農民連盟の「トラクターで道路封鎖」はなぜ支持されたのか

 …「GDP日本超え」の大国ドイツが抱える環境リスク 

             地球を守るために、市民の暮らしが脅かされている

         2024/01/24 川口 マーン 惠美  PRESIDENT Online

 

EUの「窒素排出規制」に各国の農家が激怒

 1月8日、買い物に行こうと玄関を出た途端、遠くからラッパのような音が耳に飛び込んできた。

 「 あ、ライプツィヒでもやっているんだ、農家の抗議デモ! 」

鳴り響いている音は ラッパではなく、クラクションだ。

    2022年から2023年にかけて、オランダでも 長期間にわたって、やはり 農民たちのデモが行われ、

警察が デモ隊に発砲するなど、ただならぬ事態も起こった。原因は EUが定めた窒素の排出基準。

オランダ政府は これに沿って、2030年までに 自国の農業における 窒素の排出を半減させようと

躍起になっていた。

 「 この排出基準を守るためには、農家は 違う場所に引っ越すか、廃業するかしかなくなる 」

という 農民側の言い分は 誇張ではなかった。

実際に 政府は、廃業する農家には 補償を出したが、しかし、その後、二度と農業に復帰しない

という約束をさせた。そして、それでも立ち退かない農家の土地は 政府が没収するとしたのだから、

誇り高き彼らが怒ったのも 無理はなかった。背景にあったのが EUのグリーンディールだ。

 

無茶な CO₂ 削減策で ドイツ経済は ガタガタ

  EUのグリーンディールとは、フォン・デア・ライエン氏が欧州委員会の委員長になった2019年末

いの一番に打ち上げた政策だ。「温室効果ガスの削減」と「経済成長」の両立を掲げ、それを

EUの新しい成長戦略に据えたのだが、それから 4年が過ぎた今、これによって「経済成長」した

のは、一部の再エネ関連産業のみ。

 

 ドイツは 太陽光パネルも風車も どんどん増えるが、よくよく見れば、彼らの儲けの原資は、

ほとんどが 税金か国民の直接負担という、かなりな構造なのだ。

本来の、気候保護という目的も まるで達成されておらず、それどころか、電気の供給は不安定化し、

料金は上がり、CO2の排出量では、今や EUでポーランドと1位、2位を争っている(ただし、

ポーランドは原発建設を進めているので、将来的には CO2は減る予定)。

結局、肝心の経済は、高い電気代と さまざまな規制でがんじがらめ。農業も、こうして 追い詰め

られてしまった部門の一つといえる。

 

 現在、ドイツの農業政策は、酪農は メタンなど 温室効果ガスを排出するので 縮小を目指し

(これはオランダと同じ)、一方、有機農業の面積は 強制的に広げられようとしている。

ただ、現実として、化学肥料を駆逐した有機農業では、手間はかかるが、収穫は半減する。

 

農業は 自然を壊すものだから 原っぱに戻す?

   そもそも 左派の強いEUの考えでは、“ 農業は自然を壊す ” ものだ。当然、緑の党のドイツの

現農相も、科学に支えられた高度で効率的な農業よりも、蝶々が飛んで、カエルが鳴く風景が

好きらしい。だから、先達が 何百年もかかって開墾した肥沃な農地の少なくとも1割を、なるべく

ただの原っぱやら湿原地に戻したい。

 これらの動きは、特に 中小規模の農家を追い詰め、ここ数年、泣く泣く 廃業に至るケースも

増えていた。一方、そうして 手放された農地を買い取った大規模農家が、ますます 効率の良い経営

を実践することになり、いわゆる 農業の寡占化が進んでいる。

   減反や有機農業シフトで減った収穫分は 輸入すれば済むといっても、最近は 戦闘や旱魃

食料は 不足気味。世界のあちこちでは、飢餓で苦しんでいる人たちも少なくない。ドイツのように

比較的豊かな国が なけなしの食料を買い占めれば、貧しい国で飢えている人たちの食料を奪う

ことにもなりかねない。そんな 道徳的に疑問符の付く政策を、ドイツ政府は あたかも善行のように

して進めようとしている。

 

