$心貧しきくそったれの足跡


デン・ハーグからデルフトまでの列車の中は、ふわふわした繭の中にやんわりサンドラと一緒に包まれて過ぎていった。

フェルメールの生きた土地に初めて降り立つと、ゴロワーズを二人で一緒に吸った。
俺は先に旧市街の方に行こうと提案すると、サンドラはデルフトブルーの瞳をぐるりと一回回すと

「私たちには何かが憑いているわ、行きましょう教会で蝋燭を灯すのよ」

「なにかって?」

「あなたが一番よくわかっているでしょう?」

そう言って市庁舎前の新教会へ連れて行った。
彼女と一緒に蝋燭を灯し跪いた、大天使ガブリエルの前で
二人で一緒に塔に登り上からデルフトの風景を見た。
そこに広がる世界は、青ではなく赤だった・・・

「あなたがブルーになるといけないから」

彼女の瞳とデルフトの赤茶けた屋根の構図に、心地好い鳥肌が立った。

$心貧しきくそったれの足跡


彼女にマウリッツハイス美術館に寄りたいと言うと、意味深な顔をしながら承諾してくれた。



デン・ハーグの駅を降りて二人はゴロワーズの香りを嗅いだ。
マウリッツハイスまでの寄り道は、これから起こるであろう奇跡を予感させた。

美術館に入り、ウルトラマリンブルーのターバンを巻いた女の前に彼女を立たせると、時空を超えた完全なる遠近法に涙が出てきた・・・

彼女は泣き崩れそうになる俺の腕をひっぱり、デルフトの羨望の前まで連れて行くと

「ねぇ、この絵っ光ってるいのよ」

と言って、とてもソフトなベーゼをした。

切り取られた時間の絵画の前で、俺は彼女を抱きしめた・・・


あなたは私の歌が調子っぱずれだと言う
どれほど私が傷つくかも知らないで
貴方は完璧なほど素晴らしく音程は確か
私にとってあなたは脅威だわ
でもどうしていつもそうやって私を落ち込ませるの

私の歌が調子っぱずれだってあなたが言うと
私の気持ちが傷つくんだってこと、判って?
私もあなたのような耳とよく通る声をもっていればよかったのに
あるのは私自身の感覚と生まれつきもっている声だけ
あなたは私のやりかたが音楽理論に背いてると言う
それはそうなんだけど、恋の病を患っている愚か者には規則は適用されないの
私はあなたのために歌を一つ作ったわ、気に入らないかもしれないけど
ちょっと変てこな曲だけど、私の気持ちがたっぷり込めてある
私の伴奏をしてくれたら判るわ
たとえ私が調子っぱずれでも心は優しいっていうことが
大切なローライフレックスであなたの写真を撮ったけど
写っているのは心のもやもやばかり
たぶん無駄だろうけどあなたが譲歩してくれたらと思う
私の夢をこわしてしまいそうな細かい規則のことは忘れて
私の夢は誰か愛する人と愛と音楽の生活なの
その人はたとえ私が調子っぱずれな歌を歌っても
私があなたをとても愛してますと言うときは
問題なのは音程ではなく私の言わんとしてること
愛しい人、私はあなたを愛してます
ということだと判ってくれる人なの
$心貧しきくそったれの足跡


ベッドサイドに置いてあるゴロワーズに火をつけながらながら目を覚ますと、いつの間にかサンドラが立っていた。
ツイードのシャネルスーツを品よく着こなした彼女の手には、ドランブイのボトルが握られている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%AB

「覚悟して、あなたは泥棒よ」

「じゃあ、どんな罰を俺に与えるんだ?」

「今日一日、私に付き合って」

そう言うと彼女は部屋から出て行った。
“ラスティー・ネール”の残り香に、女は手厳しかった。

オレンジ色の速さで仕度を済ませ、ロビーへの階段を下りた。
クラシックな薄いグレーのコートを着た彼女は、金色の髪をかき上げながら笑っている。

俺の無精髭を摩りながら

「お母さんを紹介するわ、さあ行きましょう」

サンドラの匂いを嗅いでいると、断ることが馬鹿馬鹿しく思えてきた。

「この近くかい?」

「デルフトよ、さあ行きましょう」

どうやら、神は俺に味方しているらしい・・・
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ヨハネス・フェルメール

人類史上最高の画家、ハンニバル・レクターがこよなく愛した・・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB

