ある日目が覚めたら、指に穴が開いていた。
穴は人差し指にあった。
痛くはなかった。
穴を覗いてい見たら、普通に手の向こう側が見えた。
部屋の白い壁にかかる時計が見える。
あれ?
もう7時だ!?学校に行かなくちゃ!
大急ぎで準備をしてお母さんたちがいるはずのリビングに行く。
あれ?
誰もいない。
皆で寝坊?
いや。お母さんに限ってそんなことがあるわけない。
でも、ならどうして誰もいないんだろう?
――――してよ~
!?声が聞こえた!お姉ちゃんの声だ。
まだ部屋にいるのか?
あれ……でも……声はもっと近くから聞こえてる気がする?
どこから……
あれ?
指の穴を見て見ると、灰色の靴下が見えた。
この靴下はお父さんのだ。
…………
…………
恐る恐るもう一度穴の中を覗いてみる。
「ねえお願いお父さん!」
「ん~…………」
「帰ったらすぐに宿題を終わらせるから!」
「ん~…………」
「夕飯作りのお手伝いもするわ!」
「だったら……いいよな、母さん?」
「しょうがないわねぇ~」
「やったーー!!これで今日映画行けるわ!ありがとうお父さん!お母さん!」
????
どういうことだろう。
穴を覗いたらお姉ちゃんもお父さんもお母さんも、皆リビングにいた。
お姉ちゃんはお気に入りの赤いスカートと黄色のブラウスを着ておめかししている。
お父さんは白のシャツに紺に緑の縞模様が入ったネクタイをしていた。
お母さんも青のワンピースの上からエプロンを付けて料理をしている。
でも実際には誰もいない。
穴の中だけにみんながいる。
…………
…………
もしかして僕だけ異世界にいるのだろうか?
鏡の世界みたいな感じの。
ということは選ばれし者ってこと?
凄い力とか使って凄い強い敵を倒して世界を救うみたいなことをするの?
それってすごいことだよね!
ヒーローじゃないか!
すごい!やった!!僕はヒーローだ!!
「いい加減に起きろ!!!」
「ヒーロー!!?」
「はぁ?」
目を開くとすっごい冷たい目をしたお姉ちゃんがいた。
目を開けたってことは今のは全部夢ってこと。
「何変な夢見てんのよ。もうすぐ7時よ。休日だからってダラダラ寝てるとお母さんが怒るでしょう」
「……休日ならもう少し寝てても」
もう少し選ばれたヒーロー気分を味わっててもいいじゃないか。
「ダメ!今日はお母さんを怒らせてほしくないの。だから起きて。私が出かけてから寝ていいからさ」
「えぇー……」
「お土産買ってくるね☆」
そう言ってお姉ちゃんは部屋を出て行った。
きっと友達と出かけるのにお小遣いをねだるつもりなんだと思う。
あれ?そのシチュエーションどっかで……って、よくある風景か。
お土産と言ってもどうせ小さいお菓子なんだろうけど、怒らせて得することもないから一度起きておこう。
まだ覚醒しきれてない頭でフラフラとリビングを目指す。
「あら。おはよう。ちゃんと起きるなんて偉いじゃない」
「おはよ~……」
チラッとだけこっちをみたお母さんは挨拶だけしてすぐに朝食づくりに戻った。
青い後姿をぼんやり眺めながら僕は机の上に伏せる。
このままもう一度寝れそうだ……
「おい。こんなところで二度寝なんかするな」
「あ……お父さん、おはよう」
「おはよう」
向かい側に座ったお父さんはもう仕事着に着替えていた。
僕のお父さんの仕事は電気関係で、たまに土曜や日曜でも出勤がある。
今日はその日なんだろう。お姉ちゃんと僕とで誕生日にプレゼントした紺に緑の縞模様が入ったネクタイをしている。
気に入ってくれたのか結構な頻度で使ってくれていて僕は(たぶんお姉ちゃんも)嬉しい。
あれ?そう言えば僕を起こしに来たお姉ちゃんがいない……
「おはよう!あ。タクもちゃんと起きてきたね!」
「おはよう。起こされたからね」
「あら。エミが起こしてくれたの?ありがとう」
「えへへ!」
お姉ちゃんの作戦は成功。お母さんの機嫌は良好みたい。
今日は都会の方に出かける気なんだろうか?
お気に入りの赤いスカートと黄色のブラウスでおしゃれをしている。
そういえばもうご飯は食べたのかな?
「ねえお父さん、今日は友達とS市に行くの。だからお小遣い頂戴?」
「S市?何しに行くんだ?」
「ショッピングと映画!ね?お願い!」
「ん……じゃあこれくらいでいけるか?」
そう言ってお父さんは財布から野口を二人差し出した。
でもそれじゃあ映画代くらいにしかならない。
電車と買い物をするならもう一人上の人じゃないとダメな気がする。
「もうちょっと出してよ~」
ん?この声、どっかで聞いた気が……
「ねえお願いお父さん!」
「ん~…………」
「帰ったらすぐに宿題を終わらせるから!」
「ん~…………」
「夕飯作りのお手伝いもするわ!」
「だったら……いいよな、母さん?」
「しょうがないわねぇ~」
「やったーー!!これで今日映画行けるわ!ありがとうお父さん!お母さん!」
うん。絶対に聞いたことあるよこの会話。
えっと……あれだ……そう…………夢だ!
「あ!!」
「「「ん?」」」
「ご、ごはん、まだ?」
「あ!ごめんなさいね!」
そう言ってお母さんは慌てて僕のためにみそ汁とご飯をよそってくれた。
なんとか誤魔かせたみたい。
それにしても本当にそっくりだ……会話だけじゃなくて家族の服装もバッチリ一緒。
違うのは僕がいることと、指に穴が開いていないことだけだ。
これって……これってもしかして……『予知夢』ってやつじゃない?!
ということは!!
(僕、超能力者になっちゃった~~~!!)
「タクの顔、キモチワルイ」
「何か変なものを入れたのか?」
「食べながら寝てるのかもしれないわね」
周りがなんて思っていても気にしないもんね!
僕は予知夢の能力を手に入れたんだから!
だったらもうこれは早速――
「ごちそうさま!僕、寝るね!!」
「部活じゃないのか?」
「部活って言ってたじゃない」
「部活だからお弁当作ったんだけど!!」
「あ、はい、えっと、じゃあ着替えてきます……」
お母さんの怒気には逆らえない。
超能力者といっても僕ができるのは予知夢だけだ。
怒ったお母さんに敵うわけがない。
(まあいいや!実験は夜になればできるんだし!グフフフ……これからが楽しみだ!!)
そのあと通学までの道のりで散々な目に会うんだけど……どうせならこのことを知りたかったと思う僕でした。
END