魔法の秘密基地。 -3ページ目

田中的生活

東京にいた時に“田中課長”というあだ名の上司がいた。
あだ名って言うか課長なんだけどさ。


その平凡なネーミング(?)とは裏腹にものすごい人なのだ。前にも書いたけど、まずハゲている。そしてでぶだ。
色は白い。いや、赤い。いつも酒を呑んでいる。二日酔いどころか酔ったまま会社に来る。汗がもつ鍋の臭いがする。
常に青シャツで、もしミニラと山下清がちゅっちゅしてしまえばこんな子供が生まれるだろうと思うような風貌。
いつもニコニコしている。そのせいで客に叱られる。戸籍はまっさらな50手前の初老である。
温厚だが血液型を聞くと怒る。頑固だ。知的なのに知的とはかけ離れたルックス。それってやっぱり偉いと思う。

たぶん何も欲しいと思っていない。本読んで、音楽聞けて、タモリ倶楽部さえ観れればいいんだろう。酒を飲む席で“彼女が欲しい”と言ったりするが、私にはわかる。
言いたいだけだ。

お金も欲しそうに見えない。

東京を発つ前日にライブに行った。課長が大好きな渋さ知らズのライブ。
くそ程楽しかった。それを伝えると何故か“ありがとう!”とニコニコしていた。

なんとなく思い出していた。

田中は私の神だ!
結論に至った。

あぁいう風に生きていきたい、あぁいう人間になりたいと思った。

田中を目指して生きていこう。

飴の女

今日も超後ろ向きなまま、出かけた。

派遣会社に登録に行った。いつまでもいつまでも、口の中で飴玉を転がしている。早く噛み砕いてしまいたい。もっと早く溶けてなくなると思っていたのに。

会場につくと同じ歳位の女の人がお茶をがぶ飲みしていた。面接官のようだ。希望勤務地欄に3つしか枠がなかったので
何となく“神奈川”“愛知”“埼玉”と書いた。
“何故こんなに遠くなんですか?”
“いや…日本地図の真ん中辺りがいーなーって…”間抜けすぎる理由だ。
色々説明を聞いてるうちに何故かお互いの人生の話になった。
救われた気がした。
ころん。
飴が、甘い。

近くの喫茶店まで珈琲を飲みに行く。
今、砂の女を読んでいる。砂の部落から脱出しようとする男の話。甘えのない、厳しさしかない作品なのにどこかコミカルに思える。悲劇のふりした喜劇を演じているようだ。この男が今の自分に似ている気がして飴が苦くなる。
人間は生まれながらに“砂”なのかも知れない。流動的で、時に重く、狂気をはらみ、時に軽く、美しく。

この飴はまだ溶けないだろう。腐れば吐き出せばいい。
思い出は甘い。いつまでも舐めたくなるくらい中毒性がある。
しかし時として思い出は後悔となり、苦くなる。
苦くても舐め続ける。甘くなるまで、噛み砕けるその日まで。

後ろ向きは一周すれば前向きなんだぜ。

私は海老だ!

やさしい街

全部あるのに、ぜんぶ、ない。

実家の生活を一言で言い表せばこんな感じだ。

日中はまだまだ汗だくだが、朝晩肌寒くなり東京を離れた日を思い出す。
夜中ずっと荷物を詰めていた。箱の中に気持ちの断片を押し込むように、ぎゅうぎゅうぱんぱんにして。伝えられなかった想いもある。素直にありがとうを言えなかった人達もいる。

理想は実感もなく、思い出もない状態で。
現実は昨日まで張っていた虚勢が継続し、風船のようにじわじわ膨らむ後悔に引き摺られないように細心の注意を払いながら乱暴に詰めていたのだ。

思いの外、引っ越し作業は午前中に終わった。
4年半暮らした部屋に何も無くなって何かががらんどうになった。
やっと理解した。

東京から新幹線に乗る。
思えばやさしい街だったな。田舎にいる時は散々“東京の人は冷たい”“怖い場所”だとか言われてたけど。親切ではないけれど適当に放置してくれて、考える力を養ってくれて、無関心でいてくれる“やさしい”街。

喜びも悲しみもとても近くにあって、簡単に手が届いてしまう、帰りたくなくなる街。そんな街で自分の事を大嫌いになった。3月11日から嫌いになった。親も心配している。故郷はきっとやさしくしてくれる。街を嫌いになる前に離れられて、よかった。

そんな事を考えるうちに涙が押し寄せた。
新幹線の中で堪えるのに必死だった。

センチメンタルになるなぁ。こんな暇があるのもあと2ヶ月だ。

そのやさしい街に戻る、いや、帰る。