本日のテーマ

【大きなことも小さな積み重ねから】

 

 

大きな課題に、いきなり取り組もうとしても、すぐに成し遂げられるものではありません。
たとえば高層ビルを建てる場合でも、最初に行うのは基礎づくりや足場づくりといった、地味で小さな工程です。

 

作業を細かく分けていけば、始まりは本当に小さな一歩かもしれません。
しかし、日々できることを一つずつ積み重ねていくことで、やがて高層ビルも完成するのでしょう。

 

1948年、ニューヨークとカナダを結ぶ鉄道橋を架けるという構想が生まれました。
当時、ナイヤガラ川をまたぐ橋が必要とされていましたが、川は急流で、両岸は岩だらけの絶壁。船を浮かべて作業することもできず、橋を架ける方法は皆無に近い状況でした。

 

岩山に囲まれた家

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しかし、この難題を見事に解決したエンジニアがいました。
セオドア・エリオットです。

彼は試行錯誤の末、ある方法を思いつきました。
まず、片方の岸から対岸へケーブルを渡す。
そのケーブルはワイヤーを束ねたもので、人が乗って両岸を行き来しながら工事を進める計画でした。
しかし最大の問題は、「そのケーブルをどうやって対岸へ渡すか」でした。

しばらく考えた末、エリオットはひらめきます。
「近所の子どもたちを集めて、凧揚げ大会を開こう。
そして、凧を対岸まで飛ばせた子には、10ドルの賞金を出そう」

大会には多くの子どもたちが参加しました。
しかし、凧は途中で川に落ちてしまい、なかなか成功しません。
それでも挑戦は続き、ついに11歳の少年が凧を対岸に着陸させることに成功しました。

たった一本の、凧の細い糸が両岸をつないだのです。

エリオットは、その糸に少しずつ太いロープを結び、対岸から引っ張る作業を何度も繰り返しました。
そして最後には、太いケーブルを無事に両岸へ渡すことに成功します。

こうして工事は着実に進み、ついに念願の鉄道橋が完成したのです。

 

どんなに大きなことでも、始まりは小さな取り組みから。
大河の源が、小さな泉であるように。

 

最後に、共和政ローマ期の政治家・哲学者、
マルクス・トゥッリウス・キケロの言葉です。

 

「始まりはすべて小さい」

 

 

本日のテーマ

【望みが叶えられる不思議な体験】

 

 

自分が望んでいたことが実現した――
このような体験は、どなたにも一度はあるのではないでしょうか。

 

私にも、過去にそのような経験がありました。
望んでいたことが叶うのは、とても嬉しいものです。
しかし、望みが叶うこと以上に大切なのは、そこに至るまでの**プロセス(過程)**ではないかと、今は感じています。

 

努力をほとんどせずに望みが叶った場合、最初は大きな喜びがありますが、その喜びは長続きしないことが多いように思います。

 

一方で――
望んでいることに、なかなか手が届かない。
「もっと頑張らなければ」と努力を重ねる。
そうして、ようやく手に入れた望み。

 

この場合、喜びや感謝は深く、そして長く心に残ります。

 

努力によって望みが叶うことは確かにあります。
けれど、わたしは努力だけでは叶えられない望みもあると感じています。

 

ここからは、わたし自身の不思議な体験です。

 

望みを叶えるために努力は大切です。
しかし、それだけでは足りないように思えるのです。
以前もブログに書きましたが、わたしは「自然の法則」を信じています。

例えば、花が咲くのは偶然ではなく、
「種・土・水・光・酸素・気候」などの条件が整った結果です。

 

これと同じように、望みが叶うことも、花が咲くことに例えられるのではないでしょうか。
そこには、必要な条件が整うことが欠かせないのです。

 

仕事において望みを叶えたいと思ったとき、
ただ仕事だけを頑張ればよいわけではない、ということにも気づきました。

 

仕事は自分自身が行いますが、
その自分自身を整えるためには、
家庭、健康、思考、精神の安定、そしてマイナスな習慣の改善などが必要なのです。

 

そうしたことを一つずつ見直し、整えていくと、
不思議なことが起こり始めました。

 

一つ改善すると、一つの望みが叶う。
望んでいる目標について、よく知っている人からヒントを得る。
さらにまた一つ改善すると、また一つの望みが叶う――。

 

本当に、不思議としか言いようのない体験でした。

 

最後に、19世紀の哲学者ジェームス・アレンの言葉を紹介します。

「人間は自分の思いの主です。よって人間は、自分の人格の製作者であり、環境の設計者なのです。私たちは、自分が望んでいるものではなく、自分と同種のものを引き寄せます」

 

自分が変われば、
自分を取り巻く環境も、自然と変わっていくようです。

 

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本日のテーマ

【自然豊かな環境で暮らす】

 

 

以前の取材で分かったことがあります。それは、都心に住む子どもほど視力の低下率が高いという事実でした。
なぜ、都心に住んでいるだけで視力が落ちてしまうのでしょうか。

 

その一因として挙げられていたのが、目の前にビルが立ち並び、遠くの景色を見る機会が極端に減っていることでした。
なるほど、そう言われてみると、遠くの景色や緑を見る機会はほとんどありません。
このとき、都会の便利さの裏に潜むリスクを感じずにはいられませんでした。

 

遠くを見ることは、単に視力の問題だけではなく、精神面にも影響しているように思います。
ゆっくりと、ゆとりを持って遠くの景色や山、緑を眺めることで、心が自然と落ち着くことがあります。

 

本来、人間は大自然に囲まれた環境を求める存在なのかもしれません。
山登りをしたとき、森林や川のせせらぎから感じる清々しさ。
いわゆる「マイナスイオン」と呼ばれるものが、心身を癒してくれているのでしょう。

 

沖縄を訪れるたびに、私は同じことを感じます。
エメラルドグリーンの海を目にすると、日常のあれこれを忘れ、心が深く癒されるのです。
東京から沖縄へ移住した方が、こんな話をしてくれました。
「沖縄に住むようになってから、持病だった高血圧が治りました。でも東京へ行くと再発するんです……」

 

 

その体験談に、私は強く共感しました。
人間の本能は、やはり大自然を求めているのかもしれません。