精神疾患と暴力、触法性 | kyupinの日記 気が向けば更新

精神疾患と暴力、触法性

これは部分的に「頭部外傷から統合失調症になるのか?」続きになっている。

かつて頭部に外傷を負った人の統合失調症は、当初は誤診されることもある。それはCTやMRIを実施すると、実際に頭の中に何か異常があるからである。こういう誤診の症例をかなり見たが、結局は画像に惑わされて、本質が見えないからだと思う。統合失調症は頭蓋内に何かあったとしてもそうなのである。

精神病院内で真に暴力的で危険な入院患者は、統合失調症の人はあんがい少なく、頭部外傷後遺症、てんかん性精神病、頭蓋内に器質異常を持つ知的発達障害、脳炎後や脳出血後などの器質性精神病の一部である(もちろんすべてではない)。他、暴力的な発達障害の人々、精神病質の一部の人たち、統合失調症の人では緊張型の一部の人である。

一般に統合失調症の人々は精神病院内では紳士的である。これは生来の性格が内向的で、人との交流も少なく大人しい人が多いことがある。また彼らは悪化時にも不思議にあまり器物を破壊しない。器物とは壁に飾られている絵や、いわゆる芸術性のある物品である。一般に花瓶は凶器になりかねないので、閉鎖病棟では置いていないことが普通だ。

かつて統合失調症と診断された入院患者に限れば、暴力が酷く看護者や他患者に非常に恐れられた人たちの病型は、とりわけ暴力的な緊張型の人と、誤診された暴力性の高いアスペルガーを含む発達障害系の人たちではないかと思っている。(注:アスペルガーは統合失調症ではない)

なぜ広汎性発達障害、アスペルガーなどが挙がるかと言えば、この疾患で暴力的な人は本当に情け容赦がないからだ。そうなってしまう理由は、相手の悲しみ、疼痛、恐怖感などの感情に気付けないことが大きい。また底知れない恨みを抱いていることも無関係ではないと思う。

アスペルガーの殺人事件は漠然とした社会への恨みから生じているのを時々見る。このような明瞭な恨みからの犯罪は責任能力があり刑事罰も受けねばならない。その意味では司法的にはアスペルガー症候群という疾患はないに等しい。(パーソナリティ障害に包括される)

アスペルガーで心神耗弱以上のケースは、統合失調症に類似の幻覚妄想に動機付けられて犯行を起こしたとか、あるいは解離などが生じていた場合であろう。僕は精神鑑定でアスペルガーに関しては上記2つによる犯罪は経験したことがないが、そんなケースもありうるはずだ。その点で、アスペルガーだからといって、「責任能力あり」に100%なるとは言えない。

僕は過去に簡易鑑定で数名ほどアスペルガー症候群と診断したが、その一部の人はそれまで統合失調症と誤診されていた。急性期ならともかく、このような鑑定の現場に来るようなアスペルガーの人たちを、統合失調症と誤診するようなぬるいことをするわけはなかろう。

僕はアスペルガーの人は結果的にだが、すべて責任能力ありと判断している。(つまり有罪)

アスペルガー症候群は生来性の疾患なので、その点で気の毒な要素はある。しかし、犯行時の責任能力の鑑定は、そのような不幸な生い立ちは直接は関係ない。不幸な生い立ちだとか生物学的なハンディキャップを考慮し司法判断するのは他ならぬ法律家である。

精神鑑定をする精神科医は「大岡越前」であってはならない。

上で、「頭蓋内に器質異常を持つ知的発達障害」というのが挙がっている。ある少年は脳内にはっきりとした器質異常が認められた。彼は施設内で生活をしていたのだが、なんらかの原因で立腹したり、他の入所者と喧嘩をした時に、全く手加減することなく相手に攻撃を加えるのである。相手が泣きじゃくってもそれを止めない。

ある日、彼はかんしゃくを起こし、女の子をハサミで刺しまくった。しかも相手が倒れこんでいるのにそれを止めなかったのである。傷はもうグチャグチャである。その事件以後、彼は施設にいられなくなった。

