木漏れ日の海 -12ページ目

木漏れ日の海

フィギュアスケートの羽生選手を応援しています。
プログラムの感想を中心に語ります。

「ほぼ日刊イトイ新聞」に糸井さんと羽生君の対談が掲載された。

 

1月に出た糸井さんのつぶやきから「羽生君と対談したのでは」と話題になっていた。

そのころから、ひそかに公開を楽しみに待っていた。

 

第1回から充実の内容。

読んだ感想を書いてみたい。

 

羽生君の言葉

「ジョニーさんが目指している芸術性だったりとか、求めている美しさ、かっこよさ、みたいな価値観が自分と近いなと感じていましたから」

 

考えみたら、「美しさや、かっこよさ」をまっすぐに目指せるというのは、すごいと思う。

 

「美」を眺めたり愛でたりすることは、たやすいけれど、「美」を生み出すことは、並大抵なことではない。

 

良いものをつくろうと目指すことはできるし、ある程度実現することができるけれど、「美しいもの」をつくるというのは、とても大変なことだと思う。

 

「美しいもの」というのは、純粋で、磨き抜かれた鍛錬の先にやっと現れる。

ひたすらにイメージして、臆せず、照れず、腐らずに追い求める必要がある。

 

羽生君のスケートに「美」が宿るのは、そうやって追い求めてきた結果なのだなと、しみじみと思った。

 

糸井さんの言葉

「ぼくからすると、ジョニーさんも羽生さんも、『この人間は、なにかしたがってるんだな』というところでは同じなんですよ。」

 

「RE_PRAY」の羽生君のMCで繰り返されてきた印象的な言葉がある。

 

「表現したいことを表現させてもらっている」という内容の言葉。

 

私はこの言葉を聞くたびに感心するし、感動する。

羽生君には「表現したいこと」があるのだな。

そして、それをスケートで表現しているのだな、と。

 

「表現したいことがある」という言葉を羽生君の言葉として聞けるのが、いつも、とても嬉しい。

その気持ちこそが、素晴らしいプログラムを生み出す源泉だと思うから。

 

糸井さんの「なにかしたがっているんだな」という言葉を聞いて、「なにかしたがっている」ことこそが、羽生君のスケートの源なのかなと思った。

 

羽生君の言葉

「ひたすら憧れて、努力してそこに向かっていって、憧れを超える、みたいなことをずっと続けてきたのが、ぼくにとってのフィギュアスケートなのかな、っていうのは思いますね」

 

「最初に憧れてしまった人が、オリンピック金メダリストだったんで(笑)。そしたら、まぁ、必然的にオリンピックで金メダル以上、2連覇、みたいな感じになっていったのかなと思います。」

 

この「憧れを超える」という発想が、すごいと思う。

 

フィギュアスケートのライトファンだったころ、プルシェンコさんとヤグディンさんの息つまる対決を見ていた。

 

どちらも、素晴らしいスケーター。

この2人を超える男子スケーターは、もう出てこないかもしれないと思っていた。

 

そしたら、まさか日本から現れた。

そのことにびっくりしたし、感動した。

 

羽生君の原動力となったのが、「憧れを超える」という発想だったとは。

 

普通は、なかなか出てこない発想だと思う。

憧れの存在というのは、ものすごい高みにいるわけで、あおぎ見ることはあっても、そこを超えるという発想は出てこないのではないかと。

 

もともとの思考回路、発想からして突き抜けている。

ここが羽生君の不思議。

(不思議だと思うのはあくまで自分の考えで、羽生君からしたら不思議でもなんでもない、当たり前のことなのだろう)

 

糸井さんとの対談は第1回から、とても読みごたえがあった。

羽生結弦という稀代のスケーターの秘密の一端が明かされる予感に満ちている。

「GIFT」を録画してあるけど、「RE_PRAY」の色々なカメラの映像にはまってしまって、まだたどりつかない。

 

テラサで「RE_PRAY」横浜公演、正面・リンクサイドカメラの映像を通しで見た。

 

このカメラはショートサイドの正面に陣取っていて、低めの位置から羽生君を映し出す。

 

基本的に全身を映していること、そして正面なので左右に振る動きが少ないことから、とても見やすい。

 

「いつか終わる夢-original-」では、スクリーンに向かって去り行く羽生君の背中をひたすら追いかけている映像が印象的だった。

 

滑っている後ろ姿ですら、雄弁で美しい。

 

そしてこのカメラアングルで一番印象的だったのは、「春よ、来い」。

 

