私はアルジュナ・・・

私は変わりたい

強くなりたい、楽になりたい、楽しく生きたい。などそんな想いからこのブログを書き始めた。

最後のブログを書いた日から私に色々な迷いが出てきた。

本当に私はこれでよいのか・・・クリシュナ様の言葉さえも耳に入らなくなり、自分自身が不安と苦しみどうしていいのか分からずの毎日の繰り返しで自分でもどうしたらいいのか、どうにも出来ないで悩んで落ち込んだ。

ブログのことなどすっかり忘れていた。

思い出して、書こうかなと思ったのが5月に入ってからだったが、行動には至らなかった。

そんな私が今、書こうという気持ちになれたのだ。

今の私の気持ちはもっと楽しもう。

今までの私の経験は全て気付く為にあったのだ。

もっと今を楽しもう。当たり前なのだが、今はもう来ないのだ。

この気持ちになれたことをこれから少しずつ書いていきます。

クリシュナ様へ

また書くので、これからもよろしくお願い致します。


私はアルジュナでありたい。





私、アルジュナは人生というゲームのプレーヤーにしか過ぎず、私はそれを観賞しているだけである。

ゲームと考えたら、ハプニングという苦難もないと退屈だし、それも全て経験であるとわかりやすい例えをしてくれた。

経験は『私』実感するためのヒントであり

だから私という、観賞しているだけの私が『私』なのだ。

ともう1人のクリシュナ様に教えてもらった。



一方、加害者意識になること、嘘をつかない、自分に正直に生きること、私の中にすべてある…etc

クリシュナ様に実生活のたくさん教えてもらっている。

まだまだ自分を振り返り、気付きばかりの日々であり、知識と得るという旅は始まったばかりだと思う。




私、アルジュナはクリシュナ様という友人であり、教えを頂いている尊敬する師から実生活の中でわかりやすく知識を教えて頂き、知識の理論はもう1人のクリシュナ様に教わりという有り難い環境で知識を得ている。






今日はクリシュナ様に、人が言った意見を『あの人はこう思っているのであろうかではないか』という話をした。
その中で私はクリシュナ様に思った疑問も投げかけてみた。
疑問が出てきた時に不安という、最近にない気持ちも生まれてきた。

クリシュナ様はそんな私の感情を瞬時に察したのであろう、今回のクリシュナ様ともう1人のクリシュナ様とのお勉強会をここから始めてくれた。




『アルジュナは人の意見と言って、自分の気持ちを言っている。』
とクリシュナ様は言った。



『どういうことですか?』




『アルジュナは素直で純粋だと思う。でも相手の気持ちになって考えているつもりだけで、自分の意見を言っているだけ。相手の気持ちを察するには、自分色は消して相手の気持ちになって話しを聞いてみる。そこで相手の気持ちになったら、相手よりも相手の気持ちがわかる。だから私はアルジュナの考えていることがアルジュナよりもよくわかる。』



その時、私は自分の推測でしか相手のことを考えていないことがよくわかった。

そして不安にも答えてくれた。



『アルジュナにいつか話したことあるでしょ。

信頼とは信じて頼ること。バガヴァットギーターの中のクリシュナも全ての感官を制御して、専心し、私に専念して坐すべきである。感官を制御した人の智慧は確立するから。と言っているでしょ。アルジュナに猜疑心があるのは、今まで本音で生きていないから、人にも猜疑心を持つ癖がついてしまったのね。

猜疑心を無くすには、私というクリシュナを全面的に信頼することじゃない。』





相手の内側に入り込ます、自分の考えで相手を推測し、私には信じる力がまだ足りなかったと原因がわかると不安が少しずつ消えていく気がした。






そしてまた話していると、どうしたらいいのかわからなくなった。
色々なお話をしてくれるが、遠くで話しているように感じたりする。
これも、信頼を出来ず、また猜疑心なのであろうか。
クリシュナ様に全てを帰依するアルジュナの気持ちを探そうとバガヴァットギーターを開いた。







たまたま開いたページは第4章だった。

そこには、








信頼を抱き、それに専念し、感官を制御する者は知識を得る。知識を得て、速やかに最高に静寂に達する。

知識なく、信頼もせず、疑心ある者は滅びる。疑心ある人には、この世界も、他の世界も、また幸福もない。












今の私はアルジュナでありたい気持ちは間違いないだろう・・・

何故なら、アルジュナはクリシュナに全てを知識を与えてもらえるのだ。

このままではいけない。それだけはひよっこの私にでも理解できる。

揺ぎ無い決意をする勇気が欲しい。








大いなるものにゆだねて~私のアルジュナへ


クリシュナ様ブログ



決意と責任感






在るということを知った私だが、まだ毎日の生活の中で2元性の思考回路で考えてしまう。





バガヴァットギーターの中でもクリシュナは言っている

『所有にとらわえず』




クリシュナ様も
『執着を持たないこと』






私は所有や執着の中で生きていると毎日自分に気付く。
お金と私の所有物。
前の私は、自分の利益を考えてしか行動出来なかった。
今は係わる人がよくなることが、私の役目であり私の利益であると考えられるように少しはなってきている気がする。
どうしても自分の利益をしっかり考えてしまう自分がある。
それなら、責任感をもっと持たなければならない。