トラクター隊と数千人の農家がベルリンに集結し…

   今回、ドイツの農家の 堪忍袋の緒が切れた直接の原因は、政府が、農家に対する免税など、

いくつかの優遇措置を撤廃しようとしたため とされるが、真実は 前記の通り、これまで 何年も

続いてきた EUの方針に対する農家の怒りが爆発したというほうが正しい。そして、それに加えて、

現政権の「暴政」に対する 激しい抗議でもある。

 

   ドイツ農民連盟が企画した農民デモは、まず 昨年12月18日、ベルリンで火蓋が切られた。

数百台の農耕用トラクターが 隊列を組んで 市内、および 周辺道路をブロック。抗議集会が行われた

ブランデンブルク門の広場は、見渡す限りのトラクターと 意気盛んな数千人の農民で埋まった。

   デモの様子は 複数のテレビ局が中継したが、農民連盟の代表、ヨアヒム・ルクヴィート氏の

スピーチは決然とし、しかも、すこぶる過激だった。

   その横で、怒声、罵声、呼子の音に包まれたオツデミア農業相が、水に落ちた犬のように

しょんぼりと立っていたのが印象的だった。

 

上から目線のメディアも今回ばかりは違った

 農家の抗議の声は、農業政策にとどまらず、政府の政治全般に向かっている。現政権は、

国家経済を まったく無視し、左翼のイデオロギーに基づいて 再エネ振興や難民に途方もない額の

お金を使っている。

さらに、外相や開発相も、世界中で 景気よく巨額の援助をばら撒き、得意満面になっているが、

そのらで、勤勉に働いている 肝心のドイツ国民は、重税、増税、そして インフレに苦しんでいる。

 

   さらに、足元では 教育が崩壊し、インフラが老朽化し、経済成長は止まり、すでに 産業の空洞化

が始まっているのだ。ここまで 急激に国家が弱体化しているというのに、ショルツ政権に それを

回復させる気も、能力もないなら、潔く責任をとって退陣すべきだ と、デモに集まった人々は

思っていた。

 

  「 年明けを待って、これまで 誰も見たことがないほど激しい抗議活動を繰り広げる 」と、

農民連盟の代表は、怒るデモの参加者に向かって宣言した。それに対して オツデミア農相は、

「 農家の言い分を理解する 」と、神妙な顔つきで答えた。

  興味深かったのは、この後のメディアの反応。主要メディアは 高慢なので、元来、どちらかというと

農家をバカにしている。これまでも、農民の EUの農業政策に対する抗議活動は 時々あったが、

メディアは それらを 必ず上から目線で報じた。

 

財相の演説は 「ブー!」「帰れ!」で かき消される始末

   抗議デモは 15日に、予定通りベルリンでの閉会の大集会をもって 平穏に終わった。

主催者側の発表では、ベルリンに集結したのは 3万人と、1万台のトラクターやトラック。

警備にあたった機動隊が 1300人。零下で 寒風の吹きすさぶ中での熱いデモだった。

   演壇に上がった リントナー財相(自民党)は、農家との連帯を表明しながらも、政府の方針の

正当化を試みたため、そのスピーチは 「ブー!」と「帰れ!」の声でかき消された。

ドイツの昨年の 国と州の税収額が、史上最高であったことは 皆が知っている。

 

   それでも お金が足りず、増税が行われ、しかも、あちこちの補助金が削減されなければならない

のはなぜか? それは、ドイツ国民の生活とはかけ離れた場所での 政府の常軌を逸したバラマキ政策

のせいであるということを、リントナー氏は言わなかった(もっとも、バラまいている張本人は

リントナー氏の自民党ではなく、社民党と緑の党ではあるけれど)。

 