また、この少年とは違う子だが、その少年は幼児期に脳炎を起こし、その後遺症で暴力行為が絶える事がなかった。その少年の主な暴力行為は、他の子の足払いである。突然そんな風にするため、足払いされた子供は後頭部を打つような感じで転倒する。そのために数人の被害者がおり、ある女児は脳挫傷を起こし後遺症のために普通の生活が出来なくなった。たぶん生涯、施設に入所せざるを得ないであろう。

このような暴力性はたぶん脳の器質変化と関係があるが、アスペルガーの一部の人の暴力性や触法性はこの近縁にあると考えている。彼らは時に怒りのコントロールができない。いつか過去ログで、「アスペルガーは脳に傷がある」と書いたことがあるが、このような感覚からも来る。(参考

一方、統合失調症の人は興奮していてもそこまでの器物破壊がない。その点で僕には、彼らは器質性脳障害のようには見えないのである。しかしアスペルガーの人はすぐに物に当たるので、容易に壊してしまう。アスペルガーの子供部屋の壁は、しばしばボコボコに穴が開いている。いつも殴っているので拳に殴りダコが出来ていたりする。何かを解決するにあたり、容易に暴力に訴えるのが内因性疾患と違うところだ。

ある時、統合失調症と診断されていた少年が紹介されてきた時、一瞬でそうではないと思った。良く話を聞くと、どうもアスペルガーのように思われるので日常生活について聞いてみた。彼は、家族にいつも暴力を振るっているようであった。特に母親と弟が被害を受けていた。既に母親は彼を恐れるあまり別居生活になっていたのである。

彼に暇な時は何をしているか聴いてみると、2ちゃんねるのメンヘル板の住人で、よく「死にたい、死にたい」と書き込んでいるという。だから逆に言えば、妙に暴力的だったり破壊行為が過ぎるような人は、統合失調症と診断されていたとしても、広汎性発達障害系疾患、特にアスペルガーを疑うべきだ。生活歴の再聴取が重要なのである。

暴力は殴るとか物を壊すなどだけではなく、酷い暴力的な言葉も入る。これはよく話を聞いていると、そういう言葉が垣間見えることでわかる。バカ丁寧な言葉遣いなのに、なぜか不釣合いに脅迫的だったりするため、それはそれで特徴があるように思う。

2ちゃんねるで、なぜあのように頻繁に人を傷つける言葉が多く見られるのかは、結局、ネットには発達障害系の人が相対的に多く集まっているからであろう。発達障害系の人は通常のコミュニケーションが苦手だが、まだ活字で会話できるネットは、はまりやすいような気がしている。2chはリアル空間よりまだ住み心地が良いのである。

掲示板の世界では統合失調症と診断されていたとしても、真の診断はおそらく広汎性発達障害系の人もけっこういるのであろう。真に精神面で健康な人たちは、滅多に2ちゃんねるに入りびたりにはならない。日常、面白いことは他にたくさんあるからである。

一方、真に統合失調症の人もさほど来ないような気がしている。統合失調症の人では、その統合失調症の概念と自分の感じている症状には繋がりみたいなものが希薄で、問題意識として心には挙がらないからである。統合失調症の人は自分がそうかどうかの苦悩もむしろ乏しいように見える。統合失調症と診断された際の苦悩が本人または家族に大きいケースは、やはり発達障害的だ。

そんなこともあるのだろうか?僕の患者さんの統合失調症の人で、2ちゃんねるに常駐している人なんていない。あれは統合失調症の人たちには疲れる環境というのもある。

僕は外来で統合失調症の人たちがインターネットをする場合、どのようなサイトを見ているか調査したことがあった。

統合失調症の人はメンヘル掲示板とか僕のブログを見に来るような人はあんがい少なく、例えば音楽、絵画、料理、お菓子作りなど本人の趣味のサイトなどを見たりしていることが多い。なんだかすごく平和なのである。

しかし、アスペルガーのインターネットをする人では、メンヘル掲示板の「自殺系」スレッドの住人だったりする。したがって掲示板には相対的になにがしかの発達障害の人たちが多いのである。時々、犯行予告があるのはそのせいであろう。すべてが発達障害とは言わないが。

わりあい最近のことだが、岡山で電車が来る線路上に人を突き落としたと言う奇妙な事件があった。あの事件では簡易鑑定で「アスペルガー症候群」の疑いのような記事が出て、ネットで批判があったようであるが、僕はあの事件が実際にアスペルガーによるものかどうかはともかく、アルペルガー的な事件だと思った。あのような意味不明の事件はなおさらだ。

