そんな作戦絶対に反対!!!!


――そう叫んだ僕の声は誰も聞いてくれず、シンたち(主にシン。絶対にシン)がたてた作戦を実行することになった。
ガラガラと、長らく補正されていない道を荷車を押して進む。
荷車には綺麗に盛装した生贄が乗っている。
生贄を献上する振りをして乗り込むというシンプルな作戦だ。
ただ、僕らは魔王を倒すのと同時に他の人質やエマのお父さんの安否も確認しないといけない。
どこで正体をばらすかがポイントだ。
「すみませーん。最後の生贄持ってきましたー」
シンの間延びした声が大きな門扉の前に跳ね返されているように思う。
ゲームで言えば一ダンジョンのボスなんだろうけど、扉だけ見たら魔王城みたいに立派だ。
ここって普通の町だったよね?なんでこんな悪魔が彫ってある扉があるの?
「趣味悪い扉だなー」
「悪魔が住みついたときにせっせと彫ってたよ」
わざわざ自分たちで!?魔物たちにとっては最新のアートってことだろうか……それにしても趣味が悪い。
「すみませーん」
おじさんとエマが軽口を言っている間も、シンはやる気なさげな間延びした声で呼びかけている。
でもずっと普通のトーン。もっと大声だせばよくない?
「すーみーまーせー……」
そうやってシンが20回くらい呼びかけてやっと扉が左右に開いた。
「なのようだ」
出てきたのは二体のイノシシ頭の魔物だった。
安そうな防具を身に付けて、これまた安そうな三叉槍を持っている。
典型的な下っ端って感じだ。
「最後の生贄をお持ちしました。中に入ってもいいでしょうか?」
「珍しいな~。いつも渡したらすぐに帰っちまうくせに~」
向かって左側のイノシシが僕らを怪しそうに見る。
だがすぐにシンがフォローを入れた。
「そうなのですが、何分彼女は街最後の女性……少しでも一緒にいたいのです」
「ゲッゲッゲッゲ!恋人だったりとかするのか?」
「……はい」
片方の牙が欠けている右側のイノシシが下品に笑う。
シンが頷いたのを見てさらに臭い口を開けて二匹は笑った。
「ゲッゲッゲッゲ!!しょうがねえ。哀れな人間に時間をやるか!」
「グゲッグゲッグゲ!!残念だね~。でもよかったじゃ~ん。こんなブスでもアララガ様の役に立つんだからさ~」
「うっ!?」
左側のイノシシの顔が僕の目の前に迫る。
慌てて口と鼻を塞いだけど腐った卵みたいな匂いが少し入ってきて息が詰まった。
「ん~?こいつ~、ホントに女か~?男みたいな匂いがするぞ~?」
ヤバいと思った僕は慌てて顔を両手で隠す。
そう。実はエマの身代わりで僕が生贄役をやることになったんだ。


「絶対に嫌だ!」
「じゃあ勇者様。他に何ができますか?」
「他……」
「レベル10でボスに挑みますか?」
「うっ……」
「私もおっさんも守る暇ないかもしれませんよ」
「…………」
「別に死にたいならかまいませんが。その場合は自己責任ってことで遺書を書いてくださいね」
「……ります」
「理由は女装するのが嫌だから。ですか?まったく無責任この上ない理由です」
「や、やります!やればいいんでしょ!」
「ええ。最初から黙って頷けばいいんです」
「横暴!」
「ありがとうございます」


