ある酒飲みの、たんなるボヤキ

ある酒飲みの、たんなるボヤキ

お酒紹介ブログは別に作ったので、こちらは日々思ったことを書くブログにします。お酒と話を絡められるといいなあ

 

もう少しで自治会長になって一年経とうとしている。

そしてたった一年ながらも自治会というものの良さも悪さも、ある程度は実感を伴って理解してきた。

結論から言ってしまえば、「自治会に関わる」というのは圧倒的にデメリットの方が多く、メリットもないわけではないが恩恵が非常に小さいか可視化されていない、あるいは特定の性質の人間にだけ利益があるということであり、構造的に欠陥を抱えてしまっているように思う。

※前提として、高齢化の進んだ集合住宅の自治会というシチュエーションです。

 

 

 

自治会の問題①ー権利と義務の不在

 

これはどういうことかというと、自治会はあくまでも限られた集団の中にあって色々と選択する権利と義務が生じるのであって、一歩、世間に出たらなんの権利も義務もないということ。

役員会で様々な問題を話し合い、行事の打ち合わせをし、お金を動かす。

お金をある程度自由に動かせるのだから、それらは報告と監査を受ける義務が生じる。

しかしながら、あくまでもそれは自治会活動内の話であって、外の話になればなんの権利も義務も生じていない、はずなのだ。

 

たとえば、私は自治会長ということで、福祉関係の関係各所から「お宅の団地に住んでいる〇〇という高齢者について聞きたいのですが~」という電話が度々かかってくる。

おおよそ、介護保険が絡む範囲内での連絡である。

事件事故、警察が絡む犯罪などの連絡であれば協力したいが、そもそも私も住んで1年ちょっとの人間、団地の様々な人間関係は知ってるはずもないし本来知りようもない。

私が自治会長だからといって、他人の家に入り込んで様子を観察する権利はないし義務もないのだ。

 

人として冷たい、会長として責任がない、と言われるかもしれない。

 

じゃあ、と逆に問いたい。

私はその高齢者の家族でもないのに、家にあがりこんで情報を仕入れて、よその機関にあれこれ話をして物事を決めていいのか?と。

そうした権利・権能がないのに、高齢者の状況を把握しておけという義務だけ生じるのはあまりにもアンバランスであり、一歩間違えたらプライバシーの侵害になってしまう。

そもそも入居時の名簿も、プライバシーの観点で提出しない人もいるのだから、それで色々と把握しろとなるのは無茶がある。

(今のところ高齢者のことを把握しておけという強い言葉や命令はないが、調査のお願いはよくくる)

 

細かいことでいえば、役所からくる「自治会加入世帯数の把握」を求められることも同様だ。

今現在、何世帯が加入しているのか、一応把握はしているが団地なので人の入れ替わりはよくある。

例えばだれかが今月退去するとか、病院に入院するとか、施設に入居するとか、能力・経済的に自治会費を払えないとか、情報が一元化されていないので情報は各棟の班長さんの連絡次第だし、長期不在者は加入者に含まれるかといった判断はこちらではできるはずがない。

賃貸の契約ができているかどうかは個人情報になるので、原則教えてもらえない(らしい)。

 

 

いや、もう自治会加入の有無は市が管理してくれよと言いたい。

契約状況を不動産屋や大家をしていない私は知るはずもないし、たとえば自治会費を払わない人がいたとして、その人に徴収することもできないのに(それこそ権利もないし義務もない)、勝手に脱退扱いにしては困りますと役所に言われるのだ。

じゃあ脱退させることができず、自治会費も払っていないのに、自治会に入っているということになるということか?

一応規約うんぬんに沿ってできることもあるだろうが、当然規約は条例や法律に勝るものでもなく、ないとは思うが万一もめたら裁判するしかないという状況にならないか?

