミ様を、アマテラス様がそっと抱きしめられた。
 

「皆は、ツクヨミはどこで何をしているのかと、よく申しておりましたね。黄泉とは世見。黄泉に着く者たちが、己の心を、生前の行いを、あらゆる世を見つめ、次なる世でどのように生きるかを定める場所。ツクヨミは、彼らを照らす役目を引き受けてくれていたのです。本来ツクヨミは、私の光がなくとも輝けるのですよ」
「では、何故夜が来る時のみ御姿を……」

 
 すぐ近くにいたフトダマが訊ねた。誰もが思ったことだろう。


「私は、夜道を照らしているわけではありません。黄泉への道を作り出して来ました。黄泉の国へ向かう御霊が迷わぬよう、悪しきものに囚われぬよう、姉上の熱が必要です。清め、そして心晴れ晴れと御霊が向かえるように。このようなことになり、黄泉の国も混乱を極めてしまい、きょうだい達に起きたことを何一つ解決出来なかった自分を恥じて参ったのです」


 黄泉の国は最初から闇ではなく、ツクヨミ様の光で優しく包み込まれている。
 けれどそれは、アマテラス様がいらしてこそ成り立つ仕組みでもあるのだ。
 
 
「姉上。あなたの光がなければ、黄泉の国に御霊がたどり着けません。そしてスサノオ、あなたが役割を果たしてくれなければ、黄泉の道が出来ないのです。高天原と葦原中国……そして黄泉の国を繋ぐ川は、あなたの海から始まって、そして終わるのだから」


 ツクヨミ様がふわりと微笑むと、天の安河の大きな洞窟の向こう側から、スサノオ様が頼りなげに歩いて来る。今にも泣きそうな、小さな迷子の子どものようなお顔だった。


「私も、大人気ない行いをしてしまったことを反省します。これだけの被害をあちこちに出してしまった。ただし、スサノオ。私はもう、あなたを庇ってはやれませんよ。皆も信頼しきれないでしょう。あなたがしたいことは、本当にこのような事なのですか?」



 アマテラス様はもう、怒っておられないようだった。スサノオ様は、口を固く閉じて首を横に振られた。
 ツクヨミ様は少し垂れた眼差しを更に柔らかくし、スサノオ様の髪を撫でられる。
 悲しげな……愛しげなようなお顔だ。
 涙は流れていないが、今にも何かが溢れそうに見えた。


「黄泉の国の母様から伝言を預かって来ました。『共にあれなくてすまない。けれど、私はあなたを信じている』と」


 パキパキ、と、川の水の氷が割れてゆく。ツクヨミ様の声に応えるように。
 スサノオ様は、事の重大さに今更ながら本当に気がついたような表情を浮かべている。
 ツクヨミ様の優しい手つきに、叱責されるよりもずっと、もしかしたら堪えているのかもしれなかった。


「姉上は、如何なるときも世を遍く照らし、命あるものを育て、希望をお与えくださっている。スサノオは、その命が自ら変容し、成長していく揺り籠を守ってくれている。私が黄泉の国で、どれほど誇らしく思っているかわかりますか」


 ツクヨミ様がスサノオ様の片手を握りながら、アマテラス様の手を取られた。
 萎れていた周囲の花が開き出し、甘い香りが漂う。まるで、春が訪れたように。
 

「二人ともありがとう。そして、皆にも感謝しています」


 言葉の出なかった神々に向かって、ツクヨミ様はおっしゃった。
 アマテラス様の太陽光が戻り、いつもの美しい天空であるはずなのに、誰もがわかった。
 アマテラス様の輝きに埋もれていない、ツクヨミ様の光ーー灯りが。

 その場にいた神々は皆、一人残らず胸元を手で抑え、膝をついて頭を下げた。 
 静かに、とても静かに涙をこぼしながら。



 スサノオ様は何度も何度もアマテラス様とツクヨミ様、そして神々に詫びると、「未熟な自分を見つめるため、しばらくの間修行に出させてください」と願い出られた。
 常とは違う、意志の宿った瞳に、アマテラス様は承諾された。あなたの今の心を忘れないで欲しいと約束を添えて。