そんな感じで、僕がシンに口で勝てるわけもなくこの役になった。
僕が載ってる荷車の前をシンが歩いて、後ろをエマとおじさんが押している。
僕以外の全員はエマのお父さんの服を借りていた。
「失礼な!女性ですよ!……たぶん、名残惜しく抱きしめていた私の匂いが移ってしまったのでしょう……エマ、すまない」
シンは僕の恋人役になりきっているようだ。
はっきり言って心臓に悪い。
だってシンって、すっごくすっごく綺麗なんだよ!
僕なんかよりも絶対にこのウェディングドレスが似合うと思う。
そんな彼が僕の手を握って見つめてくるんだ。
飛び出そうとして来る心臓を飲み込むのに僕は必死だ。
「なるほどな~。残念だったな~。ほら~とっとと入れ~」
汚いものでも見るような目を僕とシンに向けると、左側のイノシシは横にずれて道を開けてくれた。
「ありがとうございます」
イノシシの横を通って中に入る。
門を入ってすぐは赤いじゅうたんが敷かれた長い廊下になっていた。
特に悪魔的な装飾が施されている風でもない。凝っていたのは門だけだったみたいだ。
ただやたら天井が高い気がする……ボスの体長ってもしかしてこの天井の高さくらいなんだろうか。
だとしたら僕の何倍になるだろう。十倍……いや二十倍はあるかもしれない。
「ついて来な」
牙の欠けたイノシシの後をシンが付いて行く。
左側のイノシシは門前に残るらしい。
確かに門番は必要だもんね……あれ?なんか座り込んでるけど……なんか雷みたいな音が聞こえてくるけど……なんか鼻のあたりに風船ができてるんだけど!!
「やったな。あの門番寝てるぜ」
「やったね~。だから出てくるの遅かったのか~」
おじさんとエマも気づいたみたい。いや、あの鼾だったら気づかないって方が無理か。
そんなことを考えていたら荷車が止まった。
「お前らはここまでだ」
長い廊下はまだ奥に続くが、右にも通路が出てきた。
人質たちはこの右側の廊下の先にまとめられているのかもしれない。
イノシシに言われてシンやおじさんが荷車から離れる。
「エマ……」
イノシシが荷車を引っ張ろうとしたとき、シンが僕のことを抱きしめた。
花のような香りが鼻腔をくすぐる。
やばい。顔がにやけそう……
「勇者様。私たちは城内に隠れます。人質の居場所がわかったらすぐに連絡をください」
「う、うん」
そう僕に耳打ちするとシンは名残惜しそうな顔を作って離れた。
イノシシが荷車を引いて行く。
僕はシンが見えなくなるまでずっと後ろを見ていた。


……って!シンは男だから!!何考えてんの僕!!!