ある日、私は独立開業のプロデュースの仕事の中で、クライアントがまだ自分のやるべきことが定まっていなく、私が今の段階でやれることをクライアントに伝えると話をしているとクリシュナ様は言った。



『アルジュナ、アルジュナはもっと責任感をもって行動しなければならない。』




私はこう答える。
『私は責任感というより、わからないことに答えるのが嫌なのです。
今大丈夫だからと先のことを言うのは簡単だし、安心感を与えてあげることは確かだと思います。
でも先のことはわからない。そんな事に大丈夫と簡単に答える事に罪があると思います。』



クリシュナ様は

『アルジュナ、アルジュナがやると決意をして、相手をその方向に進めてあげること。

その責任感を持って仕事をすればよいのではないのですか。』





『でも、それはクライアントが本当にやりたいことではなかったらどうするのですか?』


『クライアントは定まっていないから、不安でどうしていいのかわからない状態なのです。
定めてあげることも、進めてあげることも、アルジュナが責任感をもって行動してあげるだけなのです。あなたに責任感をもつ決意がないだけだと私は思います。』




責任感を持つ決意




私は確かに仕事という枠の中でも2元性でしか捉えることしか出来ず、自分を自分で苦しめているのだ。
こうやってこのブログを書きながら、自分を客観的に観ている時間にしたい。
気付きの時間であって欲しいと願いながら。
決意を持てていないから、責任感がないのだ。
そして加害者と被害者意識なら、私はまた被害者を演じてしまっているのだ。
こんな自分が嫌になりながらも、こんな自分が可愛いと思えるようになったのは最近である。
私は本当に知識のないひよっこだと思う。
だからこそ、知識ということをどんどん与えて育ててあげたいのだ、自分自身を。






そしてその為に最近わかったこと

クリシュナ様に全面的に依存しようと。

そして自分のものに所有や執着をもってはいけないのだ。書きながら、そんなことが出来る私がくるのだろうかと思ってみたりする。




これからは
私がやると決めたことは決意をしないといけないのだ。決めるということは決意することである。

そして決意したことに責任感をもたなければいけないのだ。

『あっ、やるよ!』と言った瞬間に決意なのである。



クリシュナ様ブログ

大いなるものにゆだねて~私のアルジュナへ









心を生命、エネルギー、英知、平和、幸福の無限の源である超越状態へ導く方法。

統一状態や、即座に悟りを達するための方法


とバガヴァットギーターに注釈してあった






第2章詩節45

ヴェーダの対象は三つのグナにある。

アルジュナよ。

三つのグナを離れよ。

二元性を脱し、常に純粋性にとどまり、所有にとらわれず、真我を保つのだ。





まずそもそも、私には私という絶対的な存在(真我・実存・内在神、存在という言葉で私の頭にはある。)が理解出来ないのだ。





クリシュナ様はいつも言う

『アルジュナの中にあるの』

という私という絶対的な存在。




なんだろう・・・



私が今まで理解してきた中で第2章詩節45

知識の対象は三つのグナ(純質、激質、鈍質・=創造、維持、破壊)にある。

3つのグナからを意識しないように生きなさい。

この実世界の考え方を捨てて、私の存在を絶対的に保ちなさい。



これが至福意識に達する方法??





意味がわからない。


先程も書いたが、いつも私という絶対的な存在が私の頭ではわからなくなる。

クリシュナ様も私にどう伝えようかいつも考えていた様だ。



そして、私は別の方にも知識を頂く機会が出来た。

もう1人のクリシュナ様と書いておこう。



もう1人のクリシュナ様が私という絶対的な存在について、波動で伝えるものだから・・・と言いつつも紙に色々書いてくれ教えてくれている。



『全ての経験は私という絶対的な存在を知るまでのヒント』

『無意識の状態が絶対的に状態になっているのです。睡眠状態が絶対的な私の状態です』





これだけが私の記憶である。


あとは約2時間お話してくれたが、とにかく眠くて眠くてたまらない・・・
もう1人のクリシュナ様の声が子守唄のようだった。
何回も寝ている自分がいたので、申し訳ない気持ちと、やる気のない自分な気がして
思わずもう一人のクリシュナ様に
『あの、すみません。
私、先程から眠くて眠くて』
正直に自分の状態を伝えた。




するともう1人のクリシュナ様は

『意識の中で私という存在に近づいていっているのですよ。』

と言った。




眠気が?絶対的意識に近づいている???