 長鳴鳥が自ら高らかに鳴いている。
 冷えた身体が心ごと解けていくようだった。


 ツクヨミ様は、影が薄いのではない。
 確かに、アマテラス様とスサノオ様とごきょうだいであらせられるのだ。
 苦しみや憎しみ、痛みや恨みがうごめく魂の叫びを、黄泉の国で全て受け止めて、赦し続ける。そして純白の美しさを取り戻した御霊の生まれ変わりを助けていらっしゃる、偉大な神様なのだから。

 一体幾度、ツクヨミ様の慈愛の深さを話してわかってもらおうとしたか分からない。
 だからこそ、今が感無量だった。

 私は……



「ならば案内役として、私の友を連れて行きなさい」


 感慨に耽っている最中、ふわ、と身体が浮き上がり、突然のことに驚いて涙が引っ込んでしまった。


「案内役とは……この白うさぎが、ですか?」


 ツクヨミ様の提案に、スサノオ様も目を丸くしてこちらを見ている。



「とても頼りになる、賢者ですよ。長き耳は助けを必要とする者の声を拾い、風を読んで、きっとスサノオ、あなたが行くべき場所へ、出逢うべき者へと導いてくれる」


 ツクヨミ様のお供を仰せつかってどれ程経っただろうか。月明かりを行く御霊を先導しながら飛び跳ね、満月には新たな命を降ろす誉ある仕事であったけれど、これは同じくらい、いやもしかするとそれ以上に大切なことなのかも知れない。


「確かに承りました。ツクヨミ様」


 ぴょん、と飛んでスサノオ様の肩に乗ると、スサノオ様は頷いて、よろしく頼むとおっしゃった。


 そうしてこれからスサノオ様は、得難き伴侶と結ばれるために旅を始めることになるのだけれど、それはまた別のお話。


 天岩戸隠れで起きたこの出来事をツクヨミ様が解決されたことも、伏せられることとなった。
 あの場に立ち合った神々と、私の胸のなかだけに秘すられている。

 そう、



『私の役目は、姉上や弟とは異なる。目立つ必要も、讃えられる必要もありません。気づかれなくとも良いのです。ただ、皆が心穏やかに暮らしていて、私のなすべき事さえ出来ればそれで幸福なのだから』



 ツクヨミ様はいつも、変わらないのだから。

 生を全うした神の分御霊に、黄泉の国へ続く道を明るい心で前を向いて歩んで欲しいという、ツクヨミ様とアマテラス様とスサノオ様とが作り出される花道は、今もなお、葦原中国の海に現れている。


【境目を照らす光なき光】


本当かどうかわからないけれど、
見せていただいたので勝手に書いて
私が救済されてしまう神さまシリーズ、
久しぶりのお話は、月読命さまでしたキラキラ

着く黄泉でツクヨミ、
世を見るでヨミ、ということを
実は大分以前から教えていただいたような気がしており、ぶつ切りにして場面が降りて来ていました。

月読命さまは私はあまりガッツリお話したことはなかったのですが、とてつもなくお優しい空気で見せられた映像に泣いてしまいました。

月読命様が伏せられたことをなんで書くんだよ、と思われますよね。私も思いました(笑)

だけど最後の最後に、白うさぎ…因幡の白兎が出てきて全てが繋がり、理解出来た次第です。

第三者視点で語られていたから、
今日までわかりませんでした。
でも今は、ああ!です。
月、うさぎ! そうか!
月読さまの導き、うさぎしかいないよな…!と。


月読命様が大好きな皆さまにとりましても、
このお話が何か佳きものとして届いていましたら本当に嬉しく思います。


ありがとうございました!


嘘みたいですが、今日は獅子座満月…!笑い泣き