私がかけた呪いとは | ✧︎*。いよいよ快い佳い✧︎*。

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主人公から見ても、悪人から見ても、脇役から見ても全方位よい回文世界を目指すお話


 私は、歌うことが大好きだった。
 ふんわりと木の葉が揺れて、虫たちの声を聴きながら歌うのは、とても気持ちがいい。
 観客はいなくていい。心のままに、誰にも知られずに口ずさむひとときは、私の安らぎの時間だった。

 私には妹がいる。木花之作久夜毘売--コノハナサクヤ、という、名前の通り、可憐で愛らしい子だ。
 大きな瞳と、はにかんだ笑顔は、幼いころからずっと変わらない。整った顔立ちをしているのに、妹は自信がないと落ち込んでいた。
 周りからの賞賛をそのまま受け止められなかったのだと思う。
 自分という存在の中身を軽んじられているようだ、と、疑心暗鬼にすら陥っていたほどだ。

 ならば、と、私は妹に呪いをかけた。
 あなたのことを真っ直ぐに受け止め、愛そうとしてくれる相手にだけ、本当の顔が見られるようにしましょう、と。
 評判だけを聞きつけて近づいてくる相手には、偽りの姿が映るようにしたのだ。
 これは、結婚相手だけに限らず、誰が対峙してもこの作用が働く。


 いつか、妹が自分から、世界を信じて手を伸ばせるようになるといい……そんな願いを込めて。


 こんな秘密のやりとりがあって、私たちが住む富士の山には、美しい姿の女神と、醜い姿の女神がいる、という相反する噂が立つようになった。
 父であるオオヤマヅミは、私と妹がしたことに気づいていながら咎めることもなく、静かに見守ってくれた。

 そんなとき、妹は、ニニギノミコト、というひとりの男性と巡り逢った。
 彼は一目惚れをした、と言う。
 一目惚れが出来るはずはないから、きっと彼は妹のことを大切にしてくれるのだろうと思ったが、念のために確認をした。

 あなたは妹のどこに惹かれたのですか? と訊ねると、彼は言った。
 

「これまで私は、日々の暮らしを退屈だと思ってきた。だが、彼女を見た瞬間、海や空の色が鮮やかになり、花の香りを甘いと思った。郷に帰ると、父や母や弟を愛おしく感じた」


 生まれてきたことに感謝したなんて、こんなことは初めてでした、と。
 私はそれを聞いて、胸が喜びでいっぱいになった。
 妹はきっと幸せになれるだろうと。

 父は、妹と私を共に嫁がせたいと申し出た。私が傍にいることで妹が安定し、二人が永劫しっかりと結ばれるようにと思ったのだ。


「私はどのように見えますか? 遠慮なくおっしゃってください」


 だから私は、ニニギノミコトにまた問いかけた。すると彼は、決まりが悪そうな顔をして、コノハナサクヤとは似ても似つかない容貌に見える、とだけ答えた。


「そうですね。ではやはり、妹ただ一人を生涯大切にしてください」


 嫁入りの道中、私はニニギノミコトに頭を下げて、輿入りの行列から降りた。


「お姉さま……!」
「良いのよ。何も間違っていないわ。大丈夫、私は二人をずっと守っているから。信じて幸せになるのよ」


 白く光り輝くように美しい花嫁姿を目に焼き付けて、手を握り、妹の涙を拭う。
 私は本当に、これで十分だったからだ。


「幸せに……どうか幸せにね。サクヤ」


 


 私にも、妹のように呪いがかけてあった。
 ただし、実態がなく、見えないように。無色透明であるように。 
 誠意をもって向き合おうとしてくれた相手には姿が見える--とても醜い姿で。
 それでもなお、私を愛すことが出来る唯一無二の相手にのみ、本来の、サクヤに瓜二つの私の姿が現れるようにしてあった。
 まだ、妹と同じ私を見た人はいない。
 求婚者は消えていくが、友人であろうとしてくれた人も何人もいる。
 
