新連載 帰ってきた ファミ通のアレ(仮題)
以前書きましたが、(ここ )ファミコン雑誌「ファミコン通信」が創刊20周年だそうです。ファミコン通信では、過去を振り返る企画をやっています。今週号は、あの竹熊健太郎・羽生生純さんの漫画、「ファミ通のアレ(仮題)」も1回だけ、復活しています。
↑のタイトルは、その復活した”アレ”のタイトル。
いやぁー、面白い。というより、初めの2ページの展開って、(前の)連載第1回と、全く同じ(爆笑)。第一回を知らないと、笑えないんじゃないか、と(爆笑)。
純子が描いた”桃太郎・イン・ガンジス”の漫画が、”浦島太郎・イン・ガンジス”に変わってるだけ。
純子さんは、”和田画伯”の絵を模写して、タイムリーなボケをやってるし。
いや、ホント。「ファミコン通信」を買うのは、13年ぶり。そのとき買ったファミコン通信に、「ファミ通のアレ(仮題)」が連載してましたしね。
赤塚不二夫ベスト 秋本治セレクション!
コンビニに寄って、雑誌のところを眺めていると、単行本の棚に、「赤塚不二夫ベスト 秋本治セレクション!」という単行本が置いてありました。
500円くらいの、雑誌の別冊付録みたいな感じのやつですね。秋本さんは、ジャンプで「こちら葛飾区亀有公園前派出所」という漫画を描いてらっしゃる方なんですけど。彼が、赤塚漫画から好きな作品を10点選んだものです。
大きく表紙に書いてある”赤塚不二夫漫画家生活50周年記念出版”という文字。あれっ? まだ、50年なの? そういえば、赤塚さんは、トキワ荘のメンバーでは、デビューは遅かったですね。
中をパラパラ見ると、60年代の少女マンガ中心のセレクションでした。秋本さんって、少女マンガ好きなのか。と言いつつ、私も、小学生の頃は、少女漫画読んでました。親戚がパーマ屋で、店に置いてある本は、婦人雑誌か、少女雑誌で、遊びに行ったときは、「りぼん」とか「なかよし」とか読んでました。
その少女漫画のセレクトの中でひとつ、”われら8プロ(パープロ)”というギャグ漫画が収められていて、これがすごくて。赤塚さんとフジオプロをモデルにした(してるかな…?)ギャグ漫画で、この本、思わず買ってしまいました。
家で読んでて、他の少女マンガも良かったです。”点平とねえちゃん”なんて、中沢啓二さんが描きそうな感じの漫画で、泣けます。
666
ちょっと、野暮用で車に乗っていて、信号待ちをしていていました。前の車は、ダンプカーで、ちょうど、目の前辺りにナンバープレートが見えるんですね。
そのナンバーが、
”・666”でした。
思わず笑ってしまいました。
何故なら、そのとき、カーステレオで聴いていたのが、
聖飢魔Ⅱ「1999BLACK LIST」(1999年)でしたから(笑)。
この盤は、リメイクが大半のベストアルバムです。
このベストには入ってないんですが、
”From Hell With Love”(”地獄より愛をこめて”(1986年)収録)
という曲は、演奏時間が、
6分66秒(”7分6秒だろ?” と突っ込まないように!)
