本日のテーマ

動機づけ】

 

 

人にやる気を起こしてもらいたいときや、行動する意欲を持ってもらいたいとき、「動機づけ」が大切になります。

 

動機づけとは、行動を始めるきっかけとなり、その行動を目標に向かって維持し、調整していく働きのことです。

 

私自身、若い頃に「動機づけ」によって、気持ちが大きく変わった経験があります。

20代の頃、私は営業の仕事をしていました。

思うように成果が出ず、壁にぶつかり、気持ちが落ち込んでいた時期がありました。

そのとき、上司から教えてもらったのが、

「プラスに考えること」

でした。

 

物事の捉え方を変えることで、それまで行き詰まって見えていたものが、違って見えるようになりました。

目の前が急に明るくなったような気がして、

「もう一度やってみよう」

という気持ちが湧いてきたのを覚えています。

私にとって、その上司の教えが、大きな「動機づけ」になったのです。

人は、何かのきっかけによって、

「やってみたい」
「自分にもできるかもしれない」
「もう一度挑戦してみよう」

と思えることがあります。

 

そこからやる気が生まれ、行動が始まり、思いもしなかった道が開けることもあります。

これからの時代、子どもや若い人たちを育てていくうえでも、この「動機づけ」はますます大切になるのではないでしょうか。

 

『座右の銘』の中には、動機づけについて、興味深い説明があります。

人は、何もかも満たされている状態では、なかなか欲求が生まれません。

のどが渇いたからこそ、水を飲みたいと思います。

しかし、いくら水が欲しくても、どこまで行っても水がないと分かっていれば、やがて探そうとする気力まで失ってしまいます。

人生における動機づけも、これと似ています。

「何のために生きるのか」
「何のためにこれをやるのか」

という目的が見えなければ、人はなかなか意欲的に動くことができません。

反対に、あまりにも遠く、大きすぎる目標だけを示されても、

「自分には無理だ」

と思ってしまうことがあります。

 

ここに、動機づけの大切なポイントがあるように思います。

人が動き出すためには、

「やる意味が分かること」と、「自分にもできそうだと思えること」

の両方が必要なのです。

 

ただ、

「頑張れ」
「もっとやりなさい」
「努力しなさい」

と言うだけでは、人はなかなか動きません。

 

その人が、

「なぜ、これをするのか」

を理解し、

「ここまでなら、自分にもできそうだ」

と思える目標が見えたとき、初めて自分から一歩を踏み出すことができます。

そして、小さな目標を達成すると、

「できた」

という実感が生まれます。

 

その実感が、次のやる気につながります。

つまり、良い動機づけとは、無理やり人を動かすことではなく、

その人自身が「やってみよう」と思える理由や目標を見つける手助けをすること

なのではないでしょうか。

 

人は、一人ひとり違います。

何に喜びを感じるのか。
何を目指しているのか。
何を不安に思っているのか。
どのくらいの目標なら挑戦してみようと思えるのか。

 

それぞれ違います。

だからこそ、やる気を引き出すためには、その人に合った動機づけが必要なのです。

特に、これからを担う子どもや若い人たちには、

「これをやりなさい」

と答えを与えるだけではなく、

「なぜ、それをするのか」
「それによって、どんな未来につながるのか」

を一緒に考えてあげることが大切ではないでしょうか。

 

人を動かすのは命令ではなく、その人の心の中に生まれた「やってみたい」という気持ちです。

 

砂浜でジャンプしている人

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その気持ちが生まれるような、良い動機づけを考えていきたいものです。

 

 

本日のテーマ

根回しは段取り】

 

 

交渉事や新しい提案をするとき、多くの人に理解し、賛同してもらうためには、それなりの準備が必要です。

 

その一つが、「根回し」です。

根回しとは、

「交渉や会議などで、事をうまく運ぶために、あらかじめ手を打っておくこと。下工作。」
(大辞泉)

という意味です。

 

「根回し」というと、どこか裏で話をつけておくような印象を持つ人もいるかもしれません。

しかし、本来の目的は、物事をより良い方向へ進めるための「事前の準備」にあります。

この根回しの大切さは、古くから説かれてきました。


武士の心得を記した『葉隠(はがくれ)』にも、次のような趣旨の教えがあります。

――『葉隠』より

 

「相談事がある場合は、まずだれか然るべき者一人に打ち合わせておき、それから関係者を集めてその場で決めることである。また特に大事な相談事は、密かに、無関係な者や世を捨てた人から意見を聞いておくとよい。こういう人たちは利害関係が無いから、よく筋道がわかるのである。仲間うちだけで相談すると、自分たちの都合の良い意見だけが出てくるものだ。これではその後に役立たない」

 

