自衛(小話)
「護る」ためか、「殺す」ためか――私が生まれたナハルという国は好戦国家と言われていた。常にどこかの国と戦争をし、多くの命を弄んだ殺戮国家だ。滅んだ今でも、教科書や報道各所で悪の国家の代表としてその名を呼ばれている。でも国民から言わせればナハルは世界一臆病な国だったと言いたい。ナハルでは生まれたその日に銃を持たされる。1人につき一丁の銃が家にはあった。赤ちゃんのころの遊び相手は弾のない銃。舐めて触って噛んで、私たちは銃と友達になる。だってこの子以外は信じられないから。ナハルでは親ですらいつ敵になるかわからない国だった。常に食糧難に見舞われて、殺して奪うのが当たり前で、戦争に行くのも戦場から食料を盗んでくるため。隣の家の人がいつ食料を奪いに来るのかわからない。そんな国だった。国家の動きもまさにそのまま。常に恐れていた。隣の国がいつ襲ってくるかって。周りの国がちょっとでもナハルに分の悪い動きをすると、この国はナハルを攻めてくるんじゃないかって思いこむ。思い込みは妄想世界を生み出し、その妄想が拡散して情報になって、やられる前にやらなきゃいけない強迫観念が強くなって攻撃する。ナハルはそれを繰り返したから殺戮国家となった。ナハルで最初に銃が配られるようになったのは自衛手段としてだった。独立したばかりのころで周りは実際に敵国だらけだったし、国営の軍隊ができるまでは自分で自分を守るしかなかった。それでもそのときの敵は独立を阻む隣国だけだった。ナハルの国民間は強い絆で結ばれていた。しかし、国が発展していくにつれて、外交も盛んに行われ、軍隊もでき、移民が増えていく中でいつの間にか国民どおしの交流が薄れていき、銃だけが残った。そこから「自衛」の意味がどんどんと広がっていく。敵国の侵略からの自衛から、最終的には国からの自衛に……そうしてナハルは壊れていった。独立を勝ち取った信念ある勇敢な国は、いつの間にか妄想癖を持った臆病者の国になっていた。ナハルはそうしてほぼ自害という形でその繁栄を終えた。今、ナハルは国ではなくナハル州となって大国の中に組み込まれている。その国は広大な領地と国民を持っていて軍事・科学あらゆる分野で世界最先端を誇っていた。でも私は、この国が恐ろしい……「おはようございます」「おはよう!シーラン!平和な今日に乾杯!」「かんぱい」シーランは私の名前。乾杯と言って牛乳瓶を掲げているのは店主のティラーさん。私はナハルが滅亡した後もこのナハル州に住んでいる。ティラーさんも。彼はパン屋を営んでいて、私は彼の店で働かせてもらっていた。「今日も特売はミルクパン?」「ああ!最高の牛乳が手に入ったからな!」「そう言って三日連続よ。いい加減お客さんも飽きるわ」「ん~~……でも上手い牛乳はシンプルなミルクパンが一番おいしいんだ」「じゃあ今日までミルクパンで、明日はクリームパンにしません?」「ああ!いいね!いい卵を仕入れてくる!パーラー!!」店の奥から返事と共にふくよかな体系の夫人が出てきた。彼女がパーラさん。ティラーさんの奥さんだ。「どうしたのあなた?」「明日の特売はクリームパンにしようと思ってな。あ。シーランの提案だ。それで上手い卵を仕入れてくる」「まあ~!いいわね。ずっとミルクパンで近所の方から『他は作れないのか?』なんて言われていたから」「え!?それを早く言えよ!」「ごめんなさい~あなたの機嫌が良かったからいいかな?って思ってたの」「まったくぅ~~」聞いて思った通り、この二人はラブラブのバカップルだ。この店の名前を『ティラーのパーラ』ってするくらいには公然のバカップルだ。「でも気を付けてね?隣の州に行くんでしょ?あそこ、昨日も殺人が起きたってニュースで言ってたから」「わかったよ。危ないから銃を借りていくさ。心配しないでくれ」ナハル州は発足の時に一つの規約を定めた。『家庭での銃保持の放棄』ナハルが学んだこと。それは過剰な自衛は殺戮を生む、ということだ。だからナハルの家庭にも企業にも銃は置かれていない。どうしても必要な時は、ティラーさんが言ったように借りるしか民間人が銃を手にすることはできなかった。借りることができる場所も州が許可を出した公営の所だけだ。「それじゃあいってくる!」「「いってらっしゃい」」私とパーラさんに見送られてティラーさんは出かけて行った。私はずっと傍にいてくれた銃が取り上げられたとき、泣いた。悲しかったのもある。だってあの子が唯一信じられた友達だったから。でもそれ以上に、安心した。もう、誰かを殺すことがないんだと感じたからだ。そうやって銃を無くして、初めて世界が平和に見えた。誰かがビルの上から狙っているかもしれない恐怖がない。流れ弾が飛んでくるかもしれない恐怖がない。目の前の人が突然発砲するかもしれない恐怖がない。街を歩いたり、近所の人と仲良くしたり、公園に出かけることも怖くなくなった。銃が手元になくても生きていけるんだと知った。昔の私が見たら、他人の店で働くなんて気がふれたと思われるかもしれない。「さあ!私たちは店番を頑張らないとね!」「はい」この平和がずっと続いて欲しいと思ってる。でも、やっぱり、そうじゃない。「いらっしゃいきゃーー!」パーラさんの悲鳴が聞こえて、私は焼き立てのパンを机に置いて店内に向かった。店内では銃を突きつけられて脅されているパーラさんがいた。「それ以上しゃべるな。金を出せ」「……」パーラさんは無言で首を振ると私の居る裏方を目指してきた。私は物陰に隠れる。この州内では、家庭や会社ごとに銃を持つことはない。でも州を一歩外に出たらそうじゃない。この国は……強大で広大なこの国は、銃国家だ。持ち込むことも最初は州の条約で禁止しようとしたのだけど、憲法違反になるからと却下されてしまった。仕方ないので州境で持ち込んだ人の名簿と弾を抜くようにとの指示だけが精一杯だ。どうしてわからないのだろうか?ナハルという国を見てきたというのに……「おら。どこだよ。ど、ぐはっ!?」「ハッ!」銃声が一発、店内にこだました。裏に入ってきた男の頭を私が箒で思いっきり殴り、銃を蹴り上げた。銃は弾みで一発飛び出したが、弾は犯人の足を貫通して床にめり込んでいる。パーラさんは無事だ。男は足を抑えてのたくっていた。銃声を聞きつけた警察がすぐに駆けつけてくれて男は逮捕された。「はぁ~~……シーランがいてくれて良かったわ~」「いえ。パーラさんが誘い込んでくれたおかげです」「ホント?役に立てて良かったわ!元軍人さんを雇っておいてよかったわ!」「もう長らく訓練もしていないので……あまり期待しないでくださいね」そう。私は軍人だった。ナハルで一番安全な職業がそうだったからだ。敵が他で定められているし、食料もあるしで、隣の人間に怯える必要がない。でも今は違う。違うと思いたい。この国がナハルの二の舞にならないことを祈るばかりだ。どうか 皮を被った臆病者でありませんように……――END