なんですね(笑)。
その曲を聴いてたら、更に面白かったんですけど(笑)。
人間椅子”品川心中”
今年の2月に発売された、人間椅子の「瘋痴狂(フーチークー)」に収録された”品川心中”という曲です。
徳間(メルダック)のサイトから、試聴(一部ですけど)できます。
http://www.tkma.co.jp/tjc/j_pop/ningenisu/information.html
この”品川心中”という曲は、古典落語”品川心中”をネタにしたものです。人間椅子の楽曲には、落語をネタにしたものが多いです。
この曲、曲の途中に、落語を挟んでいます。
品川心中という落語のあらすじは、…
品川の女郎屋に、お染という、看板女郎がいました。でも、年をとって、だんだん客が少なくなってきているんですね。
花柳界では、季節の変わり目に、”紋日”といって、衣替えをします。そのときに、女郎衆は、その新しい衣装のお披露目をするために、手拭を配ったりするんですけど、お女郎の客がその費用を持ちます。でも、お染には、その費用を出してくれる客がいないんですね。それで、お染は、客に催促状を出すんですが、無しのつぶてで、返事は返ってこないんですよ。
周りの女郎は、次々と衣替えを終えていくのに、お染は、お金がない為、衣替えが出来ない。そのことが、お染は、恥なんですね。お染は思いつめて、死のう、と思うんですが、ただ、一人で死んでは、金欠で死んだ、と言われて世間体が悪い。誰でもいいから客を言いくるめて2人で死んで、”心中”に見せかければ、一人で死ぬより、世間体が良い、と考えます。
そこで、偽装の心中相手を、身寄りがなくて、後腐れがない、貸本屋の金蔵に決めて、金蔵を言いくるめます。金蔵は、お染との心中をしぶしぶ承諾します。
金蔵は、「色々支度があるから、死ぬのは明日にしてくれないか」と。翌日、金蔵は、家を処分したり、世話になった人に挨拶に行ったり。そして、金蔵の親分にも、挨拶に行きます。
人間椅子の”品川心中”の曲間の掛け合いの落語が、この部分で。(2010.9.4追記 CDで聴いていた時は、二人で掛け合いでしゃべってるのかな?と思ってたんですが、ライブへ行ったら、和嶋さんお一人でやられてました。)
金蔵「おはようござーい」
親分「何だい、金蔵じゃねぇかい」
金蔵「立ってんのが金蔵で、足元にあるのがゾウキン」
親分「何を言ってやがる。どうしたんだぃ?顔見せねぇじゃねぇか、この頃」
金蔵「えぇ、つきまして、わたくしの幸せ 【聞き取り不能(笑)】 といたしまして」
親分「あたりめぇだ。幸せが 【聞き取り不能(笑)】 女ばかり買って、フラフラしてやがるんじゃぁな」
金蔵「えぇ、しょうがありませんから、田舎へでも行って、少し稼ごうかと」
親分「おぅおぅ。それもいいや。行って来いや、なぁ。どっちへ行くんだい?」
金蔵「方角は西の方へ」
親分「西の方へ。で、いつ帰ってくんだい?」
金蔵「お盆の13日には帰ります」
親分「やな野郎だな、コンチクショウ、どうも。で、西へ参ります、って、西はどこなんだい?」
金蔵「西方弥陀ぁー」
西方弥陀というのは、極楽のことです。
和嶋さん、西にいく→(に)死に行く、と、掛けたと言ってたそうですけど、落ちてないような(笑)。
で、金蔵は、女郎屋に上がって、お染と最後の晩餐みたいに、豪勢に飲み食いを始めます。夜も更けて、いよいよ心中の話になり、お染と金蔵は、海に身投げすることに。ところが、いざ海岸縁へ行くと、金蔵がビビッてしまって、中々海に飛び込まない。それでお染は、後ろから、金蔵を海に突き落とします。
自分も飛び降りようとした瞬間、お染を女郎屋の若い衆が止めて、「お染に、”紋日”用のお金を持って来たダンナが今来たから、はやまるな」と言われて、死ぬのを思い止めます。しばらくの間、金蔵が海から浮き上がってくるのを待ちますが、一向に上がってこない。お染は、金蔵が死んだと思って、女郎屋へ戻ります。
金蔵は、飛び込んだ場所が浅くて、頭をすりむいただけで全然怪我してなかったんですね。それで金蔵は、海の中で、お染と女郎屋の若い衆が話している、いきさつを全部聞いてしまいました。
それで、事の次第を把握した金蔵は悔しくなって、自分の親分に、洗いざらい話します。
ここまでが前半部分です。あまり長い話なので、ここまでで噺をやめる噺家が多いそうですけど。
後半は、金蔵のお染への仕返しの話です。
「金蔵は恨んでいるだろうから、どんなタタリがあるか分からない。供養しなさい」と、親分がお染をだまして、お染の頭を、つるつるに剃ってこらしめる、という話です。
人間椅子の”品川心中”は、この噺を題材に楽曲を作っています。
おそらく、金蔵が、お染に心中を頼まれて、「準備があるから一日待ってくれ」といって、世話になったところへ挨拶に行ったり、住んでる家を処分したり、している間の、場面じゃないかと。
惚れた女に頼られて、嬉しい反面、死なないといけない不安と。品川の海岸縁で、海を見ながらぼぉーっと考えている場面が頭に浮かびます。
歌詞にも出てきますが、”おその六三の心中事件”まで、思い浮かべてますし。
しかも、金蔵は、お染が自分を好きだから、心中しようとしている、と思っているのに、お染は、死んでも後腐れがない男を、選んだだけですからね。哀しいというか、残酷な部分ですね。
”品川心中”のあらすじは、立川談志さんの噺を参考にしてますので、他の噺家だと、小道具の使い方が違うかもしれません。