時間とお金が無駄すぎるにもほどがある。

 

 

と、文章で見るとただ不満をぶちまけているだけに見えるかもしれないが、実際はこういうところを組織の欠陥として把握し、権利と義務が発生しない団体だからこそ、うまくやれるような仕組み作りを行政にサポートしてほしい、現状を知ってほしいと思っている。

 

正直、引っ越ししようと思えば私は引っ越しできる。

しかしそうはできない方も多いであろう団地を、行政はあまりにも特定の人間に丸投げしすぎていないだろうか。

 

そして住民の方にも言いたい。

私(自治会長)は偉くもなんでもなく、人をさばく権利もなければ喧嘩を仲裁する義務もないのだ、と。

役員報酬でそこまで責任を持たせられるのであれば、だれもやる人、いや、やれる人はいないだろう。

ただでさえ時給換算で最低時給を下回るのに、プライベートな時間まで他人の介護やら仲裁をしないといけないのだ。

 

 

次の自治会長を見つけないと会長は辞められないよ、と役員の一人に言われた。

確かにだれでも自治会長はできるわけではないが、しかし自治会長になるのは義務ではないのだ。

公平性で言うのであれば、自治会長はだれでもできないとおかしいのである。

でなければできる人にとっての義務となってしまう。

 

私は来年も自治会長をやる予定だ。

しかしそれは献身的に地域のために動いている方たち、「ありがとうね」と言ってくれる人たちのためであり、何もしないで権利ばかり主張し、住民としての義務を果たさず、他人に責任ばかりを求めてくる人たちのためではない。

私はそれらを受容できるほど善人ではないし、ある程度は自己責任だと思っている冷たい人間なのだ。

 

 

送別会や自治会連合会の忘年会があったりと酒(焼酎)を飲む機会はあったが、酒ブログ的なネタは少なかったと一年を振り返り思った。

せっかく自治会長をやってるのだから、何かしら絡ませられればと思うのだが、役員に同世代がいないので、会議後に飲みに行こうとかそういう行動がとれないのが非常に残念である。

 

 

だからBARで飲むしかないというね。

 

 

 

写真とは関係ないが、ルスタウのベヴェルモットは美味しかった

 

 

 

 

 

 

 

自治会ネタが続き恐縮である。

いよいよきたか、というか例の

「お年寄りはギフトカードどこで使えばいいかわからん、こんなもんいらん!」

と言う高齢者男性より直電。

 

老「どういうことですか?」

 

自「ですので、申し訳ないですが役員会で議決されてそのようになったんですよ」

 

老「だから、年寄はそれがどこで使えばいいのか分からんし調べられんとよ」

 

自「イオンや地元のスーパーなどで使えますよ」

 

老「そこまで行けんのよ!」

 

自「(んじゃ普段どうやって買い物してんのよ)」

 

 

いやあ、序盤から自分の都合だけ。

 

自「他の方から特にそういったことは聞かれてないのですが」

 

老「年寄は思ってても言えんでしょうが」

 

赤ちゃんか?

いや、大人なんだからそこは言いましょうよ。

認知症があって意思の疎通ができないなら仕方ないが、そこまで面倒はみきれんぞ。

 

正直、ここでもう切るべきだったかもしれないが、一応会話自体は成立しているので説明を続けた。

 

自「申し訳ないですが、現金だと封筒用意したりと経費とか手間がかかってしまうのですよ。ただでさえ役員をみんなやりたがらないので」

 

老「お前らが楽したいだけだろうが!」

 

自「そこまで言われるなら、ご自身で役員や班長されて変えればよろしいんじゃないですか?」

 

老「俺はそんな面倒なことはせん!」

 

自「そんなことが通るなら自治会がなくなりますよ」

 

老「なくなってもいいと思っとる!」

 

あ~もうだめだ、話がマジで通じない。

その後も話が脱線して色々言ってくる。

 

老「金もらってるだろ?敬老の意味を知ってるか?あんたは頭が悪いな

 

おっと暴言まで飛び出してきた。

いよいよ話にならない。

話が通じない相手とやり取りする時間も義務もないので切った。

 

 

いや~こういうの久しぶりですわ。

これが仕事であればもちろんこういう対応はしないしできないが、老人の心のケアまで自治会長は義務を背負わされるのか?