彼は瞬間を切り取り光の芸術を魅せてくれた。
・・・そうだ、デン・ハーグに行こう・・・

俺はそう思いながら深い眠りに落ちた・・・
1Fのバーでドランブイを借りると24号室に戻った。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%96%E3%82%A4

ベットサイドのラップトップを開け、電源を入れると“ブーン”と低い唸り声を上げた・・・

唸りの原理・・・
振動数の少し違う二つの音波が重なったときに干渉が起こり、音が周期的に強くなったり弱くなったりして聞こえる現象・・・

サンドラのことを想いながらFine Young cannibalsのShe drives me crazyを捜した。
打ち込みのリズムとギターのサンプリングが聴こえてくると、ドランブイをグラスに注いだ。



幾重にも重なった蜂蜜の香りに咽ながら、プログラムとヴォーカルのハーモニーに酔いしれ・・・COHIBAのSiglo Vに火をつけた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%89%E5%B7%BB

https://www.habanodirect.com/japan/COHIBA.asp

葉巻とドランブイの香りは、真珠の耳飾りの女の悪だくみを思い出させた・・・
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$心貧しきくそったれの足跡


淫売のような吐き気のするそれを見ていると、急にサンドラが欲しくなる
アメコミは思い出にしようと心に決めると、俺はチューリップの宿屋に走って帰った。

“She’s gone”

チューリップの宿屋は何処か寛容で暖かかった。
サンドラはいなかったけど、気持ちだけは通じてる気がした。


俺は、BIOTONICのJust a dreamに曲を変えた。
エロティックでスピードのあるBPMは自制への開放を許し始めた。

彼女はギリシアの血を引く娘のような、極彩色の瞳で左ジャブを放った。
俺は経験という名の防御でそれをかわすと、本能という名の右ストレートで応戦してきた、その拳に俺は渾身の力で愛を放って返した・・・

生贄に奉げられた肉体は、存在性を失い無限の喜びを約束してくれた。

“She’s Gone!”

そこで手を抜くと、名前を聞くのを忘れていたことに気づいた。

「名前は?」

「クロエ」

シャネルの5番が似合うショートヘアーの“クロエ”は自分で慰めながらそのまま果てた・・・
$心貧しきくそったれの足跡



ホリーはマイアミから来た
ヒッチハイクでアメリカ大陸を横断したんだ
眉をひっこぬき
脛毛を剃って 彼は彼女になった
彼女は言う“ヘイ ベイビー”
ワイルドサイドを歩け

そんなことを想いながらテレビを消した。
布団を出そうと思い押入れを開けると、マッキンのアンプとPOWER BOOKがあった。

iTunesでJanis JoplinのMove overをかけながら布団を引いた。
ショートヘアーの彼女のピアスとARMANIのワンピースはこの空間に相応しくなかった。

俺は服を脱いでピアスを外してくれと命令すると、彼女は脅えながら服従した。


そして、JoplinのCry Babyを妙に優しく聴かせた・・・


シャンパンが注ぎ終わると、みんなで乾杯した。

Salon88’の重厚で繊細な香りがやけに古い畳の匂いとマッチしている。
Chef NOBYに変心した彼は、Salonについての講釈を始めた。

「サロンの名前が一躍有名になったのは、1920年代にパリのマキシムにおいてハウスシャンパンとして愛飲されたからなんだ。飲み頃が来るまで長期の熟成を要するこの、シャンパンは生産量が非常に少なく、良い品質のブドウができた年だけ作られるため、1911年からわずか31ヴィンテージしか造られていないんだ。ところで?お前の尻の穴はいつキャッチ出来るのかね?」



ゲイの彼はそう言いながら俺の尻をつねった。憎い奴である・・・
彼は古いブラウン管のテレビにスイッチを入れるとキッチンに戻っていった。
テレビに視線を移すとUnited Future OrganizationのLoud Minorityが映っていた。
Ams,salon,UFO・・・二人は、彼の演出した昭和のつぼに吸い込まれて往く~。

キッチンに戻った彼が、黒トリュフと洋ナシのアンティパストを持ってきてくれた。
・・・Antipasto Misto・・・・・前菜盛り合わせ・・・・
至極のメインは彼女。粋なNOBYは、ある意味海原雄山を越えた。

「じゃあな、よかったらゆっくりしていけよ。勝手に帰るなら鍵はいつもの所で」

ふて腐れたフレッド・アステア似の彼は、右目でウインクすると自分の部屋に戻って行った。

ドアが閉まる音がすると、二人の距離が縮まって本当の彼女を理解できそうな気がした・・・