皆さまごきげんよう、エシュルンです(^-^)♪

 

 

 

さて、私的人生でお初な補助開拓奉仕ですが、無事にお約束した時間を果たすことができました~!パンパカパーン!!やったね♪がんばりました~私!えっへん!天のお父さまとお兄さま方々に深く感謝します。ありがと~(^-^)♪この調子で月末まで特別に楽しく奉仕をしたいと思います。

 

 

 

振り返るとエホバと知り合えてからの40年間、いろいろな経験を私はしてきました。家庭環境等の影響で私は5歳のころから既に希死念慮がありましたが、9歳の終わりの時にエホバが私をつかんでくださいました。両親のすんばらしくきつ~~~い反対を受けながらも何とか聖書を学び続けてきました。人一番、人への恐れが強くていつもおののきを感じていたこの私が・・・まさに奇跡としか言いようがありません。

 

 

 

小学5年生頃には校歌斉唱も国旗敬礼も自分でするのを止めました。親は喜ぶはずもなく、みんなと違っていることをする私を怒っていましたし(よく世間様に顔向けが云々~と言っていたのを思い出します)先生方からもいろいろ圧力を頂戴しました。中学の体育館の学年集会でひとりだけ名指しされみんなの前でずっと立たされたり、廊下に何時間も正座させられました。割と品行方正&成績優秀(笑)でも校歌を歌わなかったからです。

 

 

 

親戚の家に伺うとまず仏壇にお線香をあげる習慣を子供の私が止めたときもめっちゃ大変でしたし、祖父が亡くなったときのお通夜では鬼の形相の家族から逃れるためにトイレに一人ずっと立てこもっていましたね~。でもみんな意外なところから助けはちゃんと与えられました。今では懐かしい思い出です。

 

 

 

いつも隠れて行なう研究だったので司会者が家に来ることはなく、私が司会者の家に行きました。これがスタンダードだと思っていましたから、伝道に出て初めて研究は司会者側がお相手の家に訪問するものなのだと知りました(^▽^;)個人宅で行われる書籍研究は仕事が終わっても家に帰らず、商業施設のアトリウムお気に入りベンチで出版物を読みつつ時間を調整していました。王国会館の集会はラフな格好で出かけてトイレで着替えていました。大会の日は家族が眠っている間に家を出て(置き手紙をする)参加していましたね。家に帰って無視される、怒鳴られるは常のことでした。

 

 

 

バプテスマも秘密裏に受けて、濡れた水着は持って帰りませんでした。家を出ていかざるを得なくなって一人暮らしを始めたとき、それまで押し入れの天袋とか鍵付きの引き出しにしまっていた聖書や出版物を堂々と部屋のテーブルや枕元に置いたままで眠れたときはとてもうれしかったです。でも残念ながら会衆ガチャ?は当時はハズレ(苦笑)でしたので、成員からのいろいろな試練?仕打ちにも遭いました。なかなか大変でしたね~(遠い目)人の不公正を長い年月耐えてきました。

 

 

 

そんな40年をエホバは私と共にいて、私と同じ景色を見て同じ気持ちを共有し続けてきてくださいました。永遠に存在される宇宙の創造者がこんなちっぽけな私、それも何も持っていない私にずっと関心を示し続けてくださったのです。そして私を愛してくださった、私にとってエホバから愛されること以上の幸せはこの世にありません。

 

 

 

希死念慮を抱えつつ、子供の私がいろいろな困難を一人で乗り越えてなくてはならなかったのは本当に本当に怖かったです。でも怖いながらも私は自分の意志で選択して歩んでこれました。私は幸せ者です。大人たちからは否定されてきても、歩んできた道は間違っていなかったのです。この組織を通して教えてもらえる神の言葉の知恵のおかげで、私は世の中の人や組織の人たちではなく、エホバを真っすぐ見続けてくることができ、そのエホバはいつも私と一緒にいてくれました(*^▽^*)

 

 

 

エホバは今現在私に揺るぎない愛を持っておられることを私は知っています。平和の契約も結んでくださっています。聖書を理解する力を日々鍛えてくださっていることは勿論、世俗の仕事でもいつも私に成功をくださいます。エホバとの絆はこれからも強めて深めていきたいですけれども、少なくとも貴重すぎる絆を持たせていただいていることを私は理解しています。天のお父さまエホバのお名前が神聖なものとされることエホバだけが唯一の神として讃えられることを私は心から熱望しています。そう思えることができることにも深く深く感謝します♪

 

 

 

私は霊的には父なし子つまり孤児です。でも会衆の人からはあまりお世話されませんでした(悲)でも・・・だからこそ私は会衆の霊的には片親の若者たちや、あるいはやもめの姉妹たちを特に援助したいと思います。放置される辛さがよ~く判るから。何よりもエホバがそれを望まれているからです。私は今エホバのために自分ができることを精一杯行なって、来たるべき時が来たときに「あのときに精一杯やれて本当によかったです」と言えるようでありたいです。