 ひとりの女性としては少し切なく、寂しくもあったけれど、私は幸せだった。

 それ以上に大事な役目を任されていたから。


 
「きみがよは……ちよに……やちよに」


 赤い椿の木に、陽射しがあたる。海の岩場までゆっくり歩いていくと、波の音が聴こえてくる。


「さざれ……いしの」


 妹を想うと、涙が溢れ出して来る。いつも一緒にいた、大好きな妹。
 ケンカをしたこともなかった。
 きっとあの子がここにいたら、泣き虫なお姉ちゃん、と笑われてしまうだろうな、と笑ってしまう。
 些細なことで心が揺れて、泣いてばかりいたのは私のほうだったから。


「いわおとなりて……」


 助けられていたのは私だ。
 あの子は、お姉ちゃんは私の光よ、と、何度も繰り返し言ってくれた。
 寄り添って眠り、花々が咲き誇る春の報せをともに喜んで。


「こけの……むすまで……」

 
 アメノミナカヌシが、私におっしゃった。


 『お前の化身である磐座や、細石のなかには、決して折れない愛が宿る。どれほどの時が流れ、時代が変ろうとも、この磐座はここに在り続けることが出来る。雨風に晒され削られようとも、ここに』

 
 そして私は、呪いをかけた。
 危機に瀕することなく、神代の命が受け継がれ、守りの力が弱まることなく、この国の誇りと和の心が縁となり存在出来るよう、解けぬ呪いを。

 愛する国とともにこの星が、千年先も、万年先にも栄えていられるように。

 天の祈りが、その絆が、血脈が、末長く繋がれていくように、私だから生み出せる結界を張る役目をいただいたのだ。

 
 もしも、目にする風景が荒れていたならば、私の化身に触れて欲しい。
 きっと、霧が晴れていくように心が戻る。

 人や自分を、醜い姿だと思ったならば、歌って思い出して欲しい。
 誰もが、輝く陽の民であることを。
 私は、神々の祝福が民に届くように託された、永遠の信頼の証だから。



「僕はヒルコ。君の涙があまりにも綺麗で、笑顔があまりにも素敵で、話しかけずにはいられなかったよ」
 
 
 君が代は

 千代に八千代に

 細石の巌となりて 

 苔の生すまで



【私がかけた呪いとは】
 


建国記念日の昨夜、
眠る前に、次に書けるならばどなたかなと
ぼんやり考えていたら……
ヒルコのお話にちらと出てきた
イワナガヒメを想いました。

氏神さまであり、富士山の御祭神である
コノハナサクヤヒメとイワナガヒメは
誰より身近な神さまでしたが
こんなにしっかりと見たのは初めてです。

イワナガヒメは、
美しいけれど儚い木花佐久夜毘売とセットで
岩のように強く生きられるという理由で
父から嫁に出されたけれど、

醜いという理由でニニギから追い返され、
それを恨んで、
本来ならば神の血によって永遠であるところに
寿命を与えた、ここから天皇に命の限りが出来た、というそんな説があるのです。


呪いなんてかけたのですか?
違うでしょう?と訊いたら
涙が出てきてしまい
それは違う、と断言したくなりました。


それから今朝、イワナガヒメが
国歌である『君が代』を歌っている
イメージが入って来て
私も一緒に口ずさむと、一瞬
太陽の照りが強くなったのです。


君が代は、作者不詳。
イザナギとイザナミを表す恋歌だ、
という説もありますし、
色んな話が飛びかっていますが


これは、イワナガヒメが祈った言葉に違いない、と直感的に感じて。

イワナガヒメが祈ったように、
神の血を受け継がれている天皇陛下が、
この日本が、いついつまでも
平和で素晴らしい国であるようにと
この話を書き上げていました。


神社や、パワースポットと呼ばれる場所にある
数多の磐座は、細石は、
もしかしたらイワナガヒメかもしれない。

悲しみや恨みなど微塵も感じない
温かな心の持ち主である
素敵な女性であることがわかり、
また、私が勝手に救済されてしまいました。


その木花佐久夜毘売は、確か
一晩で妊娠をしてニニギに不貞を疑われ
火を放ち出産をするのですが(T-T)
それはまた……そうであったか否か
教えていただけたら書きたいなぁ(涙)


最後までお読みくださり
本当に本当にありがとうございました!