本日のテーマ

何度でも起き上がるために必要なもの】

 

 

人生の苦難を乗り越えるためには、
 壁にぶつかる…
 挫折する…
その度に起き上がることが必要です。

 

ことわざにも、
「七転び八起き」

があります。
(七度転んで八度起き上がる意から、多くの失敗にもめげず、そのたびに奮起して立ち直ること)

 

また、孔子のこんな言葉があります。
「最大の名誉はけっして倒れないことではない。倒れるたびに起きあがることである」
 

 

2007年の新春ドラマで『白虎隊』が放映されましたが、主役である山下智久さん演じる酒井峰治(さいか・みねじ)が自刃しそうになったとき、飼い犬のクマに助けられます。
そのとき持っていた“起き上がり小法師(おきあがりこぼし)“が、転がり、起き上がることに勇気づけられました。


我が家の居間に飾ってある“起き上がり小法師”…

 

 

“起き上がり小法師”は、福島県会津地方に古くから伝わる縁起物・郷土玩具で、下に錘(おもり)があり、転んでもまた起き上がるようになっていて、昔より人々に“諦めてはいけない”と勇気づけてきました。

 

起き上がり小法師は錘がついていますが、私たち人間の錘は何なのでしょう?
倒れても、倒れても、また起き上がるためには強い精神が必要です。
その“起き上がるための精神”にも錘が必要です。精神の強さとは、「信念」や「守りたいもの」からくると、わたしは思っています。

 

哲学者の中村天風氏は信念についてこのように述べています。


「信念というのは、人間心の中に誰もが持っている、ああなりたいという心、願望しているもの、それを現実の形にしてくれるための原動力となるものだ」

 

 

人によって起き上がるための錘とは、

 信念…

 夢や希望…

 愛する人…

になるのかもしれません。

 

わたしの錘は、

「自分が目指す人生の目的を成し遂げるという信念」

です。

 

 

 

 

本日のテーマ

“無知”は“愚か”のはじまり】

 

 

人の言葉で、
 なるほど!
 その通りだ!
と瞬間にそう思える言葉があります。

そんなとき、とても説得力を感じるのです。

 

釈迦の言葉には、説得力ある言葉がたくさんありますが、その中でわたしが説得力を感じた言葉です。

 

「愚かな者たちが知っている智恵はすべて自己破壊になるのだ」
(知識や財産、名誉を追究するより先に、まず人格者になりなさいという意味)

 

 

人生では、自己破壊こそ避けたいものです。
間違った智恵は不幸を招くということです。

 

愚か者の智恵とは、自分が愚かだということを知らず、その器で智恵を使おうとすること。

 

では、なぜ愚か者になるか?

それは、“愚かさが自分にもたらす悪影響”を知っていないからでしょう。
「知らないことが愚か」という言い方もできるのかもしれません。

 

「無知は損をする」
ココには、そんな法則が成り立つような気がします。

 

「無知であれば、それなりの事しかできない…」
そんなことを言われているようにも思います。

 

きっと、“人は自分の知っている範囲”で物事を、

 見る…

 判断する…

 選ぶ…

ことしかができないのでしょう。

 

釈迦の言葉は、“自分の人生を充実させるために学ぶことの必要性”を強く感じます。

学ぶことで、
 愚かであれば、それに気づく…
 無知であれば、それに気づく…

を心がけたいものです。

 

人生で大切なことをしっかり知っていたいものです。

例えば、「幸せ」とか「愛」についてです。

 

「幸せというものが何かを知らない人は、幸せが近くにあっても気づかない、いつまで経っても幸せになれない…」

 

「愛というものを何かを知らない人は、愛されていることや、愛し方、愛の大切さを知らず人生を送ることになる…」

 

そんな意味にも通ずるのかもしれません。

 

 

 

本日のテーマ

人から必要とされる人間になりたい】

 

 

わたしの心に残る感動の言葉があります。


東日本大震災の被災地に元天皇皇后両陛下(現在の上皇上皇后両陛下)が慰問されたときのことです。
被災者の前にひざまずき、

「生きていてくれてありがとう」

とお声をおかけになりました。


両陛下の国民を心の底から想い憂えている言動に感動しました。
その言葉はまるで、

「あなたは日本の国民として必要な方です」

と言って下さっているようにも聞こえました。


被災者の中には、その両陛下の言動に

「本当に助かってよかった。日本の国民でよかった…」

という気持ちになり、心の支えになった人もいたそうです。

 

この例のように、自分が人から必要とされていることは心の支えになるものです。

人から必要とされることは、わたしにとってとても嬉しいことです。
それが“わたしが生きている証になる”と思うからです。

 

家庭や仕事、サークル活動などで、

あなたがいたから、
 助かった…
 楽しかった…
 元気が出た…
 励みになった…
 やる気が出た…
 救われた…

 

人からこんなことを言ってもらえると嬉しいですね。
自分も誰かから必要とされている、頼りにされていることを実感したとき、生きる意義を感じます。

 

南カリフォルニア大学教授のレオ・バスカリア氏は人生へのチャレンジ精神や愛の奇跡を力強く説いています。彼の著書『愛するということ 愛されるということ』(三笠書房)の中に「人から必要とされることの大切さ」が記述されています。

ここでみなさんにすばらしい寓話をご紹介しましょう。


少女がひとり、野原を散歩していました。

ふと見ると、一匹の蝶がいばらの棘(とげ)にとらわれています。

少女が助けてやると、蝶はどこかへ飛んでいきました。
しばらくしてもどってきた蝶は、美しい妖精に姿をかえると、少女に向かってこういったのです。
「助けてくださってありがとう。お礼に、あなたの望みをかなえてさしあげましょう」
少女はいいました。
「幸せになりたいわ」
妖精は身をかがめて少女の耳に何かささやくと、ぱっと消えてしまいました。
やがて少女は国中のだれより幸せな娘になりました。

まわりの人たちはいいました。
「幸せの秘密は何ですか?」
そのたびに娘は、「妖精に教えてもらったのよ」とほほ笑むだけでした。
娘はだんだん歳をとり、やがて素敵なおばあさんになりました。

みんなはこのすばらしい秘密がおばあさんとともに消えてしまうのではないかと気が気ではありません。
「どうか教えてください。妖精は何といったのですか?」
するとおばあさんはほほ笑みながらこういったのです。
「『どんなに心安らかに暮らしているように見えても、みんながあなたを必要とするでしょう』と妖精はいったのですよ」

 


この寓話の作者は人から必要とされることが生き方を形成すると言いたかったのではないでしょうか。


 

 

わたしも幸せになるために、人から必要とされる人間を目指します。