13歳の娘が骨肉腫と戦った322日の記憶

13歳の娘が骨肉腫と戦った322日の記憶

2018年12月24日に突然の告知からの入院。
その日から小児癌に負けることなく笑顔と優しさを
持ち続けた中学生の記録です。父親の私の立場から
彼女の事を少しでも多くの人に知って貰いたいそんなブログです。

来望という女性がこの世に存在した事。彼女を通して同じような悲しみを経験する方が少しでも少なくなる事を祈ります。そして私達がいつまで娘を忘れないように記事にします。

何年振りでしょうか?

久しぶりに祇園祭に行ってきました。

 

コロナ渦で自粛していた京都の祭りも復活して

また昔の京都が戻って来たのかな?というような

そんな気持ちになりつつ

カメラのシャッターを切ってきたのですが、

祇園祭りに行く事になったのは

 

弟君が友達と祇園祭に遊びに行く事ので

送る事になったついでだったんです。

 

それでも、このタイミングに行けた事が

自分にとって嬉しくもあり、悲しい出来事になりました。

 

こんな時間が何年も続く事が当たり前と思っていた祇園祭

想い出がそのまま悲しみと後悔になるとは。

 

この日、弟君の帰りが遅くなったというので

迎えも行く事になったんですが、

帰りに、男二人でラーメンでも食べて帰ろうか。

という事になりました。

 

二人でテーブルに座り

ラーメンをすすりながら、ちょっとだけ将来について

どう考えているのか?聞いてみました。

 

17歳になった弟君は、それなりに自分の考えもあって

明確ではないにしても、ある程度は決めているようです。

安心もしつつも、私自身の考えや弟君に対して

思っている事を伝えます。

 

「お前は優しい子だから心配はしてないから。」と。

深夜という事もあるのか、久しぶりの男2人だからか

本音の部分も弟君に伝えました。

 

そして、今まで聞けなかった事も聞いてみました。

 

「来望が天国に行った日の事は覚えている?」

「来望が入院していた1年は寂しかった?」と。

 

今まで、聞きたくても思春期だったり幼かったりで

聞くにも聞けなかった質問。

そんな弟君からは

 

「あの日はまさか!って感じだった。お見舞いにいくだけのつもりだったし、まさかイキナリとは思わなかったし、何も考えられなかった

最後、ピーーーって鳴って、ああ・・ってなった。

直後にトイレに駆け込んで一人で泣いてた。

なんで?こんな事になったの?って」

 

この話を聞いて冷静を装いましたが

本当に心が締め付けられる想いでした。
 

あの時、自分の事で一杯一杯になっていて

弟君の事を見てやれてなかった自分の情けなさ

口には出さないけど寂しい想いを一人で抱えた弟君の気持ち

申し訳ない気持ちで一杯になりました。

 

入院していた1年に関しては意外にも

特に寂しいとか、辛いというのは無く、

逆に、充実していたし何も思ってなかったよ。って。

 

基本的に親に優しく、気を使ってくれますし

口数は少ないですが、男気もあったり、なかったり・・

 

来望の時にも想いましたが

本当に私達の子供達は素晴らしいとしか言いようが無いです。

 

親目線ではありますが

これだけは言えます。

 

私達の子供に生まれて来てくれて有難う。

 

 

私は本当に家族に恵まれたラッキーな男です。

感謝でしかない。

 

 

そんな事を再確認させてくれた夜になりました。

ただ、深夜のラーメンは胃もたれ全開で辛い・・・

 

 

今年も行ってきました。

来望と右大文字山登山です。

 

今年は仕事の都合で休みが長くなったので

暦では平日である「5月2日」に登山に行ける事になりました。

 

素晴らしい天気でバイクに乗っていれば

気持ちの良い風が当たり、

登山を始めればTシャツ一枚でも汗をかくほど

暖かい気候の中、

 

5度目の来望との大文字登山です。

 

平日という事もあってか、他の登山客も少なく

すれ違いがないほど人は少なかったです。

 

 

今回は写真を多めにアップしておきますね。

それぐらいに素晴らしい気候と景色だったという事です。

 

山を登りながらも

「お父さん!おそいでぇ~」と

来望に急かされた、あの日の事を思い出しながら

ゆっくりと、確実に登っていきます。

 

 

湧き水で来望が気持ちよさそうに遊んでいたり

元気が有り余ってか、

先に登っては戻ってきて、私を急かしたり

無言の私ではありますが

もしかしたら、ニヤケ顔だったのかもしれませんね

 

他の方が見たら恐怖だったでしょうね(汗

 

 

ゆっくりとスマホで撮影しながらも

展望台を目指して登っていきます。

 

何度も来ているのもあって

何があったら、展望台までの距離も解る様に

なっているので、あえて休憩しつつも

人のいない登山道を満喫しました。

 

そして、

 

 

いつ来ても、素晴らしい京都市内を満喫できる

最高の景色。

 

望遠鏡があっても楽しいのかもしれませんね。

この日は保育園の遠足で4~5歳の子供達が

お弁当を食べていたんですけど、

本当に可愛くて、「来望達もこんな感じだったのかな?」

 

来望や弟君も保育園の遠足でこの大文字の登山を

していたので、同じような感じだったんでしょうね。

 

そして、その中の園児が

「くるみちゃん!落したよ~」っておかずを落としたみたいですが

園児の中にクルミちゃんが居たみたいです。

 

どこのクルミちゃんも、少しドンくさいのかな?( ´艸`)

 

 

その後、どれぐらいの時間なのか?