もちろん現金に変えて渡せば平穏に過ごせたのかもしれないが、役員会で決めたことを一人の意見でコロコロ変える気はないし、そんなコロコロ変わるなら自治会は年寄りのための便利屋になるだけじゃないだろうか。

 

自治会は年寄りの面倒をみるためだけの組織ではないはずだ。

彼の主張を通せば、役員も班長もやらない老人が快適にすごすための組織に成り下がる。

もちろん私も聞く耳を持たないわけでなく、しかるべきプロセスを踏んでくれたら、現金配布も選択肢にいれることは当然できる。

ただ本当に、役員をやろうとする人、自治会に積極的に関わってくれる人は少ない。

みんな忙しいのだ。だからこそわかってほしいのだが、そこまで俯瞰してみることはできないのだろう。

世代間闘争に持ち込みたくないのだが、どうしても構図としては老人にいいように扱われる現役という図になってしまう

 

「なくなってもいいと思っとる!」

 

じゃない。

現状だと自然に消滅していくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自治会長になってようやく半年になってきただろうか。

私が仕事で家にあまりいないためか知らないが、住民からは直接にクレームを言われることなく過ごしてきた。

が、いよいよ年度の折り返しにきて、ようやく班長を介してクレームが耳に入るようになってきた。

 

「おう、いよいよか」

 

別に議論したり戦いたいわけではないが、今までがあまりにも静かすぎて怖いくらいだった。

人間社会であれば当たり前に発生する負の感情が、ようやく目の前にやってきたと少し安堵したものだ。

 

まあ、肝心の内容は正直議論にも値しないただのワガママだったので拍子抜けではあった。

内容を少しボカして紹介すると、以下の2点。

 

・敬老会で配布したギフトカードが気に食わない。

 

・公園部分の草が伸びてきているが、まだ刈らないのか?業者に頼まないのか?お金はあるはずだ

 

まず敬老会に関してだが、便宜上イベントを敬老会と言っているだけで、対象者を集めて会食したりカラオケしたりといったお祝いパーティーのようなものはコロナによって消滅した。(私は住み始めて1年なのでそのへんはわからない)

そして粗品を渡すということだけが敬老の日のイベントとして残っている。

粗品というのは1000円相当の飲食物と、3000~5000円のギフトカード。

んで、それを班長さんが各エリアの対象者に配ってくれたのだが、受け取った約1名がご立腹で、

 

「なんで現金じゃないんだ!年寄りはこんなの使えん!!」

 

とあろうことかつっかえしてきたとのこと。

その班長は私にどうすればよいか聞いてきたが、私はやや呆れながら、

 

「ああ、じゃあそのギフトカードは預かります。気が変わったら渡しますし、受け取る気がないなら受けとってもらわなくて結構です」

 

私は初敬老なので慣習は分からないが、そもそも例年通りやっているはずであって、なんで今さらそういうことを言うのか意味が分からない。

もちろん使えるお店がなさすぎる、といった運用上の不都合があるのであればそのクレームも貴重なご意見というわけだが、結局そのクレームはその人一件のみということで、それが答えである。

 

そもそもギフトカードにした理由はちゃんとあって、

 

1、現金だと両替手数料や渡すための封筒などを用意する手間が発生する。

2、それなりに大きな現金を保管しなければならない班長達への安全配慮。

 

であり、正直私としては敬老の精神よりも班長達の仕事をいかに減らすかのほうが重要事項なのだ。

そしてそれはサービスを受ける立場である年寄りたちのためでもある。

 

そもそも三役を含め、班長というものはなりたくてなるものではない。

順番制でいやいやながらもやっているものであり、しかしそれでも組織を維持するためにはやってもらわなければならず、であるならば役を引き受けてもらえるような環境に整えなければならないのは当然のことではないか。

 

「ああ、自治会って任意団体っすよね?じゃあ俺、自治会入んないっすわ」

 

とか、

 

「すみません、順番通りでいけば私が次の班長なんですが、病気でうんぬんかんぬん・・・」

 

ということが起こり得る確率がどんどん上がっていってるのに、旧来のやり方のままでで人が引き受けるはずがなかろうに。

実際、聞いた話だが新規入居者が、班長がまわってくると聞いて急に退去を決めた事例があるらしい。

ええ、それだけ普通はいやなんですよ、仕事を強いられるのは。

みんな「公」より「私」が大事で、そもそも公に関わる余裕もなくなってるんですよ。

 

そんな状況でも班長を引き受けてくれ、積極的に協力・発言してくれる班長たちには頭が下がる思いである。

だから私はワガママだけ吠えて組織になんの寄与もしない人物の満足度より、いかに班長の苦労を少なくするかに頭を使いたいのだ。

ええ、だって任意団体ですので。住民全員の、個別ニーズを満足させる義務は負っていませんので。

 

 

