今日も暖かい一日でした。


ゆったり散歩を2回愉しみました。

寒い日と比べて格段に動きが良いです。

MAMAの後ろ姿から杖を取ったイメージは、少しゆっくりですが普通の歩き方です。

寒いとコチコチの足が悲鳴を上げています。


上肢の促通も同じ。

寒い日の促通 (川平法) は、なかなか効果が出ません。

でも今日も昨日も絶好調です。

すいすいと動きます。

指はまだまだですが、手首も肘も回転も全部調子が良いです。


春が待ち遠しいです。

リハの効果を毎日感じられることでしょう...maybe


寒いところにばかり住んでいたのに『寒いの嫌いだー!!』

MAMAが倒れたのも真冬だったったし。


あっそれから、低周波。

低周波トレーニングをしているときに『脳が疲れる』と言うようになりました。

出血のあったあたり周辺が特に。


以前は脳に変化はなかったのです。

たぶん刺激が脳まで到達しているのだと思います。

あとは我慢比べでしょう。

いつまでも諦めませんよ。

ずっと寒くて、天気が悪くて、義務感からの散歩かエアロバイクでの代用で過ごしていました。


今日は本当に久しぶりのうきうき散歩でした。

暖かくて、風が無くて、沢山歩きました。

寒いときの歩きと違って、リラックスした良い歩きでした。


お年寄りが沢山散歩してました。

みんな寒くてずっと家で過ごしていたのでしょう。

とても楽しそうでした。

明日も暖かいようで、とても楽しみです。


さて、霧島が大変です。

病院は大丈夫でしょうか?


霧島市内に住む入院仲間のMさんに尋ねたら、今のところ灰は宮崎に流れていて、霧島市は大きな問題は無いのだそうです。

反面、宮崎の方は大変だと思います。

心からお見舞い申し上げます。


口蹄疫も鳥インフルエンザも、今回の噴火も、多大なる被害が出てしまって途方に暮れていらっしゃると思います。

人生最大のピンチかも知れません。

こんな事を書いたら『ふざけるな』と言われてしまいそうですが、一連の出来事で人は一人も死んでいない。

こんな脳天気な発想はおかしいのかも知れません。でも凄いですよね。

状況が反転してぐいぐい上る段階になったら、実は宮崎は強運だったことがわかるでしょう。


私の知る沢山の脳卒中の患者は、例外少なく【前向きな人】が良くなっていきます。

命に感謝して、前に進む事の大切さを教えられたわけです。


生きていれば、全ての問題が終息して良いことが沢山起こる日を直接見ることが出来る。


その日のために頑張るのです。



3週間ぶりにリハビリに行ってきました。

先週も先々週も雪や凍結に道を閉ざされて、行くことが出来ませんでした。

ここも病院も盆地なので、必ず山を越えないと行くことが出来ません。

いつもは最短距離を通っていくのですが、そこはかなりの山道で雪が降ると通行止めになってしまいます。

そのときは高速道路で山の反対側に走って、少しなだらかな山道を通ってアクセスしますが、先週は高速道路さえ通行止めになってしまって...。


今日は天気が良かったので迷わずにGO!

万全を期して高速で遠回りして...。

(帰りは雪が降りましたーーーーー)


PT ランチ OT、STの順番で粛々と進行しました。

いつもいつも思っていることなのですが...。

『なんちゃって川平法』なんです。

PTの先生は霧島で研修したてなので、バッチリ川平法になってて安心できるのですが、後はちょっと。

私は4か月も霧島にいて川平法漬けだったので、いわば川平法留学をしていたようなもの。

見る目が出来てしまっている。


霧島に2か月滞在する学生達の中には、かなり上達して帰る子も何人かいるのですが、プロの方々の研修は1週間か多くて2週間ですから、?なまま帰る人が殆ど。

川平法に魅せられて、全て自費で休みを取って研修に来る人は気合い入っていて、たった一週間でも物にして帰る人が多いのですが、病院が派遣してくる先生達はハングリー精神がなく超受け身。

予習の厚さが全然違うし、現場でもやる気オーラが全く違う。


このブログを見てくださる方の殆どは、脳卒中の患者さんかご家族が闘病されている方だと思うのですが、メディアで川平法を見つけて希望を感じている方々も少なくない。

行動力と時間とお金があれば、霧島リハビリセンターに入院出来るので純正の川平法に出会えるのですが、一般的に簡単ではないですよね。

そのような方々は『川平法やってます』というキャッチが近くに見つかれば、藁をも掴む思いで訪ねるのではないでしょうか?