スクリーンが4つに割れて羽生君が登場する。

その登場の時から、後光を背負っている。

 

割れたスクリーンの間に沢山のライトがあって、そのライトの光が後ろから羽生君を照らす。

 

そして、正面にあるこのカメラに向かって、いく筋もの光が差し込んでくる。

 

「春よ、来い」では、沢山のライトが光の筋となって、滑っている羽生君を照らす。

羽生君は、降り注ぐ光の中で滑る。

 

「RE_PRAY」における「春よ、来い」は、希望の光なのだと思った。

 

それにしても、「RE_PRAY」をこんなに何度も見るなんて、不思議な気持ちがする。

 

本来、自分は飽きっぽくて、知識を取り入れることに貪欲。

広く浅く、様々な分野の本をむさぼり読むタイプで、同じものを何度も見るなんて、考えられなかった。

気に入った本ですら、2度読むことをほとんどしない。

 

それなのに、羽生君のスケートだけは、同じ演目を何度も見たくなる。

 

それはなぜだろうと考えてみるに、そのスケートに含まれているものが、あまりにも豊潤だからだろう。

それはまるで、「魂の言語」。

 

そこに込められたものがあまりにも豊かなので、一度では理解できない。受け止めきれない。

 

何度も何度も読んだり、見たり、聞いたりすることによって、心にしみわたっていく。

そして見る度に感動と発見がある。

 

本当に、羽生君のスケートは稀有。

そこに込められたものの豊かさに驚くばかりだ。

「RE_PRAY」を現地で3回見たし、録画はそれこそ何十回と見た。

 

何回見ても、見る度に感動と発見があるのだけど、今回は、それぞれのプログラムの好きなところを書いてみたい。

 

「いつか終わる夢-original-」

 

「RE_PRAY」最初のプログラム。

現地で見るときはいつも、生の羽生君のスケートに感激して、プログラムの世界観というよりは、スケート技術への注目が勝りがちだった。

 

アラベスクのような姿勢でゆっくりとリンクを縦に滑るシーンがある。

たまアリ初日は、その姿勢を保ちながらこんなにスピードを落として滑れることに驚いた。

テラサの固定カメラを見ると、軸足が最初は膝から少し曲げてあり、途中でまっすぐになっていることに気付く。

足かえをしても同じ。

最初から軸足をまっすぐにせずに、曲げた状態から伸ばす。

それによって、単調さがなく、より深い思いを感じさせる。

 

そして、このプログラムの中で一番好きなのが、アラベスクの最後にY字のように右足を高く上げるところ。

素晴らしいポジションなのだけど、照明が暗いので、いつもかろうじて見えるくらい。

現地でも録画でも、目をこらして見る。

 

最後は氷に何かを伝えるかのように手で触れる。

この手をアップにしていただいて、ありがたい。

 

「鶏と蛇と豚」

このプログラムは見どころ満載で、細かく書くと文字数がすごいことになってしまうので、特に好きなところを。

 

プログラムの前半から中盤までずっと、ランウェイのような細長い空間での演技が続く。

そして最後のほうに、その空間から解き放たれたかのように、一気に加速して飛び出す。

空間を引き裂くかのようなイナバウアー。

かと思うと、もとのランウェイにもどってピタッと止める。

この加速と静止に惚れ惚れとする。

 

「Hope&Legacy」

このプログラムは映像との融合が素晴らしいので、天井席から見た、たまアリ初日がよかった。

巨大な月と静かな海面。

「地球」とか「生命」というものがすごく感じられた。

 

「阿修羅ちゃん」

たまアリ2日目、このプログラムが登場したときの現地のボルテージはすごかった。

とても愛されているプログラム。

横浜千秋楽では余裕すら感じさせる振付と滑りで、完全にこのプログラムを掌握している。

セルフコレオだけあって、滑られる度にアレンジが変わっているのも見どころだと思う。

 

「Megalovania」

無音から始まる。

音を響かせることに特化した滑りというのも貴重。

そして繰り広げられるスピンのすさまじさ。

軸足が移動するパンケーキスピンが好きなのだけど、このプログラムでも効果的に入っていた。

そしてキャメルスピンの姿勢の美しさを現地でも堪能した。

 

6分間練習

ここで会場の照明がクリアな白に変わる。

それまでの、暗闇の中に羽生君だけが照らされていた世界から一変する。

 

