自治会長になってようやく半年になってきただろうか。
私が仕事で家にあまりいないためか知らないが、住民からは直接にクレームを言われることなく過ごしてきた。
が、いよいよ年度の折り返しにきて、ようやく班長を介してクレームが耳に入るようになってきた。
「おう、いよいよか」
別に議論したり戦いたいわけではないが、今までがあまりにも静かすぎて怖いくらいだった。
人間社会であれば当たり前に発生する負の感情が、ようやく目の前にやってきたと少し安堵したものだ。
まあ、肝心の内容は正直議論にも値しないただのワガママだったので拍子抜けではあった。
内容を少しボカして紹介すると、以下の2点。
・敬老会で配布したギフトカードが気に食わない。
・公園部分の草が伸びてきているが、まだ刈らないのか?業者に頼まないのか?お金はあるはずだ
まず敬老会に関してだが、便宜上イベントを敬老会と言っているだけで、対象者を集めて会食したりカラオケしたりといったお祝いパーティーのようなものはコロナによって消滅した。(私は住み始めて1年なのでそのへんはわからない)
そして粗品を渡すということだけが敬老の日のイベントとして残っている。
粗品というのは1000円相当の飲食物と、3000~5000円のギフトカード。
んで、それを班長さんが各エリアの対象者に配ってくれたのだが、受け取った約1名がご立腹で、
「なんで現金じゃないんだ!年寄りはこんなの使えん!!」
とあろうことかつっかえしてきたとのこと。
その班長は私にどうすればよいか聞いてきたが、私はやや呆れながら、
「ああ、じゃあそのギフトカードは預かります。気が変わったら渡しますし、受け取る気がないなら受けとってもらわなくて結構です」
私は初敬老なので慣習は分からないが、そもそも例年通りやっているはずであって、なんで今さらそういうことを言うのか意味が分からない。
もちろん使えるお店がなさすぎる、といった運用上の不都合があるのであればそのクレームも貴重なご意見というわけだが、結局そのクレームはその人一件のみということで、それが答えである。
そもそもギフトカードにした理由はちゃんとあって、
1、現金だと両替手数料や渡すための封筒などを用意する手間が発生する。
2、それなりに大きな現金を保管しなければならない班長達への安全配慮。
であり、正直私としては敬老の精神よりも班長達の仕事をいかに減らすかのほうが重要事項なのだ。
そしてそれはサービスを受ける立場である年寄りたちのためでもある。
そもそも三役を含め、班長というものはなりたくてなるものではない。
順番制でいやいやながらもやっているものであり、しかしそれでも組織を維持するためにはやってもらわなければならず、であるならば役を引き受けてもらえるような環境に整えなければならないのは当然のことではないか。
「ああ、自治会って任意団体っすよね?じゃあ俺、自治会入んないっすわ」
とか、
「すみません、順番通りでいけば私が次の班長なんですが、病気でうんぬんかんぬん・・・」
ということが起こり得る確率がどんどん上がっていってるのに、旧来のやり方のままでで人が引き受けるはずがなかろうに。
実際、聞いた話だが新規入居者が、班長がまわってくると聞いて急に退去を決めた事例があるらしい。
ええ、それだけ普通はいやなんですよ、仕事を強いられるのは。
みんな「公」より「私」が大事で、そもそも公に関わる余裕もなくなってるんですよ。
そんな状況でも班長を引き受けてくれ、積極的に協力・発言してくれる班長たちには頭が下がる思いである。
だから私はワガママだけ吠えて組織になんの寄与もしない人物の満足度より、いかに班長の苦労を少なくするかに頭を使いたいのだ。
ええ、だって任意団体ですので。住民全員の、個別ニーズを満足させる義務は負っていませんので。
次、二点目に関しては、少々私の落ち度もある。
というのは、私が会長を引き受けるにあたり、まずは年間の支出スケジュールを把握し、結果的に残るお金を把握したいということもあり、今年は草刈り業者に依頼をかけなかったという点。
そのため業者が請け負うよりかは素人故、現役故の草刈りの甘さはどうしても生じていただろうと思う。
しかしだ、なんでもかんでも業者に依頼するというのはよほど運営資金の確保に自身があるか、余剰がかなり多くないと無理な話なのである。
実際、(特殊な出費がないにも関わらず)一昨年の繰越金と去年の繰越金で繰越金が減っているのだから、結果として去年は赤字だったわけで。
ただでさえ高齢者が増えて敬老の費用が増えているのに、考えなしに依頼をかけることはできるはずがない。
そもそも収入は増えようがないのだ。(会費を上げればもちろん収入は増えるが・・・)
コスト(人件費・材料費・物価上昇など)は増えているのだから、生活していれば分かるはずのことだろう。
つまりそういう考えが及ばないような生活をおくれているのだから、今現在、そうした生活苦に直面している現役世代のことを少しは考えて欲しい。
そんなに気になるなら、自分で刈ってくれません??
昔みたいにただ他人がやってくれる時代は終わったのだ。
今の人は時間という資源をどう投資するかに非常に敏感なのだ。
もし文句を言うあなたが、若い頃に他人や公のために時間を投資したのであれば、私も多少は聞く耳を持ちたい。
しかし残念ながら、あなた達の言動からは過去に公のために尽くしたという精神性が1ミリも感じられず、そもそも尽くした経験があれば、今現在公のために働いてくれる人への言葉というのは自ずと変わったものであったはずだ。
受容するに値しない意見を吟味する時間はない。
私は自分の時間をお酒に、そして公のため、公のために動いてくれる方達のために時間を投資したいのだ。

申し訳程度の酒要素