でもなんちゃって川平法はどう見ても川平法ではなく、促通の定義からも外れていたりして...。

『川平法効果無いじゃん』になってしまう危険大!!


重傷な脳卒中で現れた麻痺は、正しいリハビリを何年も続けて良くするしかないわけで、正しくないリハビリを受けるのは悲劇だし、川平法が疑われる事にもなりかねない。

*** 医学界の常識では、重傷な麻痺は180日を過ぎると治らないことになってます。私は数年頑張って良くなった人に沢山会ったので、その人達の体験談を客観的に聞いて『諦めないで正しくリハビリを続ければ、かなりのところまで回復する』と信じているわけです。従って、このフレーズは私の私見として捉えてください。MAMAも少しずつですが回復を続けていますが、全員がそうなるのかは現時点では不明です。


川平法認定の作業療法士や理学療法士があれば最高でしょうが、せめて患者やその家族が簡単に本物の川平法を知る機会ができれば、身近にある川平法が本物なのか解ると考えます。

患者やその家族の目が肥えてくれば、OTやPTも真剣に勉強するでしょうから一石二鳥。


病院内で夕方行われている研修者向けの川平教授直々の講習会をU-stream等で中継してくれるだけでも、違うのではないかと...。

Twitterで質問も出来るし。

プロがお金を出してDVDを買うのは当然ですが、患者やその家族は川平法の存在に行き着く事すら出来ない人が殆どなので、もっとフリーでわかりやすい情報開示をして欲しいと思います。


かなり内容が偏ってしまいました。

どうしても得意な分野での偏った考察になってしまいます。

ごめんなさい。


まだまだ寒い、雪景色の大分からでした。









今日はあまりに天気が良かったので、家族でドライブに行くことにしました。

しばらく海を見ていなかったので、高速道路に乗って別府に行ってきました。


目的地はとりあえずYOU ME TOWNに設定して出かけました。


別府湾サービスエリアで別府湾一望の絶景を眺めながらお昼を食べたあと、別府駅前の『ホテル雄飛』を車から眺めてYOU ME TOWNで散歩をかねてウインドーショッピング。


1994年に長男を授かりました。

私が中学1年の頃からあこがれていて、遂に夢を実現できなかったラインパイロットという仕事に未練があったのも手伝って、勇ましく飛ぶ意味を込めて『雄飛』と名付けました。

参考にした名前があったわけではありませんでした。


日本初の有人飛行船の名前が雄飛であったことや、所沢の梅月という和菓子屋が『雄飛焼』というまんじゅうを販売していることを後から知りました。

埼玉に住む父が雄飛焼をルクセンブルグに送ってくれたのを覚えています。

インターネットが自由に使える時代ではなかったので、調べるのも一苦労でした。


横浜に住んでいたとき、出張で大分に行きました。

大分空港からバスに乗って大分駅へ向かったとき、別府のバスセンターで乗客を降ろすために止まったバスの窓から見えたのが『ホテル雄飛』でした。

いつかみんなで泊まりに行きたいと思っていたのですが、アメリカへ引っ越したりで実現していませんでした。

というわけで、まず見に行こうとなったわけです。


ホテル雄飛のおかみさん、ブログ見てますよ。

いつか泊まりに行くので、そのときはよろしくお願いします。




今朝中学生の娘を送り出すとき、いつもより暖かく感じられた。

MAMAのお菓子作り用のレーザー温度計で空気の温度を測ると0度だった。

一昨日はマイナス7度だったから、今朝は確かに暖かい。


MAMAの体が良くなるまでと割り切って、MAMAのふるさとである大分県の日田に古民家を借りて住んでいる。

関東から見れば九州は南国。

でも毎日寒い!!関東よりも寒い!!

冷え込んだ日の翌日は、お葬式の案内札が何件も何件も!

(変な事をごめんなさい。でも本当なんです)

MAMAの血管の収縮が心配でならないほど寒い。


ここ日田は盆地で、夏は異常に暑く湿度が高い。

普通に考えれば、反面冬は温暖で過ごしやすい筈だが....寒い。

家が古いのも手伝ってか、私の50年弱の人生経験の中で、体感温度が最も寒い。

ルクセンブルグもオハイオ州も、横浜も...家の中で寒いと感じることはなかった。


結露やカビと戦い、異常に消費量の多い灯油をせっせと買いに行く日々。

どうして昔の日本の家って、高気密高断熱ではなかったんだろう。


欧米では、古い家でも全然寒くないのに。

作り手の都合ばかり優先された家造りだったんだろうなぁ...昔は。


頑張って早く脱出するぞ!! ってな気持ちになってきます。

ハングリーな環境かな?