そして、この瞬間こそが、待ち望んでいたものでもある。

羽生君のICE STORYでしか現れないもの。

現地では、見守る側の集中力もすごかった。

ジャンプが決まる度に歓声と拍手が上がるのだけど、それ以外の時間は驚くほど静か。

 

その一身に、会場中の視線と集中を集める。

それができる唯一無二のスケーターだと、改めて感じた。

 

「破滅への使者」

たまアリ現地で初めて5連続ジャンプを見た時には、驚いた。

たまアリ初日のジャンプ構成は、3A1Eu3S1Eu3S。

特に、後ろに2回も3Sをつける。

これは競技時代にも見たことがない構成。

(その後の公演で、本来の構成は4T1Eu3S1Eu3Sだったことが判明した)

 

フリーに限りなく近いジャンプ構成。

それを前半の最後にもってくる。

 

より難しいことに挑戦する。

もっと構成を上げられる。

もっと上手くなる。

羽生君がスケートをする限りは、このアスリート魂が芯にある。

 

余談だけど、「RE_PRAY」のなかで振付師が判明していないのが、「Megalovania」と「破滅への使者」。

どちらも羽生君のセルフコレオのような気がするのだけど、どうだろうか。

 

ここから、後半。

 

「いつか終わる夢;RE」

このプログラムはいつも、その表情に引き込まれる。

振付は「いつか終わる夢-original-」と(最後のポーズ以外はおそらく)全く同じなのだけど、こんなにも違う世界観を表現する。

清塚さんが奏でるピアノ曲というのも大きい気がする。

ピアノの音というのは、羽生君のなかで特別なのかもしれない。

 

「天と地のレクイエム」

横浜初日を現地で見た時、スタートポジションにつくまでの動きが違っていたように思えた。

通常のプログラムでは前向きに滑ってきてスタート位置につくけど、この時は片膝をついた姿勢で後ろ向きに入ってきたような気がする。(しかも回転していたような)

 

佐賀、横浜では、最後のスピンがとても印象的。

パンケーキスピンのキレと回転速度がすごい。

このプログラムにかける熱が伝わってくるよう。

 

「あの夏へ」

たまアリ現地では、かなり上の方の席だったので、プロジェクションマッピングがよく見えた。

ある場面では、荒々しく水が襲ってくる。

ある場面では、おだやかな水面の上を滑っているよう。

「水」というイメージと切っても切れないプログラムなのだろう。

 

見どころ満載のプログラム。

衣装の一部を持つことによって、天に昇っていくかのように見えるスピン。

リンクを大きく使うスパイラル。

仰向けの姿勢から腹筋のみの力で起き上がる振付。

 

このプログラムのコンセプトを作り、衣装と振付を依頼してこの世界観を作り上げた羽生君の企画力は、本当にすごいと思う。

 

「春よ、来い」

羽生君のプログラムの中で、人前で滑られた回数としては最多になるのではないだろうか。

特に、プロになってからの単独ショーや主催ショーでは皆勤。

 

その時々の、羽生君の思いや願いを投影するかのようなプログラム。

特にそれを感じるのは、終盤のハイドロ。

その瞬間を愛おしむかのように、深く深く沈み込んで氷に近づくハイドロからは、「魂を込めて滑りを置いてきた」という羽生君の言葉が感じられる。

 

「RE_PRAY」は本当に素晴らしい公演だった。

終わってしまったのが寂しくはあるけれど、おそらく羽生君は次に向かって歩き出しているのだろう。

その歩みをリアルタイムで見ることができる幸せを改めて、かみしめている。

テラサで「RE_PRAY」横浜公演、正面・2階席カメラの映像を通しで見た。

 

この映像を見ている間は、制作側の立場に思いをはせることが多かった。

 

正面・2階席カメラのミッションは、羽生君の表情や手などのディテールをとらえること。

したがって、全身をとらえるよりも、顔や足元、手元によった映像が圧倒的に多い。

 

ここで重要になってくるのは、カメラマンさんの腕。

「全身をとらえる」という決まりがなく、その時々で一番ビビッドな部分、表情だったり、上半身の動きだったり、氷やぷーさんを触る手元だったりを一瞬の判断でとらえる必要がある。

 

カメラの動きをみていると、カメラマンさんの集中が伝わってきた。

 

そして、ゾクッとするのが、羽生君の視線がカメラを射止める瞬間だ。

 

「阿修羅ちゃん」では始まりの瞬間から、何度も目が合う。

「破滅への使者」でも、何度かカメラをまっすぐに見据える。

 

その時に感じたのは、「制作総指揮・羽生結弦」の存在。

 

