精神科入院と体重の減量 | kyupinの日記 気が向けば更新

精神科入院と体重の減量

過去ログには、向精神薬と体重についての記事がかなりある。

一般に、精神病院に「減量」が主目的で入院する人はほとんどいない。せいぜい2~3の理由のうち、1つくらいあるくらいである。

ところが、入院しているうちに、自然に減量していることが喜びになり、しばらく入院を続けたいと言う人がいる。

ある重い神経症の女性は、主な精神所見は敏感関係妄想?様の奇妙な異常体験だったが、入院後、速やかにその症状は改善した。自覚的には良くなっていたが、体重も減り続けているため、もう少し入院していたいと希望したのである。(彼女は元々入院は嫌い)

彼女を10人の精神科医が診ると、3~4人は統合失調症と診断するかもしれない。しかし、クラシックなタイプの精神科医であれば、彼女を統合失調症とは診断しない。このような人は昔は診断に困っていたが、今でも困るようなタイプである。

普通、ピュアな統合失調症の人の方が治療がマニュアル化されていることや薬物への反応性という点で治療しやすい。彼女のような人は治療には想像力が必要である。

彼女は太りやすい体質の上、酷くはないが過食が見られるため、家庭では体重が増加しやすい。もし何も薬を飲まないとしても体重が増加する傾向があるのである。

体重が増加すると自己嫌悪し投げやりになるため、日常生活は益々破綻する。病状が悪化すると、次第に不活発になり引きこもり状態になっていた。思うように動けないのである。運動不足なので更に体重が増加する。彼女は入院し規則正しい生活をし間食を避ければ、体重は自然と減少するのである。

精神科に限らず、内科でも生活が滅茶苦茶な人は入院すると節制するので、検査値は驚くほど改善するものだ。その意味では、規則正しい生活をしていてもなお内科的、精神科的に悪い方が対処が難しい。

入院後、彼女は次第に以下の処方に落ち着いた。

リボトリール 1.5mg
レキソタン  15mg
ルーラン   4mg
トピナ50  100mg
サインバルタ 40mg
ロヒプノール 4mg
他下剤のみ。


彼女はベンゾジアゼピンをかなり多く処方しているのがポイントである。この方がコントロールがまだできるし、体も動く。(←当たり前)

このタイプは、ベンゾジアゼピンの力価の高いものを大量に使うことが重要であり、これはローナ・ウイングの呼ぶ「カタトニア」の治療手法に関係が深い。カタトニアでは、ベンゾジアゼピンの基本はワイパックスだと思われる。個人的に、眠剤であればロヒプノールが推奨できる。

ロヒプノールは現代社会では優れた眠剤と考えられるが、海外では麻薬に準拠する扱いで持ち込めない薬物になっていることが多い。東南アジアの一部でさえそうである。

これはロヒプノールは海外では濫用されやすいためであり、ベンゾジアゼピンの中でも特別に扱われている。しかし、アメリカで禁止になる前はロヒプノールは1錠1ドルくらいで販売されていると聞き、日本に比べ随分高いと思ったものだ。(当時ロヒプノールは20円くらい)

ロヒプノールを連日8mgくらい服用している非行少年(広汎性発達障害の若者)を数人、目撃したことがあるが、どのように手に入れたのか不明であった(海外では買えないわけで)。

彼らによると、ロヒプノールをかなり飲むと、断然体が動くようになるらしい。これはロヒプノールというベンゾジアゼピンの薬効で、カタトニアが改善するためである。これは結果的に、(本人たちが経験的に気付いた)カタトニアの1つの治療法になっている。

過去ログの、「ダウン症候群の青年期における退行現象(11)」という記事のコメント欄の8番に、「これは頂けない」というピントの外れたコメントがある。あのダウン症候群の退行現象は、ローナ・ウイングの記載したアスペルガー症候群の「カタトニアに類似した病態が生じた」と見ると、かなり話がわかりやすい。

コメントした人は、そのような主旨であることは気付いておらず、一般的な視点で記載したものと思われる。

現代社会の広汎性発達障害はある時期から、あまり体が動かなくなる病態の推移がしばしば診られる。それはローナ・ウイングが言う典型的なカタトニアではなく、不全型あるいは軽微なカタトニアである。あの記事は一般に知られている「ローナ・ウィングの3つ組」の話ではないのである。