目が覚めたころには全く知らないところにきていた。
いつの間にか赤い絨毯の道は終わって、コンクリートの道を進んでいる。
何度か扉らしきものをくぐった気がするんだけど上の空だったせいで覚えてない……。
(ダメダメじゃん!!!)
僕が頭を抱えていると風景が止まった。
つまり、荷車が止まったのだ。
「降りろ」
イノシシに言われて荷車を降りる。
目の前には普通の扉があった。大きさやデザインの話ね。
「入れ」
言われるがまま扉の取っ手を掴んで押す。
「おら!」
「うわぁ!!」
少ししかまだ開けていないのに、イノシシに思いっきり背中を押されて扉にぶつかりながら部屋の中に転がりこんだ。
膝が痛いです。
「アララガ様に呼ばれるまでそこで大人しくしていろ」
そう言うとイノシシは扉を閉めた。
「いった~~」
「あんた誰だい?」
「ふえ?」
声が聞こえて改めて部屋の中を見渡す。
部屋にはたくさんの女性がいた。主におばさん。
「大丈夫かい?足擦りむいたのか?」
「あらあら~可愛い坊やね~どうしたのその恰好?」
「あらホント!坊やだわ!とうとう女の子がいなくなったのかしら?」
「まだエマちゃんが来てないわ」
「そう言えばそうね~エマちゃんどうしてるのかしらね~」
最初は倒れた僕を心配してくれたおばさんもいつの間にかおばさん同士の会話に入っていた。
そして話はどんどん変わっていき、何故か今日の夕飯は何だろうって会話をしている。
流石に脱線しすぎだからそろそろ止めてもらおう。
「あの~」
『あら?なぁ~に?』
(息ぴったり……)
全員の視線が僕に集まる。かなり緊張する。おばさんたちの視線しかないけどこんなにたくさんの女性の視線を向けられたことは今までにない。
……いや。あったか……でもあの時は……やめよう。今は昔のことを考えるべきじゃない。
「どうかしたの坊や?」
最初に話しかけてくれたおばさんが心配そうに声をかけてくれた。
そうだ。僕はこの人たちを助けなくちゃいけないんだ。
「あの、僕、エマさんと協力をして皆さんを助けに来ました。お願いです。僕について来てください!」
僕の言葉を聞いて一瞬静まり返った室内はあっという間に声に溢れた。
「エマちゃんですって!」
「そう言えばお父さんが捕まって……」
「協力するなんて偉いじゃない」
「うちの旦那も見習ってほしいわね~」
「うちの息子もよ~もう成人したってのにさ~」
「あらもう成人したの!早いわね~」
あ。また話がずれそうな予感がする。
「あ、あの!」
「わかったわ。大丈夫よ。みんなで坊やに付いて行くわ」
最初のおばさんが笑顔でそう言うと周りのおばさんたちも大きく頷いてくれた。
僕は早速連絡を取るためにエマが開発した通信機を取り出す。
エマは『どこでもラクラク電話!』と言っていたが、要は無線機だ。
「もしもし!シン!聞こえる!」
【………………】
「シン!?」
通信機に声をかけても返事がなかった。
別れ際のシンの様子を思い出す。もしかして何か危険な状態なのかもしれない。
「シン!シン!し【煩い】
プツ――ツーツー……
「……」
僕、何かしたのかな?
もしかしてずっと見てたのが気持ち悪かった?
でも今そんな仲たがいすることろかな?
「坊や、大丈夫?」
おばさんの声に何も答えられない。
だってけっこうむねがいたいんだもん……
【おい坊主、悪いな】
「おじざぁ~~ん゛!!」
【うる、いやちょっと声落としてくれ。敵に聞こえちまう】
無線機からおじさんの声が聞こえて来て僕は泣きついた。
うるさいって言うの止めてくれてありがとう。しばらくその単語を聞きたくないです。
ってあれ?敵ってどういうこと?
「どうしたの?隠れてるんじゃなかったの?」
【その予定だったが、エマの親父を見かけて今追いかけてるんだ】
「お父さん!見つかったんだ」
【ああ。それで悪いがそっちには行けそうにないうおっ!?】
言われた通り小さな声で無線機に話しかける。
僕の様子におばさんたちもおしゃべりを止めて無線機の声に耳を傾けていた。
そして突然おじさんの声がエマに変わる。
【ごめんね勇者くん】
「エマさん」
【君に渡しておいた爆弾があるでしょ。それで何とか脱出できないかな?
私たちはお父さんを追いかけてそのままボスも倒すよ。みんなのことよろしくね♪】
「よ、よろしくってエマさん!エマさん!……切られた」
たぶんお父さんのことで頭がいっぱいなんだろう。
しょうがない。言われた通りエマさんに渡されていた小型爆弾で扉を壊して脱出しよう。
「エマちゃん。お父さん見つかったのね」
「みたいです。えっと……」
「私は町長の妻でフローラよ。よろしくね、勇者さん」
僕に率先して話しかけてくれたおばさんはどうやら町長のお嫁さんだったらしい。
どおりで彼女の言葉をみんな聞くわけだ。
フローラって名前に似合わず恰幅もよくて頼りになりそうなおばさんだ。
「ありがとうございます。フローラさん。えっと……とりあえず扉壊しますので、皆さんに下がっててもらってもいいですか?」
「わかったわ。みんな!ほ~ら逃げるよーーー!!」
『おぉ~~~!!!』
人質らしくないおばさんたちの元気に押されて僕は扉に小型爆弾を仕掛ける。
「いきますね!3、2、1……」
――ドン!!!!!
大きな音を立てて扉が吹き飛んだ。
「さあ行きましょう!!」
僕を先頭にして全員で走り出す。
ドタドタと数十人もの人間が一気に走るためすごい地響きがした。
そして、僕はとっても重大なことを見落としていたことに気が付く。
「何の音だ!」
「こっちだ!生贄の部屋だ!」
「とうとうあいつら……!!」
「全員武器を取って押さえろ!!」


……武器?


僕の今の装備は、ウェディングドレス、無線機…………ついでに言えばレベルは10。

(絶体絶命じゃん!!??)


つづく?