次、二点目に関しては、少々私の落ち度もある。

というのは、私が会長を引き受けるにあたり、まずは年間の支出スケジュールを把握し、結果的に残るお金を把握したいということもあり、今年は草刈り業者に依頼をかけなかったという点。

そのため業者が請け負うよりかは素人故、現役故の草刈りの甘さはどうしても生じていただろうと思う。

 

しかしだ、なんでもかんでも業者に依頼するというのはよほど運営資金の確保に自身があるか、余剰がかなり多くないと無理な話なのである。

実際、(特殊な出費がないにも関わらず)一昨年の繰越金と去年の繰越金で繰越金が減っているのだから、結果として去年は赤字だったわけで。

ただでさえ高齢者が増えて敬老の費用が増えているのに、考えなしに依頼をかけることはできるはずがない。

そもそも収入は増えようがないのだ。(会費を上げればもちろん収入は増えるが・・・)

コスト(人件費・材料費・物価上昇など)は増えているのだから、生活していれば分かるはずのことだろう。

つまりそういう考えが及ばないような生活をおくれているのだから、今現在、そうした生活苦に直面している現役世代のことを少しは考えて欲しい。

 

そんなに気になるなら、自分で刈ってくれません??

 

 

昔みたいにただ他人がやってくれる時代は終わったのだ。

今の人は時間という資源をどう投資するかに非常に敏感なのだ。

もし文句を言うあなたが、若い頃に他人や公のために時間を投資したのであれば、私も多少は聞く耳を持ちたい。

しかし残念ながら、あなた達の言動からは過去に公のために尽くしたという精神性が1ミリも感じられず、そもそも尽くした経験があれば、今現在公のために働いてくれる人への言葉というのは自ずと変わったものであったはずだ。

 

受容するに値しない意見を吟味する時間はない。

私は自分の時間をお酒に、そして公のため、公のために動いてくれる方達のために時間を投資したいのだ。

 

 

申し訳程度の酒要素

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こないだ役所提出用の書類を印刷しにいこうと、フラッとローソンに寄った。

一応コンビニに行くと毎回酒棚は見るようにしているが、基本的に宮崎のコンビニは意外性がなく、

 

「ああ、いつもの顔ぶれか」

 

とスルーすることが多い。

 

SNSを見るとコンビニによっては店長の裁量?でマニアックなお酒を仕入れることが可能なようだ。

コンビニだけでなく、他県のイオンやはたまた生協なんかもヤバいお酒のラインナップをしていることがある。

正直、宮崎は洋酒文化が遅れているというか、ワイン以外の洋酒にどっぷりと触れ合えるところがかなり限られているように思う。

それは焼酎王国に対する配慮なのか、県民が焼酎しか買わない、とでも思われているのか。

 

なので他県の方にとっては。

 

「フーン?」

 

なんだろうが、宮崎人の私にとっては結構な驚きであった。

 

 

『ブルックラディ ザ クラシックラディ』ミニボトル 2200円くらい

 

まさかのスコッチシングルモルトで、しかもコレ。

ボウモアとかラフロイグとかじゃなくて、コレ。

うーむ、コアントロー社が販路拡大を頑張っているのか、ローソンのその店舗が頑張っているのか。

 

一応シングルモルトだけで言えばごくたまに『山崎』『白州』は入ることはあったけれども。

 

お酒を飲み始めた当時、そのデザインに引き寄せられてはいたものの、ちょっと微妙な立ち位置というか(味ではなくて)、グレンフィディックやグレンリベットより高く、マッカランやラフロイグより安いという感じで、ギリギリ買うことがなかった銘柄。

確か当時4000円台だったので、ビギナーな私は4000円出すんだったらラフロイグ買おうかな、と買わずにBARで飲んで終わってた。

こうしてミニボトルではあるが、手元に来てくれたのは申し訳なさもある反面、なんか少し嬉しい気分なのである。

 

 

 

⇡高くなってる気がしたけど、思ったほどは上がってないのね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

補助金申請、情報の回覧、会合出席など様々な仕事が自治会にはあるが、地味に大きな仕事として「草刈り」が存在する。

うちの地域には大小2つの公園(というか広場なのでそこまで広くない)あるのだが、そこ+αを私と一人の班長さんで行っている。

建物周辺の細かいものは月の掃除の時に住民が行っているが、それ以外はだいたい自治会(といっても二名だが)で対処している。

本来草刈りは地域の住民が自分たちのために行うものだが(と、うちの自治会では設定してある)、自治会に区費を払っている住民からすれば、

 