羽生君はもちろん、この2階正面カメラが何をミッションとしているのかを把握している。

映像でしか見れない人がたくさんいることも、後に残るのはこの映像だということも。

 

つまり、正面・2階席カメラを鋭く見つめるのは、演者としての羽生結弦でもあるし、制作総指揮としての羽生結弦でもある。

 

それにしても、このカメラを担当した方は、カメラマン冥利につきるかもしれない。

ビビッドな瞬間を何度もとらえているし、羽生君と目があったときのゾクッとする感じ。

そのコンタクトの瞬間は、火花が散るようだ。

 

ある意味、会場にいる誰よりも近いところで羽生君を見つめ、一瞬の表情を切り取るという真剣勝負をかわす。

 

後半で印象的だったのは、「あの夏へ」の表情。

 

今まで、このプログラムの映像は、全身をとらえたものや引いたものが多かった。

それは、プロジェクションマッピングゆえでもあるし、印象的な衣装と振付ゆえでもある。

 

ところが正面カメラは、あくまでアップで羽生君の表情をとらえる。

 

そこには、今までどのプログラムでも見たことがないような表情があったように思う。

なんとも悲しいような愛おしむような、複雑な表情。

それこそが、このプログラムにこめられた心の現れなのだろう。

 

そして、本編が終わって、MCとアンコールに入る。

ここでも、もちろん、正面カメラは羽生君のみをとらえ続ける。

 

正面カメラの映像だと観客席はほとんど映らない。

だけど、それだけに、羽生君の言葉や滑りに対する拍手や声援がダイレクトに感じられる。

 

現地は、あたりまえだけど羽生君のファンの方ばかり。

お隣になった方と言葉を交わしたりプレゼントをいただいたり、お礼をお渡ししたりしたけれど、みんな本当に羽生君のことが大好き。

その思いが歓声と拍手になって、羽生君を包む。

愛と喜びに包まれた空間だった。

その感じが、この正面カメラからはダイレクトに伝わってきた。

 

「RE_PRAY」大楽という特別な日を、たくさんのカメラで見せてもらえたことに感謝。

テラサで「RE_PRAY」横浜公演、リンク下手・リンクサイドカメラの映像を通しで見た。

 

まるで最前列のプレミア席で見ているよう。

羽生君が目の前を滑っているような、圧倒的なリアリティがあった。

 

考えてみたら、放送されている映像というのは、複数のカメラの映像がどんどん切り替わっていくので、リアルの見え方とは全く違う。

 

もちろん、それぞれの場面が最も効果的に伝わるように撮影し、スイッチングしてくださっている、とてもありがたいものである。

 

ところが、今回の固定カメラはそれとは違って、同じ視点から見続ける。

もちろん、ズームされるので完全に肉眼で見るのと同じではないけれど、決まった一点から見続けるので、現地で見ている感覚に近い。

 

これは、放送とも現地とも違う、新たなICE STORYの見方が生まれたという意味において、画期的なことだと思う。

 

実現してくれたテレ朝さんに感謝。

そして、この企画を思いついた方(ひょとしたら制作総指揮の羽生君かな)に感謝。


今回、リンク下手・リンクサイドカメラの映像を通しで見たのだけど、この視点から見ると、それぞれのプログラムが持つエネルギーが伝わってくる。

 

「阿修羅ちゃん」のはじけるような熱量。

「Megalovania」のすさまじい闘い。

「破滅への使者」の圧倒的なエネルギー。

 

「いつか終わる夢;RE」の決意。

「あの夏へ」の祈り。

「春よ、来い」の慈愛。

 

そういった、それぞれのプログラムが持つ心とエネルギーがビシビシと感じられる。

 

そして、この視点から見ると、羽生君のスケート技術のすごさがよくわかる。

 

冒頭の「いつか終わる夢-original-」からして、その伸びるスケーティングと無駄のない推進力に驚く。

 

そして、エッジの音が聞こえ、氷が削れるのが見える。

 

現地で羽生君の動きを一生懸命、目でおいかけている感覚に近くて、圧倒的にリアリティがある。

 

以前、100年後の人たちが羽生君の映像を見るシーンを夢想したけれど、この「RE_PRAY」固定カメラの映像は、羽生結弦というスケーターが確かにいた証になるのではないかと思った。

 

それにしても、羽生君のスケートは何度見ても、別の視点の映像から見ても、素晴らしいと毎回思える。

その無尽蔵の魅力に感謝。