ドイツの “政変”は 刻々と近づいている

   折しも 同日、昨年のドイツの実質経済成長率が 0.3%縮小したというニュースが流れた。

インフレで 一般消費が縮小、電気代の高騰で 製造業が落ち込み、輸出が不振だからだが、G7で

マイナスはドイツだけだ。国民の間では、この政府の言う通りにしていたら、大変なことになる

という空気が膨らみ始めている。

   このまま経済活動が後退すれば、CO2の排出は減少する。そして、さらに 緑の党の宿願通り、

農地は 次第に原っぱになり、農家は、菜種油をバイオ燃料にするため、畑一面に菜の花を咲かせて

助成金をもらうのだろう。

   今、ドイツには、淡い勃興の雰囲気が漂い始めた。農民に続いて、多くの人々が立ちあがる日が

刻々と近づいているように感じる。政府の焦りは 大きい。

 

 

900万人の農民票をつかもうと…EU、論争中の農業政策を撤回(1)

                                          2024.02.07     中央日報

    欧州全域で起きた大規模な農民デモに驚いた欧州連合(EU)が 気候変動に対応するために

 準備した農業政策を撤回することにした。4カ月後に開かれる欧州議会選挙を控え、怒った農民

 を刺激して 票を得ようとする極右派を阻止するためという見方が出ている。

◆EU、農民デモで農業政策を撤回
    ロイター通信によると、EUのフォンデアライエン欧州委員長はこの日、仏ストラスブールの

欧州議会本会議で「 農薬の持続可能な使用規制(SUR)」発議提案を撤回する考えを示した。

フォンデアライエン委員長は「 農民が 農業の未来について心配していることを知っている 」とし

「 農民の声に耳を傾ける必要がある 」と説明した。

   SURは 欧州委員会が2022年5月に発議した規制で、2030年までにEUの各加盟国は

化学農薬の使用を50%減らすことを骨子とする法だ。
  

 当初、EUは「グリーンディール」(2050年までに炭素排出ネットゼロ達成)政策を導入しながら

農家に 殺虫剤・除草剤など 農薬使用量と窒素排出量に対する規制の強化を強行しようとした。

しかし 先月中旬から フランス・イタリア・ベルギー・スペイン・ブルガリアなど 欧州各国の農民が

トラクターで道路を封鎖するなど 激しいデモを行うと、事実上、白旗をあげた。

   また EUは 2040年までに達成するための気候目標値から 農業分野の削減目標値をまるごと抜いた。

欧州委員会が この日に発表した 2040年の気候中間目標関連の通信文には草案にあった農業分野の

温室効果ガス排出量を 2015年比30%削減するという内容が削除されていたと、ロイターが伝えた。

 フクストラ欧州委員(環境政策担当)は「 EUの市民の大半は 気候変動の影響を実感して保護

されることを望むが、自分たちの生計に及ぼす影響も心配している 」とし「 我々は バランスが

とれた接近方法をとらなければいけない 」と説明した。

◆ 極右躍進に驚いたEPPが要求
   これに関しポリティコは、6月の欧州議会選挙を控えて 900万人の農民票をつかむために

欧州委員会が決断したと指摘。フォンデアライエン欧州委員会員長が属する中道右派の欧州人民党

(EPP)は 農民が反対するEUの農業政策に変化を与えるべきだと要求したことが分かった。

EPPは 欧州議会で23%と最も多くの議席を占める。

   今年の選挙で フランス・オランダ・イタリアなど 欧州主要国で 極右政治勢力が農民の不満を利用

して躍進する可能性があるという見方が強まると、EPPが 農村の投票者の心をつかむために動いた

とみられる。先月末の欧州外交問題評議会(ECFR)の調査では、近づく選挙で 極右性向の政党が

9カ国で 第1党になるなど 議席数を大きく増やすと予想された。

   EU最大農業団体コパ・コゲカ(COPA-COGECA)など一部の農民は EUの決定を歓迎したと、

BBC放送は伝えた。コパ・コゲカのクリスティアン・ランバート代表は「 欧州委員会がようやく

農業政策が正しくないことを認めた 」と述べた。

   半面、欧州緑の党のバス・アイクハウト議員は「 欧州委員会が 農業に関するすべての内容を削除

した 」とし「 農薬の使用を減らすための新しい計画を用意すべきだ 」と促した。

     900万人の農民票をつかもうと…EU、論争中の農業政策を撤回(2)