「お金払っているんだからそっちでしてください」

 

というのも、感覚しては理解できる。

実際、会費から業者に発注をかけて除草を行った年もあるようだ。

ただし、草刈りから撤去まで含めておおよそ10万円程度かかるらしく、払えなくはないはないのだが、自分たちで行える分は自分たちでやろうと今年はその班長さんと相談して決まった。

 

この「草刈り」だけでも自治会の性質や現状が垣間見れて面白い。

大きくは以下の二点をよく考えるようになった。

 

・労働力を提供するかお金を出すか

・住民の自主性、継続性

 

 

お金を出すのは簡単なのだが、あえて自分たちで草刈りを行うことで予算を別のことに回すことができる。

しかしこれは現状、例の班長さんの献身的な行いが前提で語られていることであり、私一人で全部やれということになればおそらく業者を使わざるを得ないだろう。

それこそ「現状維持」かどうか、自治会の考え方が現れるところだ。

業者を使うことで役員の負担が減り、その結果役員運営の継続性が上がるのであればそれはそれで大事だと思う。

 

しかしながら、住民の自主性というのは最終的には目標として掲げられるものだし、その土台の醸成として草刈りが行えるようになれば、草刈りそのものを交流の場、イベント化として扱うことが必要じゃないだろうかと思っている。

強制ではなく、緩くつながり、しゃべりながら運動がてら、みんなに感謝されることをするというだけ。

自治会を持続可能なものとして、一つひとつの業務にそうした影の目的を埋め込み、じわ~と参加してもらえるように取り組んでいきたいと考えている。

 

草刈りそのものは、やらないで済むならやらないで済ませたい仕事だろう。

しかし現実にやらなければいけないことなので、どうせやるのであれば楽しく、意味のあるものとして行いたいのである。

 

草刈りしたくない=労働力を提供したくないのであれば資金を提供する。

会費で草刈りを業者に任せると労働力は補填できるかわりに、資金を失ってしまう。

浮いた労働力でなにか別のことを補うか、何もしないのか。

何もしなければ結局はただの現状維持となってしまい、将来、業者コストがあがり会費が縮小(人口減や退会者の増加など)した場合、現状維持できなくなってしまう。

 

逆に自治会役員で草刈りをすべて行った場合、労働力を提供する代わりに会費が浮く。

私個人としては強制できないものを住民に託すよりも、自分や役員で済ませてしまった方が気が楽なのだが、これがすぎると特定の人間の負担が増大してしまうし、そうした献身的な住民がでてきてくれるかどうか、という神頼みになってしまう。

なので浮いた会費を使って住民参加型の何かしらの枠組の構築を行いたい。

 

結局、なにかしらの提供=労働力や資金をおこなわなければ、現状維持はできない。

それらすべてが煩わしいとするならば自治会は滅びるのみ。

そうしたなかでなるく苦痛とされないような、できれば少しでも楽しみと感じてもらえるような取り組みにしたいし、そういうものを醸成できる組織にしたいと思う。

 

抽象的に書いてボカしているが、色々な案をアウトプットして、来年の総会に提出できるように準備はしている。

もし自治会長に立候補する人が現れたらそれらは無駄になるかもしれないが、それはそれ。

可能であれば、ただの草刈りという業務一つからでも色々と発想を展開できる人が立候補して欲しいものである。

 

 

つくずく思うのだが、刈り取った草ってどうにかならないものだろうか。

堆肥的なものを作れる場所でもないし、いっそ草が生えないような仕組みを作ったほうがはやい気がする。

 

がっつり自由に土のある場所を使っていいなら、モヒート用のハーブとか育てたいものなのだが。

 

 

と、申し訳のお酒要素。

 

 

↑のウイスキーを飲んだ店、『ALWAYS Mahalo ハイボールBar』さんにて、この間モヒートをいただいた。(そのときのハーブはイエルバブエナ)

スパイシーで美味しかったので、宮崎の方はよろしければ、ぜひ。

 

 

 

↑バカルディもいいけど、個人的にはこっちだね

 

 

↑このご時世、こういったものも通販で買えちゃう便利さ