ここで話を戻す。
上記の彼女の処方はどの薬も体重増加させる要素がないが、唯一、ルーランだけは頻度は低いが体重増加の原因になることがある。一般に、ルーランは体重を増加させない薬である。

この処方で、彼女は1ヶ月に3kg以上のペースで体重減少していた。ほぼ3ヶ月で10kgの減量を果たした。

彼女は元々、減量が理由で入院したわけではなく、生活が滅茶苦茶になったために入院した経緯があり、3ヶ月では退院しても良い状態であった。ところが本人は退院したくないという。

この場合、主治医としては対応に困る。なぜなら、精神面ではこれ以上、長く入院させる理由がないからである。理由があるとすれば、良い精神状態を長く保つことが、長期的には治療的なことだと思う。そのような実績が、今後の精神症状に影響する。それはこのタイプの患者さんは自己評価が低く、自信を喪失しているからである。

あと問題は、3ヶ月目で10kg減量しているが、果たして、もう3ヶ月入院すれば20kg減量できるか?であろう。

僕は可能と考えている。その理由だが、まだ彼女は60kg以下にはなっていないからである。今が50kgであれば、あと10kgは無理であろう。一般に、薬剤性のものがほとんど影響しない場合、長期的には理想体重に近づく。彼女は比較的身長があるので、40kgは無理である。

これはもちろん本人には言っていない・・(マーフィーの法則になりかねないので)

なお、近年の女性患者さんは、体重の話をすると、古典的な摂食障害の患者さんに比べ目標値が過激ではないことが多い。

なお、広汎性発達障害に伴う稀な病態「カタトニア」の治療は以下の3つが大きな柱である、

①ベンゾジアゼピン(効果があるが、重いカタトニアでは効果が弱い)
②ECT(重篤なカタトニアでは、最も有力で成功率も高い)
③抗精神病薬(どれを選ぶか選択が難しい。また治療にとてつもなく時間がかかる。時に5年以上。これだけで治療するのは現実的ではない)


個人的に、上の3つの方法以外にも、リーマス、ラミクタール、テグレトールなどの気分安定化薬、トピナなどの新規抗てんかん薬、時にSSRI、SNRIなども有効なケースがあるが、いずれも何らかの欠点を持ち、個々の患者さんの具体的な症状を勘案して決めるべきである。いずれにせよ、試行錯誤は必要である。

カタトニアは、臨床的には広汎性発達障害の人のように、薬にあまり強くない人が抗精神病薬を結構多めに服薬していて、急速に中断した際に生じることがある。過去ログでは、減量の際は、一本調子では行わず、一服すべきと記載している。

重いカタトニアがいったん生じると、治療がかなり難しいため、素人考えの安易な減量はお薦めできない。専門医に任せるべきである。

また、抗精神病薬以外では、SSRIやベンゾジアゼピンの中断でも生じることが、非常に稀だが、あるようである。(彫像のように固まり、そのまま長期に推移)。

カタトニアは、悪性カタトニア(悪性症候群)の近縁の病態であり、ベンゾジアゼピンやECTが有効なのは当然といえる。また、カタトニアで補液が治療的であることも、悪性カタトニアの治療手法と関係が深い。

点滴を受けると、「ぎこちない体の動きが改善する」と言う広汎性発達障害の人がいるが、軽微なカタトニアが緩和すると考えると理解しやすい。(過集中が出る程度の軽い人でも)

過去ログの少し病態が異なるが、「短期決戦に構える」の記事の女性患者には入院後、いきなり一見、無意味に見える補液を実施している。このようなタイプの病態は、補液は治療的なのである。

参考
ロヒプノール
105kgから62kgまで減量した人
体重の減量のテクニック
トピナは精神療法をするのか?

(この記事はボツ原稿でかなり前に準備したものです。今回、気が変わりアップしていますが、ここで出てきた女性患者さんは、ある日、トロペロンを筋注した際、劇的に自覚症状が改善し退院となっています。約4ヶ月の入院。)