眠気の中私の中に一筋の光が舞い込んだ。

つい最近までの私は、不眠症で睡眠薬が手放せない状態だった。




クリシュナ様から知識を頂いてから、思い出すと睡眠薬を飲んでいない
そして最近ではいつも眠い。どれだけ睡眠をしても眠い。




私は無知から、自分の感情・意識までも自分で苦しめ、五感までも不安定にさせていた。

そして知識というものを少しずつだが得て、本来の自分を取り戻しつつあるような気がする。




今の私は、いつか第2章45詩節を理解できる日が楽しみである。




クリシュナ様ブログ

大いなるものにゆだねて~私のアルジュナへ


苦しみであれ喜びであれ、生命は望んでいるようになります。







これもバガヴァットギーターの中に書いてあることです。
私は遠い昔にこれを経験していたのです。



『求めていることは必ずくる』

この言葉はクリシュナ様がよく言います。



今日はこの意味がわかった出来事を思い出したのです。





私はかつて大手の美容関係の会社で働いていました。

その当時、私は営業で全国をまわっていました。



全国をまわっているとその支店や責任者の方での対応は全く違うのです。

居心地のよい支店、そうでない支店と色々ありました。

居心地の悪い支店は二度と行きたくない気持ちになりますが、それも仕事だと割り切りますが、私には必ず行く支店がありました。





何故、毎月その支店に行くのか・・・

その支店の責任者を私は『パッタン』と呼んでいました。これは私とその彼女にしかわからないことなので、敢えてパッタンと書きます。





初めてパッタンの支店に私が行くと、『お忙しい中、本当にありがとうございます。』と私を会社の人間なのにお客様の様なおもてなしをしてくれました。

パッタンは私の滞在期間の1週間はその地方の美味しいお店や、観光スポットに案内してくれたり、仕事以外でも本当に私によくしてくれました。

次の支店に行く時には新幹線のホームで二人して涙したのをよく覚えています。





次の機会にパッタンの支店に行くと、パッタンはずっとホテルでは疲れるでしょうと言って自宅に招いてくれて手料理を食べさせてくれたり、お疲れでしょうからと言って入浴剤を数種類用意してくれたり・・・またまた、私によくしてくれました。

私はパッタンの支店の為ならともちろん数字は頑張りますが、数字も彼女が望むお客様の気持ちを考える営業を徹底してやりました。

私たちは数字ではなく、みんなが楽しく働ける環境だけを意識して過ごしていただけだったと思います。その結果が数字だったのでしょう。

ですから、その支店が1位なのは当然の結果だったのだと思います。

それも、量ではなく質を追求した結果。







私はパッタンに質問したことがあります。

『どうして、私にこんなによくしてくれるの?』



私が数字を作るからでしょうか?いや、違うと感じたから彼女にその質問をしたのです。





パッタンは答えてくれました。

『最初に来てくださった時に、アルジュナさん(私をアルジュナにしておきます)は睡眠時間もほとんどなく、私の支店の為に一生懸命頑張ってくれました。それで、今までない1位が私もスタッフも嬉しいのはもちろんですが、凄く楽しかったです。

だから次に来て下さる時には、アルジュナさんに私が出張中に不快に感じたことを、少しでも快適に過ごしてもらいたかったんです。』





私はその言葉を聞いて、心の底から嬉しかった。

パッタンの為になることなら何でも頑張りたかった。

だから、数字以外のことでも率先して頑張りました。





パッタンの支店は毎月12日でしたが必ず行っていました。
営業数字が結果ですから、もちろん数字が行動の結果です。
他の支店は数字の為に頑張りますが、パッタンの所ではパッタンが喜んでくれること、パッタンが笑ってくれること、パッタンの周りが喜んでくれることが私にとって何より嬉しいことでした。

行動の結果を書くなら、パッタンは昇進し、私は会社で2番目に多いボーナスを手にしていました。

唯一、本質で仕事をしていた時だったと今になって感じます。







クリシュナ様がいつも言う
『求めていることは必ずくる』
『アルジュナの中にも誰の中にも全てあるのです』
私にもあったことを実感できた、素敵な経験です。



そして私は考える。

少しの知識のある今の私なら、もっと多くの支店でこの行動ができたはず。と・・・







クリシュナ様は

『気付いたとき、過去さえも変えてしまう』と。

知識とは私を強くしてくれる素晴らしいものです。






大いなるものにゆだねて~私のアルジュナへ  


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