ここで大切なのは、単に事前に賛成を取りつけることではありません。

あらかじめ人の意見を聞き、問題点を探り、異なる立場から考え、関係者が納得できるよう準備をしておく。

そうすることで、話し合いはスムーズになり、より良い結論にもつながっていきます。

 

つまり、根回しとは「段取り」なのです。

何かを成し遂げようとするとき、
いきなり本番に臨むのではなく、その前にどれだけ準備ができているか。

誰に相談しておくべきか。
どんな反対意見が出るのか。
何を説明すれば理解してもらえるのか。
どんな順序で進めればよいのか。

そこまで考えておくことが、根回しです。

 

良い結果は、本番だけで決まるのではありません。
その前の「段取り」で、すでに大きく決まっているのです。

 

根回しは段取り。

物事をうまく進めたいときほど、関係者に話をする前の準備を大切にしたいものです。

 

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本日のテーマ

信じることで、惑わされることもある】

 

 

人生は、「何を信じるか」によって、生き方や価値観が大きく変わることがあります。

例えば、宗教です。

 

信仰を持つ人と、宗教を信じない人とでは、どちらが正しいということではありませんが、物事の見方や人生に対する考え方に違いが生まれることがあります。

 

死後の世界はない。

死後には天国と地獄がある。

人は死後、再び生まれ変わる。

さまざまな考え方があります。

 

見方を変えれば、それぞれが何らかの考えを「正しい」と受け入れて生きているとも言えるでしょう。

 

「死んだらすべて終わりだ」と考える人。

「天国や地獄がある」と信じる人。

「生まれ変わりがある」と信じる人。

 

しかし、そこで一度考えてみたいのです。

自分が信じていることが、本当に正しいと、誰が証明できるのでしょうか。

信じることそのものが悪いわけではありません。

 

信じるものがあることで、心の支えを得たり、より良く生きる力を得たりすることもあります。

しかしその一方で、

「信じているから間違いない」

と思い込んでしまうと、かえって物事の本質が見えなくなることもあるのではないでしょうか。

 

スリランカ上座仏教の長老、アルボムッレ・スマナサーラ氏は、著書『結局は自分のことを何も知らない』の中で、「どの意見が正しいかわからない」ということについて、興味深い指摘をしています。

 

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宗教の世界を見渡すと、

苦行をする人、
断食をする人、
滝行をする人、
山岳修行をする人、
座禅を勧める人、
ヨーガを勧める人など、

さまざまな教えや修行があります。

 

食べ物についても、

「豚肉を食べてはいけない」
「牛肉を食べてはいけない」
「肉や魚を食べてはいけない」

など、宗教や文化によって教えは大きく異なります。

 

服装や生活習慣についても同じです。

ある教えでは正しいとされることが、別の教えでは正しくないとされる。

それぞれが真剣に信じているにもかかわらず、その内容がお互いに矛盾していることがあります。

 

そこでスマナサーラ氏は、

「では、どの意見が本当に正しいのか」

と問いかけます。

また、

「人は死んだらそれで終わりだ」

という考えについても、

「では、それをどうして知ることができたのか」

と疑問を投げかけています。

そして最終的に、

「私はどう生きればよいのか」と他人に答えを求めても、必ずしも納得できる答えが得られるとは限らない。

 

という趣旨のことを述べています。

私は、この指摘はとても大切だと思います。

 

私たちは、ともすると、

有名な人が言ったから。
昔から言われているから。
多くの人が信じているから。
本に書いてあるから。
専門家が言っているから。

という理由だけで、それを「正しい」と思ってしまうことがあります。

 

しかし、

信じられていることと、正しいことは、必ずしも同じではありません

信じることによって救われることもあります。

しかし、信じることによって惑わされることもあります。

だからこそ大切なのは、何かを無条件に信じることではなく、

「本当にそうなのだろうか」

と、自分自身で考える姿勢を持つことではないでしょうか。

 

私は、「何を信じるか」と同時に、

「その考えを信じることで、自分はどのような人間になっていくのか」

ということも大切だと思います。

 

人を憎むようになる教えなのか。

人を排除するようになる教えなのか。

不安や恐怖ばかりを強くする教えなのか。

 

それとも、

人を大切にできるようになるのか。

感謝できるようになるのか。

前向きに生きられるようになるのか。

自分自身を成長させることができるのか。

 

信じるものによって、その人の生き方は変わっていきます。

だからこそ、

何を信じるかは、どう生きるかを選ぶことでもある。

 

そう考えると、簡単に人の言葉を信じ込むのではなく、自分の頭で考え、自分の人生で確かめながら、本当に大切だと思えるものを選んでいきたいものです。

 

より充実した人生を歩むためにも、

自分を前向きにし、
人を大切にし、
より良い生き方へ導いてくれるものを、

私は信じていきたいと思います。