来望の事をゆっくりと思い出し

彼女との時間を過ごしました。

 

周りに人がいないので感情を吐き出すのも気楽で

素晴らしい時間となったのは良かった。

 

その後、ユックリ休憩して下山。

 

久しぶりに京大病院にお邪魔してきました。

平日ですので外来の方も多くて

色々な感情になりましたが、この場所は来望を繋ぐ

本当に大事な場所ですから。

 

そして、

 

 

先ほどまで登っていた大文字を見ながら

入院中に来望にいった

「お父さんの今の夢は来望とまた大文字に登る事やねん」

って言った時の来望の表情は未だに覚えています。

 

ただ・・・

本音では、もう無理なのも解っていたんですけどね。

 

そんな事も思い出しながら

 

 

来望がココに座って外の景色をみていた事を思い出します

何を考えていたんだろう・・・

 

彼女に聞きたい事が多すぎて

またいつか聞ける日を待ちながら

頑張って過ごして行きたいと思いました。

 

また、来年。

 

楽しかったね、来望。

 

 

久しぶりに家族揃って買い物に。

 

最近は高校生になった弟君は親と一緒に

行動をしてくれなくなっています。

当然だし、自然な事なので特に悲しいという事は

ありませんが、奥様にとっては寂しいでしょうね。

 

ただ弟君が必要なようで

近所のニトリに棚や鏡を買いに出掛けました。

 

 

何気ない親子の買い物なんですけど

大きくなった息子と奥様との買い物姿が見れるのは

嬉しい事なんですよね。

 

他のお客さんが来望と同じぐらいの娘さんと

楽しそうに買い物している姿を見ると

複雑な気持ちにもなりますが、

今を受け入れるしかないんですよね。

 

2019年の4月28日に一時退院していた

来望と三人で買い物にきた

同じお店。

 

同じ様な時期にこの店に来る事になったのは

来望が用意してくれたのかな。

 

ありがとう。

 

 

写真のように、いつも誰かを楽しませる為に

頑張ってくれていた彼女の姿を店の中で探すのですが

残念ながらお店の配置が変っていて

もう、同じ展示棚も無く姿が被る事は無かったですが

彼女が居た、この場所に行って想いだしていました。

 

その後は、家族4人で良くいったラーメン屋

「天下一品」に久しぶりに食事。

 

弟君が一人でチャーハン定食を「メンカタ」で

食べているのを見て勝手に

成長したんだなぁ~っと。

 

高校生に失礼な話ですけどね。

 

今日のこの日は

 

最近は街の姿も大きく様変わりしてきて

来望との想い出の建物や景色が無くなってきていて

時間の経過を実感しつつも

来望は見ていてくれているんだと

信じて日々を頑張っています。

 

次は何を準備してくれているのかな?

楽しみにしよう。

 

 

 

久しぶりに写真を撮りに嵐山に。

沢山の観光客など人が沢山集まっていました。

 

そして満開の桜と渡月橋、桂川

京都育ちに自分としては、何故ここが観光地なんだろ?と

不思議な気持ちにもなりますが

少し離れれば嵯峨や太秦など素敵な観光地も

沢山あるのが京都の良い点なんでしょうね。

 

 

4月になって来望と同級生は

新生活を始めているんだろうと思います。

 

来望が居てくれていたら

大学に進学していたのかな?

まぁ、勉強が嫌いだから専門学校か就職かな?

そんな事を考えながら

 

通勤ですれ違う、新生活が始まった子供達と

すれ違っています。

 

 

もしかしたら、来望と一緒に桜を見に来ていたのか?

父親とは距離をとる思春期の女性になっていたのか?

今となっては解りませんが・・・

 

先日も息子君のメガネを作りに眼鏡屋さんにいったのですが

その際に少し世間話になって色々な話をしたのですが

「お子様は息子さん?と?」

と聞かれ、どう答えて良いのか本当に迷いました。

本津なら「娘がいます!」と言いたいし

言おうとおもいましたけど、その後に

来望の話になったら・・・

 

なので、「はい。息子だけです。」と

答えた私は正解だったのか、考えてしまいます。

 

 

来望と言う娘がいたのは事実。

でも今は居ないのが現実。

 

時間が経てば経つほど、何かのキッカケで

落ち込むショックが大きくなってきているように

感じています。

 

記憶が曖昧になってきたからこそ

後悔がより大きくなってきているのかな?

 

そんな2024年の春を感じながら

来望に話掛ける事にしたいと思います。

 

 

今となっては、怒られちゃう事も知りましたが・・・

(ごめんなさい)

 

病室で迎えた来望の誕生日に

セブンイレブンで買って来たヒレカツサンドに

ローソクでお祝いしたのを

昨日の様に思い出します。

 

でもね・・・

あの時の来望の顔を思い出せないんだよね

 

バースディソングを歌いながら

多分、辛くて可哀想すぎて

来望の顔をちゃんと見れてなかった

見て無かったんだね。

 

今、動画をみて来望の笑い声が

なんだか辛そうなのに気が付いた。

 

足が痛かったのかな?

抗がん剤で辛かったのかな?

 

ありがとう。

 

多分、必死でなんかやってる父親に気を使って

笑顔でいてくれたんだろうね。

でも、その笑顔を思い出せない

情けない父親です。

 

ごめんね。

 

本当だったら進学か、就職か?

もう進路も決まって新しい生活が

来望を迎えてくれているはす。

 

大人になった来望にビールを次いでもらって

オヤジギャグでも言ってる父親に

ツッコミを入れてくれてたんだろうね。

 

 

おめでとうなの?

 

わからないです。

 

祝っていいの?何を祝うの?

 

わからないです。

 

でも来望がウチに居てくれた証の為にも

あえて言いたい、

 

「おめでとう。」