私の結論は「エホバとの絆」
私の半生にはいろいろなことがありました。苦しいことはたくさんあり、何度となくくじけそうになりました。そんな何も持たない私に、天のお父さまエホバ神は知識と理解力と神との絆(深めること)をプレゼントしてくださいました。本当に感謝しています。聖書の伝道の書の終わり部分(12:13)にはこうあります。「全てを聞いた今、結論はこうだ。真の神を畏れ、その方のおきてを守りなさい。人の務めはそれに尽きる。」長生きをした使徒ヨハネはこのように述べています(ヨハネ第一5:3)「神を愛するとは、神のおきてを守ることです。神のおきては重荷ではありません。」私はこの言葉に心から同意します。でも、エホバは私たちを従わせたいのではありません。私たちを守りたいのです。今はそれが本当によく判ります。イザヤ48:18にはエホバのそのお気持ちが描写されています。「あなたが私のおきてに注意を払いさえすれば!そうすれば、あなたの平和は川の流れのように豊かになり、あなたの正しい行いは海の波のように多くなる。」さらに「(そうするなら)あなたの子孫は砂のように、末孫は砂粒のようにたくさんになる。彼らの名は決して私の前から取り除かれず、消し去られない。」という、未来の祝福も挙げています。ネット上では、統治体どころかエホバ神のことを揶揄する意見を目にすることがあります。もちろん怒りも感じますがそれ以上に可哀想に思います、「判っていない状態」をです。私は上から目線で書きたいつもりは全くありません。そう聞こえるかもしれませんが、私もかつて「全然判っていない状態」でした。今も発展の途上にいます。さらに言えばすごく生意気な私にエホバは過分のご親切をくださったのです。エホバとの絆があれば強くなれます。エホバが聖なる力を授けてくださるからです。エホバとの絆があれば、酷い仕打ちを受けても相手を情状酌量できます。エホバ神の考え方に似てくるからです。そして心から許せる時がきます。それは長い間背負ってきた重荷が解放される安堵の時です。エホバとの絆があれば、たとえ人から愛を貰っていなくても、自分の内に愛の源泉を湧き出たせることができます。神の像に創られているからです。受ける愛より大きい与える愛の幸せを芯から味わえます。エホバは私たちを心の底から愛して創造され、誰よりも慈しんでおられます。本当です。昔の私が何を言っているの?と感じていたのと同じように、あなたも思うかもしれませんが、本当のことです。研究でヨブ記のことが扱われました。3人の友人はヨブに言葉において酷い仕打ちをしました。でも彼らはイエスを退けたパリサイ人とは違います。最終的に当時の世で最も完全に近かったヨブの執り成しでエホバとの関係を回復させました。つまり神の会衆内の人たちです。であるならば、現代の会衆の中にも3人の友人のような特質や言動を示してしまう兄弟姉妹が存在し得ることは予想の内です。でも。ヨブのようにエホバとの強い絆があれば、酷い仕打ちを受けても許せます。3人の友たちのようにエホバに立ち返ろうとエホバとの絆を求める心があるならば、神にも人にも許してもらえる道が開かれます。ネット上でエホバやエホバの証人(JW)に反対意見を述べる人の中にはご自身が親や会衆内の人たちから公正さに欠けた酷いと思われるような扱いを受けた方もいらっしゃることでしょう。何度でも言いますが、それはエホバが悪いのでありません(とはいえ、エホバを責めたくなる気持ちをエホバはしっかり理解してくださっています)親や会衆の人がエホバとの絆が弱かった証拠です。もし絆が強かったら決してそんなことはしなかったでしょう。エホバはそのためにご自分の評判が傷つけられる(られた)ことを承知しています。それでも彼らに、私たちに、私にバプテスマを受けることを許してくださいました。成長を望んでいるから、成長を信じているから、何よりも助けたいからです。私は25年程前にバプテスマを受けましたが、正にエホバの証人と呼ばれるような資格ある者では到底ありませんでした。最低限のギリギリだったはずです。それでも神は私の可能性、私の隠された良い特質をご覧になってくださり、それを成長させ続けてくださいました。私は他の人と全く変わらない、罪のある人間です。でもエホバの愛が少し判るようになってきた、その違いがあります。だからこの記事を書きました。エホバとの絆を持ち、それを深めていくなら必ず知恵と理解力が得られます。そして観察・洞察・識別して良いものを選ぶことができるようになり、それは人の幸せに確実に直結します。人間の造り主であられるエホバはそのことをよーくご存じなのです。神は聖なる力を惜しみながら、与えたりはされません(ヨハネ3:34)これでもか!というほどに惜しみなく寛大に与えて助けてくださいます。それはイメージとしてはエホバが漁師のシモン・ペテロとヤコブとヨハネに舟が沈みそうになるくらいの多くの魚を捕らせた(プレゼントした)情景のようです。同舟していたイエスはエホバの寛大さに感謝しつつも、もしかしたら「お父さん、ちょっとあげすぎかも・・?」と少し思ったかもしれませんね(笑)サタンは何とかして暗闇のベールでエホバの真実を覆い隠そうとしますが、エホバが与えてくださる理解力を用いるなら、そのベールを剝ぎ取れます。鍵は「エホバとの絆」です。これがあれば何にも負けません。永遠の命はその結果の祝福であり、大いに喜べるのも絆のおかげです。私は心からエホバ神に感謝します。そのお名前が永久に誉め讃えられますように!(こんなふうに他の人が読んだら何を言っているの?と感じるかもしれない言葉を素直に書ける自分に軽く驚いています)なぜ聖書に書かれている人たちが神を賛美したくなるのかが判ってきました。神との絆があると神を賛美せずにはいられない、のです。神に反対する人でも自然に触れることで癒されたり、美味しい食事に感動(レポート)したり、家族やペットとの自然な温かい情愛が持てることを嬉しく感じることがあるでしょう。それは創造者エホバがそのように愛情を込めて造られた証です。エホバは冷たい水を氷として天から降らせるのではなく、人を傷つけないように雪として降らせます。様々な自然の恵みをミックスして人の味覚を喜ばせる「味」を提供しお湯の温度にも限界を設けて人の身体に合わせています。エホバは常に利他的に人間の幸せのために力を尽くしてくださっているのです。何よりも今の不完全な私たちにいつの時代にも生きた言葉として心を鷲掴みする神の言葉、聖書をプレゼントしてくださいました。エホバは全力で私たちみんなを愛しておられます。エホバはイエスとご自分の組織を通して将来必ず私たちを文字通りに救います(啓示21:3&4/コリント第一15:23~28)もし今の組織が神に選ばれていないと思われるのでしたら、どうかサウル王に対するダビデの態度を思い出してください。敬意を払い続ける姿勢をエホバは必ず報われます。もし新たな組織を構築する必要が本当にあるのだとするなら、エホバはご予定のときに必ずそうされます。そのときまで今のこの組織に留まり続けるのは主権者エホバ神に対するあなた自身の揺るぎない愛の証です。エホバはそのような人を決して悪いようにされません。すべてのことをご存じのエホバがあなたの真剣な努力に報いてくださいますように。私は心からエホバを愛しています。エホバが用いておられる今の組織も大好きです。天のお父さまエホバのお名前が永遠に神聖なものとされますように。