だいたい、毎日、毎月、日本中でホームで電車を待つ人の膨大さを考えるに、あの事件は確率的には稀有なものである。だから、アスペルガーがあのタイプの重大な事件を良く起こすというほどの頻度とは言えない。しかしあのような意味不明の事件、事件直後の本人のコメントなど総合すると、いくら稀有でもそういう風に見えてしまう。

あのような簡易鑑定で「アスペルガー」という診断名を出すことはいけないなどと言うのは、一般の発達障害の子供を持つ家族の心情からは理解できるが、最終的には新聞紙上で明らかになっていることが多い(京都の塾教師の女児殺人事件、長崎男児誘拐殺人事件、寝屋川小学校教師殺害事件など)。また、簡易鑑定時点で、注目されているような事件は何らかの結果が公表されることはこの事件以外にもある。

発達障害の人たちの総数と相対的な奇妙な事件の数を考えるに、絶対値でアスペルガーの人に重大な犯罪が多いとは言えない。

しかし、家族や兄弟への暴力などは水面下では結構あるのである。家族を殺したり重症を負わせた場合は全然違うが、家族のちょっとした怪我なんて事件にすらならない。犯罪として挙がって来ないのである。このような些細な暴力行為を裾野とするピラミッドの頂点に殺人事件など大きな犯罪があると言わざるを得ない。(重大犯罪があるのに、そこまでいかない中間的な犯罪が全くないなんて考えられないという意味)

むしろ発達障害の人には、触法性が高い人もいることを理解してもらった方が今後のためにはきっと良いと思う。隠そうとする姿勢は一般の人に誤解を生み、かえって偏見に繋がると思う。この辺は微妙だが、歴史的にはそうした方が良かったものが多いのである。

補足
アスペルガーないし発達障害系の人たちの犯罪には、ファンタジーと現実が区別できなくなって犯行が起こるケースがある。普通、こういう犯行の方が、アスペルガーの精神症状を考慮すると理解しやすい。このタイプでは性犯罪なども見られるが、僕が初めて性犯罪のアルペルガーを簡易鑑定した時、こういうタイプではなかった。その人は単に女性とのコミュニケーションがうまく取れないために、不思議な性犯罪をしていたのである。僕が検事さんに「この人はアスペルガーですね」と言ったところ、「またアスペルガーですか・・」という返事だった。アスペルガーの軽微な犯罪はそう珍しいことではないのである。(トータルでは多くはないが、アスペルガーと診断されている、つまり簡易鑑定の場で認知されていることに価値があると思われる)

またストーカー的な犯罪もある。このような犯行ではあらかじめ待ち伏せしていたり、道具などの綿密な準備をしていたりするため、あまりにも統合失調症的な犯行ではない。(責任能力がないように見える犯行ではないと言う意味)。その点で、有罪になるのはやむを得ない。

また、あまりにも感覚過敏なために、相手の意図しなかった何気ない言葉や行為などを被害関係妄想的に受けとめ、恨んで犯行に至るケースもある。いわゆる認知の歪みである。

もともと精神鑑定は、その事件を起こした精神障害者を救うために行うものではない。人によれば結果的に救うように見えるだけだ。

その事件当時の精神症状を鑑定し、その被告人が適正に処遇されるように法律家に意見を言うだけなのである。法律家はその意見を参考にして、自分達が思うように処遇を決めて良いわけで、場合によれば精神科医の意見は無視してもかまわないのである。

一方、法律家による刑事裁判の目的は、被害者の感情を慰め、満足させるためにあるのではなく、被告人に対して適切な刑罰を課すというものだ。このあたりは一般の人たちとの感覚と相当にギャップがあると思う。

裁判を観察していると、実際にそのようになっているのがわかる。

参考
①頭部外傷から統合失調症になるのか?
②統合失調症の寛解という意味
③社会的な目線での統合失調症とアスペルガーの共通点
④精神疾患と暴力、触法性
⑤2ちゃんねるとアスペルガー
⑥発達障害は統合失調症の免罪符ではない
⑦赤