私のブログは、
約9年前に…
風邪すらひかない
超健康なサーファー旦那が
悪性脳腫瘍グレード4
神経膠芽腫を
発症した時からを書いています。
大切な人を亡くし…、
絶望感に襲われ、
「人生終わった」と感じ、
自死まで考えていた絶望未亡人が…
どうやって生きてきたのかを
赤裸々に綴っている…、
『30代絶望未亡人
這い上がり物語』です。
初めから読んでくださる方はこちらから…
↓
33歳旦那の病気、発症!
↓
病名が判明しました
↓
2歳と5歳のワンオペ育児をしながら…
↓
旦那の脳腫瘍が再発しました
↓
そして…
↓
旦那を失う前にも…
↓
これの続きです
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旦那は、
7月に再発しました。
手術で取り除いた
悪性脳腫瘍が…
また、
旦那の脳内に、
現れました
主治医(プレイボーイDr.)からは…、
「年越しは…
出来るんじゃないかなぁ」
と、言われていたし…、
旦那の変化も、
ゆるやかだったので…
まだ……大丈夫
すぐに何かは、
起こらない
そう…
思っていたんです。
そう…、
自分に言い聞かせていたのかな
恐ろしい現実を、
見ないようにしていたのかも。
おそらく、
近い未来に訪れるであろう
絶望の時を…、
考えないようにしていたように
思います。
でも…、
旦那は…、
ゆるやかではありましたが、
確実に、
出来ないことが増えていきました。
先週は、
背もたれがなくても、
ベッドに座っていられたのに…
自力で座っていられなくなったり…
食事も、
自分で食べていたのに、
自分の力では
食べられなくなったり…
もちろん、
排泄はすべてオムツに…
声を発することも、
表情を変えることも、
うなずくことも、
まったくなくなりました。
そして…、
10月に入ってすぐの、
ある日の朝、
私のスマホに、
恐れていた連絡が
入ったのです
主治医(プレイボーイDr.)
「検査中に、
血圧が下がったので、
すぐに来てください」
プレイボーイDr.とはこの人です
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先生の声は、
切迫感のない、
おだやかなトーンではありましたが…、
私は…
嫌な予感しかしませんでした
うそっ
旦那〜!!
まさか、
死なないでよ
私は、怖くて怖くて…
震えが止まりませんでした
震える体で…、
私は1人、
車を運転して、
旦那の病院に向かいました
アクセルを踏む足が、
ガタガタと震えていたのを、
今でも忘れられません。
つづきます