ずっと更新をサボってしまいました。

ごめんなさい。


今日でMAMAが倒れてから丸一年が経ちました。

結婚してから19年の歳月の中で、最激動の一年でした。

健康のありがたさを思い知らされた一年でした。


リハビリは未だ未だ途上で、やらなければならないことは山積みだけど、再発もなく一年何とか生きながらえてくれた嬉しさがひとしおです。

今日は我が家にとって、正月よりも大切な節目。


今年こそは大きく飛躍して、皆さんと共に良い年にしたいと思います。


よろしくお願いします。

ずいぶんと長い間、マンネリ化したリハビリが続きました。

一進一退と言うより、全く変化無しの状態でした。


少し前からいくつかの変化が見えてきて、今日それを確信しました。

あくまでも私の中でのことですから、笑わないでください。

お医者さんに言ったら、一蹴されるかも知れません。


2週間ほど前からOTをするとき、決まってMAMAの右後頭部がむず痒くなってポリポリと掻き出します。

健康な方の左手で頭を掻くと、右手に緊張が伝わって促通が出来なくなります。

殆ど同じタイミングで痒くなっていました。


今週に入って、歩きが突然安定しました。


健足の踵で接地して、勢いよく体を前に押し出す事をやっと覚えました。

歩くスピードが速くなりました。

1回40分程度の散歩コースを30分で歩ききる様になりました。


弱い反応が続いたひじから先の腕の動きが、突然強い力で動くようになりました。


手首の上げ下げや、手首の捻りがスムーズになりました。


足の感覚が鋭くなってきて、痺れや痛みを強く感じるようになりました。(結構辛そう)


右後頭部 (少し頭頂寄り) に、脳出血でダメージを受けた左後頭部 (少し頭頂寄り) の機能が移設され始めているのではないでしょうか?

そうに違いありません。


今でも毎週のようにスカイプで交流しているアメリカのMiss.Amberが同じ様な経験をしていると言っていました。

強烈に勉強してそれが定着するときは、必ず頭に違和感を覚えるのだそうです。

彼女はMAMAがアメリカでお菓子を教えていた大学生の一人。

代わりに英語を教わっていました。

とても仲良くつきあっていて、病院にも沢山足を運んでくれていました。

彼女の専攻は『心理学』です。


こんな経験をした事がある方、いらっしゃったら教えてください。

娘の中学校で『親子講演会』が開かれ、行ってきました。

出生時より脳性麻痺という障害を持ちながら、22歳でMr.Handyという芸名のマジシャンとしてデビューし、6年間講演とマジックショーを続けている森裕生さんの舞台でした。


とてもユーモアのある方で、いじめや貧困と言った苦労を笑い飛ばすので、子供達がどう感じたのかは良く解りませんが、とても重みのある内容でした。

さらっと言い放ついじめの経験は、嫌みが無く冗談に聞こえますが、あまり重たく考えないでいじめている人に響いて欲しいと思うほどインパクトがありました。

『朝から晩まで悪口を言われ続けます。根っから明るい僕でも、あそこまで徹底的にやられれば立ち上がれないほど傷つきます。速く楽になりたいと思って、走ってくるトラックに飛び込みました。いえ、気持ちは飛び込んだのですが、手足を速く動かすことが出来ないので間に合いませんでした...ここ笑うところだよ』


マジックを始めて、指先の動きが格段に良くなったそうです。

リハビリという観点からは『諦めずに動かし続けることで、必ず良くなって行く』事への確信を得ることが出来ましたし、この手のヒントを得るために積極的に講演会に参加したのですが、彼が耐え抜いてきた今までの人生と考え無しに彼を傷つけてきた周りの子供達のことが頭を離れませんでした。

子供達が悪いと言うことではなく、教育の事です。


ヨーロッパに住んでいたときに二人の子供達を授かりました。

幸せな弱者なので比べものにはなりませんが、家内は子供を連れた社会的弱者になりました。

ベビーカーを押してバスに乗ったり、買い物をしなければなりません。

バス停でバスを待っていれば、到着したバスから必ず乗客の誰かが降りてきてベビーカーを乗せる手伝いをしてくれる。乗ろうとしていたエレベータが満員でも、必ず何人もの人が代わりに降りて乗せてくれる。

車いす、お年寄り、杖をついた若者...誰もが彼らを当たり前に手伝います。

日本に一時帰国したときにショックを受けたのを覚えています。

デパートでベビーカのーエスカレータ使用を禁じられ(当然ですが)エレベーターを待ちます。到着したエレベータが満員で、誰も助けてくれません。何回も待って待って、やっとあるお年寄りが声をかけて何人かと共に降りてくれたそうです。

電車に乗っているときは、みんな寝たふり。ベビーカーをたたんで立てて、子供もを抱っこしなければならないのに、誰も助けてくれません。お年寄りが乗っていても同じ。

教育の違いだと痛感しました。受験教育の副作用だと。


アメリカも同じく弱者には優しい。

ヨーロッパとは環境が違い、法律がしっかりとしています。

健常者の車が車いす専用駐車場に停めたら、多額の罰金を取られます。


今は、健常者の車でいつも一杯の駐車場に悩まされています。

経営ポリシーがしっかりしている店では、きちんと障害者用に開けてあります。(きちんと管理されている)

そうでない店(殆どがこちら)では、絶対に空いていません。

MAMAはいつも遠いところから歩く羽目になります。


どうしたら皆が幸せに暮らせる社会になるのでしょうか?

国会や県議会に身障者枠をそれなりに設けることからでしょうか?

ヨーロッパのような優しい社会が出来る日は来るでしょうか?

私に何が出来るのか、考えさせられた講演会でした。

今日は通院リハビリの日。

3日間サボったので、PTもSTも絶不調!!


STなんてボロボロ。

弱点をトレーニングするからそう見えるのもあるけれど、退院の時よりも後退してしまった。

家でのトレーニングのポイントがずれていたような感じ。

反省反省。そして修正。


仕事柄、新設計の生産機械の立ち上げを経験することが多いのですが、立ち上がりの時は止まってばかりで全然動きません。

一見すると『最低の機械』に見えてきます。

経験が無いと『こいつは絶対に動かないわ』って思ってしまいます。


でも弱点を見抜いて丁寧に調整と小改造を繰り返してあげると、突然狂ったように動き出して止まらなくなります。

ほんの一部の不具合が、すべてが駄目な物のように見せている。

その不具合の中枢を見抜いて取り去る。

そのあと完璧な調整を施して、立ち上がりの苦労など無かったかのように安定した設備として稼働し続けます。


リハビリも同じだと思うんです。

良くならないような錯覚に陥ることもあるけれど、ほんの一部の問題が目の前にあるだけで、この問題を潰せば必ず前に進む。

それを繰り返してゆけば、苦労など無かったかのように元気な姿に戻るのだと...


諦めずに、冷静に、一つ一つ問題をクリアしてゆくことが、ゴールへの最短ルートだと思うのです。

どの世界も同じって事ですね。


生還者達はこの事実を知っていたのです。

May be

あっという間の3日間が過ぎてしまいました。


明日からまた現実の世界に戻ります。


一緒にプリクラを撮って、クリスマスに遊びに行く約束をして空港まで送ってゆきました。

食べ過ぎて疲れた胃に優しいうどんが最後の昼食でした。


この3日間は結構リハビリをサボってしまったので、明日から頑張るぞ!

あっ、明日は病院の日だ。

一週間が経つのは速いです。


片麻痺からの生還に挑戦 ~川平法密着体験中