横浜時代の娘とママのお友達Mさん親子が、遙々日田まで訪ねてきてくれました。

ついででなくて、ママに会いに来てくれました。

何もない田舎なので本当に申し訳ないのですが、とても嬉しい。

福岡空港に迎えに行って、太宰府を見学して梅がい餅を食べて、九州の小京都豆田の町を散策しました。


横浜は秋休みだけれど、こちらはまだ3期制で秋休みがないので娘は学校です。

夕方6時になってやっとご対面!!

緊急帰国したときはわざわざ成田まで会いに来てくれたご家族です。


ママ同士は横浜でお菓子つながり。

子供達はいつも一緒にいました。

パパ同士は飲み仲間。


本当に遊びに来てくれるなんて感激です。

成田では車いすに乗っていたママしか知らなかったので、びっくりしていました。


夜はイタリアンを作ってゆっくり話し込みました。

ママも子供達も嬉しそう。

結構辛い日々だったから、横浜時代の幸せな日々を思いだしていたのかな?


ママが自立できるようになったら横浜に帰るからね。

明日は何をしようかとワクワクして話していました。


横浜の家のピザ窯でいつもピザパーティーをしていたので、我が家の石窯(という名のオーブン)で子供達がピザを作りました。

写真は焼く前です。あしからず。

あまりに恐ろしい出来だったので...アップ



片麻痺からの生還に挑戦 ~川平法密着体験中-子供達製ぐちゃぐちゃピザ



今日、甘いかぼちゃを頂いたので、カボチャのフランス菓子パンを作ることにしました。

バゲットに気を良くしての挑戦でしたが、カボチャの裏ごしは私の仕事に!!

カボチャをラップしてレンジにかけるところまでは問題なしでしたが、裏ごしの道具がいまいちで動いてしまう。

課題発見!!でしたが、私が裏ごしをする羽目になってしまいました。

あとは順調。


砂糖とミルクとバニラオイルを入れて火を加えてゆけば、あっという間に美味しいカボチャペーストのできあがり。

少し美しさに欠ける形も、苦労の証し!

フランスパン生地に卵とバターを加えて作った生地は、サックリしっとりでカボチャとの相性も抜群でした。

あっという間に一人2個を完食。


JOBAが活躍したのは言うまでもありません。




片麻痺からの生還に挑戦 ~川平法密着体験中

今日は片手でバゲットを作りました。

問題になるところを明らかにして、修正したりトレーニングしたり補助機器を作るヒントにするのが目的。

片手で不自由なお菓子作りにはフードプロセッサが欠かせませんが、パン作りはキッチンエイドが大活躍。

ポーリッシュ種を作るのが面倒なので、いきなり準強力粉と塩とぬるま湯、イーストそしてユーロモルトをキッチンエイドで混ぜ合わせて、スピードを上げて一気にこね上げます。

オーブン任せの発酵と成形は特に問題なし。

パンチはボールが動くので、キッチンエイドの羽を取った状態でボールを外さずにキッチンエイドに固定したまま空気を抜きました。

『思い通りに行かない』と少しだけべそを書きながら、美味しいバゲットが出来ました。

サンドイッチの中身は私が独断で挟みました。


田舎でも美味しいバゲットが食べられました。

何でも手に入るところよりも、作るしかない環境はリハビリに良いかも!?


片麻痺からの生還に挑戦 ~川平法密着体験中-キッチンエイドとクイジナート

片麻痺からの生還に挑戦 ~川平法密着体験中-バゲットサンド

今日は2回目の通院リハの日。

そして本格的なリハビリの初日。


PTは2週間前に霧島リハビリテーションセンターの練習から帰ったばかりの進先生。

バリバリの上手さです。

霧島で担当だったS先生を見ているよう。

手際よく促痛を進めて行きます。


STと併せて100分以上しっかりやっていただきました。

これなら毎週来よう!!というわけで、来週の予約を入れてきました。


もう一つ気に入ったこと。

伊藤超短波の電気治療器が置いてあったこと。

霧島で使っていたものと同じもの。

こいつがあれば、場所と機械を貸してもらえれば上肢は全部自習でOKです。

川平法は家でたっぷりやってるから、あえてここでやる意味は小さいし。

近い将来、毎週月曜日は終日ここに居るようになるかも...なんて。


田中先生の診察はたっぷり20分以上。

2週間前から始まった左手の痛みに関して、的確に診断して処方箋を書いていただきました。

川平先生も熱い方ですが、その前任の田中先生も熱い方です。

その方々が院長を務める病院が熱くないわけありません。

だから霧島リハビリテーションセンターは熱いんですね。


午後1時から4時30分まで、待ち時間無しで病院に滞在してました。

内容の濃さが解ると思います。



退院してから更新がもっぱら減ってしまって、何をやっているのでしょう?

毎日変化のない生活を送っているかと思いきや、私の調子が何かと悪く今週は遂に一週間も寝込んでおりました。

元々扁桃腺持ちで、適度な運動を続けながら気を張り続けて健康を保っていた身。

MAMAが倒れてから全くの運動不足...というか、自分の健康管理などに気が届かずにおりました。

大きなプロジェクトの最中などでは絶対に寝込まないけれど、上手くいってほっとすると必ずと言って良いほど扁桃腺が暴れていました。これがいわゆる『気』というやつです。たぶん。


さて、本日のMAMAの散歩時にある方に声をかけられました。

近くの方で『6年前(60歳の時)に致命的な脳梗塞で生死をさまよって、右半身完全麻痺と重度の失語症を患った男性』でした。

失語症だけでなく、記憶障害や計算力の低下等の高次脳機能障害を多く抱えられていた方。

医師に『良くならないと思う』といわれた方。

大好きなゴルフをするために絶対に諦めなかった方。


頻繁に宗教関係者や健康食品の体験者が『医師に見放された...』という言葉を乱用していますが、それは嘘つきとしか言いようがありません。なぜなら医師は見放しません。

ただ最悪のシナリオを伝えているだけで、万に一つの最良のシナリオを前面に押し出すこれらの方々と違うだけです。従って『医師に見放された...』という表現は大嫌いです。

最も心が病んでしまった患者の家族にかける言葉が『助からないと思う』はかなりきついですけど(もう少し家族の気持ちと心の状態を考えて欲しいものです)、決して見放すわけではないのです。


おっと脱線してしまいました。

そしてその方の今は...全く普通の人。ゴルフを楽しんでいらっしゃるおじさん。

いつも頑張って散歩しているMAMAをみて、いつか励まそうと思ってくれていたらしいです。

また一人生還者がすぐそばに現れました。

この方と今までの生還者との共通点もやはり『決して諦めなかった』


次の機会に詳しいことをお聞きしようと思います。


霧島リハビリテーションセンター出身ではない生還者も沢山いらっしゃる。

最も大切なのは本人の諦めない気持ちです。

そして取り巻く環境と人。

生還者は例外なく情報を沢山持っておられる。良くなりたい一心で真剣に調べている証拠。

受け身はいけません。

自分から取りに行きましょう!!