『ドラえもん』の主人公はドラえもんかのび太か。原作が始まったとき、のび太が主人公だと紹介された。ドラえもんが登場しなかった『ドラミちゃん』が『ドラえもん』本編に組み込まれ、ドラえもんが登場しながら副題が「のび太」で始まる「のび太の恐竜」が映画ドラえもんのスタートになって『のび太の宇宙開拓史』『のび太と竜の騎士』などが続いたように、のび太が主人公と見える部分が多い。
藤子作品で言えば『オバケのQ太郎』のQ太郎と正太ではQ太郎が主人公で、『ジャングル黒べえ』の黒べえとしし男では黒べえが主人公であろう。
『パーマン』の須羽ミツ夫とパーマンは同一人物で、『バケルくん』も第1話を除くとバケルとカワルは同一人物。
『みきおとミキオ』では1974年のみきおが主人公であろう。
 
『ドラえもん』の場合、ドラえもんがロボットであることが主人公問題を難しくしている。
手塚治虫の『鉄腕アトム』や石森章太郎の『がんばれロボコン』や『人造人間キカイダー』のように等身大で意思を持つロボットの名前がタイトルである作品ではそのロボットが主人公であるから、アトムもロボコンもキカイダーも主人公になる。
横山光輝の『鉄人28号』や永井豪の『マジンガーZ』のような操縱型巨大ロボットになると、ロボットを操る人間が主人公になる。『機動戦士ガンダム』の主人公はアムロで、『新世紀エヴァンゲリオン』の主人公は碇シンジというわけだ。この場合、主人公がロボットという機械を道具(兵器)として使うことが物語の中心となる。
ドラえもんは一見すると等身大で意思を持つ。ではドラえもんが主人公かというと、ドラえもんはアトムはロボコンのように人間社会の中で修行や学習をしているようには見えない。それも少しはあるにしてもメインはのび太が秘密道具を使うことで話が始まる。その意味で『ドラえもん』は等身大ロボットと操縱型ロボットの両方のアニメの要素を兼ね備えていることになり、これは『のび太と鉄人兵団』で結実した。
 
藤子・F・不二雄の『キテレツ大百科』のキテレツとコロ助ではキテレツが主人公であろう。ただ、アニメの主題歌の映像などではコロ助の存在が大きい。これは鳥山明の『Dr.スランプ』で則巻千兵衛博士が主人公だったのに、博士の作ったアンドロイドであるアラレちゃんが主人公であるのと同様である。
 
ここで昭和の円谷特撮について考えてみる。
『ウルトラQ』では人間と怪獣や宇宙人との戦いがテーマで主人公ははっきりしない。毎回違うのかも知れない。
『ウルトラマン』では初代ウルトラマンとハヤタはもともと別人なので、主人公はウルトラマンとハヤタの二人(ふたり)である。
『ウルトラセブン』ではウルトラセブンとモロボシ・ダンは同一人物なので主人公はセブンひとり。
『帰ってきたウルトラマン』ではウルトラマンジャックと郷秀樹は別人なので、主人公はウルトラマンと郷秀樹の2名ということになる。
『ウルトラマンA』ではA(エース)と北斗星司と南夕子が別人だから主人公は3名。ただし、南夕子は途中で月に帰ってしまったのでそれ以降はAと北斗の二人が主人公だった。
『ウルトラマンT(タロウ)』の場合、第1話を見ると、危機におちいった東光太郎から成人のウルトラマンタロウが生まれた(つまり同一人物)ように見えるが、後付けの設定ではその限りではない。
『ウルトラマンレオ』の場合、レオがおゝとりゲンに変身しているわけで、主人公はレオひとり。
アニメの『ザ☆ウルトラマン』ではヒカリ超一郎とウルトラマンジョーニアスは別人なので2人体制であり、声の出演では、ヒカリの声が富山敬、ウルトラマンの声が伊武雅刀だった。
『ウルトラマン80』では矢的猛と80は同一人物なので「誰が主人公か」の問題は生じない。
 
『みゆき』の主人公は若松みゆきでも鹿島みゆきでもなく、若松真人であろう。
『浪花少年探偵団』の主人公はどう見てもしのぶセンセであり、小説の続編『しのぶセンセにサヨナラ』ではタイトルに反映されている。
 
時代劇では主人公が明確なことが多いが問題になったのは必殺シリーズである。
小説『仕掛人・藤枝梅安』では藤枝梅安が主人公だったから、『必殺仕掛人』では梅安(演:緒形拳)が主人公のように思えるが、キャスト紹介では西村左内(演:林与一)が最初だった。
タイトルが『仕掛人』『仕置人』『仕事人』であれば裏稼業のグループのメンバー全員が主人公と考えてよさそうなものだが、連絡係はどうか。例えば『仕置人』の主水・鉄・錠は主人公であっても半次とおきんが主人公に入るかというとむしろレギュラーの脇役または準主役と見るべきだろう。また、『仕置人』では鉄が主人公で、錠やおきんだけでなく、主水が出ない回もあった。
『仕業人』でも終盤でやいとや又右衛門が出ない回があった。
『暗闇仕留人』ではキャスト紹介で糸井貢(演:石坂浩二)が最初で、『必殺仕置屋稼業』では市松(演:沖雅也)が最初というのはまだわかるが、『必殺仕業人』で赤井剣之介(演:中村敦夫)が最初というのは、今思えば意外ではある。特に『仕置屋稼業』は必殺スタッフが主水をメインにした作品をシリーズ化することにした作品の第1号であるから、主水が最初でもよかったはずだ。
 
個人的に1975年の『仕置屋稼業』は意識して見始めた必殺再放送の第1号で、『仕置屋』で沖雅也が最初でもそういうものだと思っていて当時は疑問は生じなかった。ちなみに最初に見た必殺は『新必殺仕置人』の再放送で、最初に見た本放送の必殺は『必殺仕事人』で左門(演:伊吹吾郎)が坊主頭になった後期で、意識して見るようになった本放送の必殺は1981年の『新必殺仕事人』であった。
 
『水戸黄門』の場合、水戸光圀が主人公であることは自明だが、石坂浩二主演の作品では終盤で光圀が登場しなかったことがある。中尾チーフプロデューサーはNHK出版の『NHK大河ドラマ大全』で印籠について「人間でない物が主人公になる」とコメントしており、『水戸黄門』の本当の主人公は徳川の権威(葵の紋所など)であって、徳川光圀という生身の人間そのものも場合によっては必要がないことを示している。これは西村黄門のときの「嘘を承知の偽黄門」でも表れているし、佐野黄門時代のお銀を主人公にした『水戸黄門外伝 かげろう忍法帖』についても言えることだ。印籠シーンがないとテレビ局に抗議をした視聴者が多かったらしいが、そういう視聴者は水戸老公でなく印籠を見たがっていたのであろう。
 
 
 
赤塚不二夫の作品だと「ひみつのアッコちゃん」はいいとして「もーれつア太郎」「おそ松くん」「天才バカボン」になるとタイトルになっている人物より他のキャラクター(ココロのボス、ニャロメ、イヤミ、バカボンのパパ)の印象の方が強烈であった。
 
 
 
 
 
 
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2012年8月
 
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