本日のテーマ

生きている事をしっかり意識したい】

 

 

人は、死を目前にしたとき、自分の人生を振り返ると言います。

「あのとき、こうしておけばよかった」
「もっと、こんな生き方をすればよかった」

そんな後悔が心に浮かぶこともあるのでしょう。

 

では、このことを、死を迎えるときではなく、今の自分に当てはめて考えてみたらどうでしょうか。

人は誰でも、できることなら後悔のない人生を歩みたいと願っているのではないでしょうか。

 

緩和医療専門医・大津秀一氏の著書『死ぬときに後悔すること25』の中に、

「感情に振り回された一生を過ごした」

という話があります。

 

この章を読んで、私は改めて、

「生きているということを、もっとしっかり意識しなければならない」

と思いました。

 

そこに登場する女性は、人生の最期を迎え、自分の過去を振り返ります。

 

雲の間から見える海

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なぜ、あんなに泣いたのだろう。
なぜ、あんなに怒ったのだろう。
なぜ、人を恨んだり、うらやんだりしたのだろう。

死を目前にした今から考えれば、それほど心を乱すようなことではなかった。

誰もがいつか死を迎える。
最後は、みんな同じところへ行く。

そのことが分かっていたなら、もっと穏やかに、冷静に生きられたのではないか――。

そんな思いが語られています。

 

私は、この女性の言葉の中に、とても大切な人生のヒントがあるように思いました。

私たちは日々、さまざまなことで悩みます。

腹を立てたり、
人の言葉に傷ついたり、
失敗をいつまでも引きずったり、
将来を心配したりします。

そのときは、とても大きな問題に感じます。

しかし、自分の「死」というものを基準にして考えてみると、その見え方が少し変わってくるかもしれません。

 

例えば、自分にとっての人生の重大事を、数字で表してみます。

「自分の死に直面すること」を10としたら、今、自分を苦しめている出来事はいくつだろう。

8でしょうか。
5でしょうか。
それとも、2や3なのかもしれません。

 

もちろん、人の苦しみは簡単に数字で測れるものではありません。

しかし、こうして一度大きな視点から眺めてみると、

「そこまで悩み続けることなのだろうか」
「まだ方法はあるのではないか」
「乗り越えることができるのではないか」

と、少し違った捉え方ができることがあります。

 

私たちは、目の前の出来事に心を奪われると、それが人生のすべてのように感じてしまいます。

しかし、人生全体から見れば、それは長い人生の中の一つの出来事にすぎないこともあります。

そして何より大切なのは、

今、自分は生きている。

ということです。

 

怒ることができるのも、
悩むことができるのも、
失敗することができるのも、
やり直すことができるのも、

生きているからです。

 

そう考えると、もっともっと、今、生かされていることへの感謝を意識しなければならないと感じます。

死について考えることは、決して暗いことではありません。

むしろ、

「限りある人生を、これからどう生きるか」

を考えることなのだと思います。

 

いつかではなく、今。

自分が生きているということを、しっかり意識して、一日一日を大切に歩んでいきたいものです。

 

自分の死を考えることは、今をどう生きるかを考えること。

そこに、よりよく生きるための大切なヒントがあるのではないでしょうか。

 

 

本日のテーマ

正しい日本語】

 

 

あなたは、正しい日本語を使っていますか?

 

そう聞かれたとき、自信を持って「はい」と答えられる人は、どれくらいいるでしょうか。

 

私も正直なところ、胸を張って「はい」とは言えません。

 

前回に続き、作家・緑川真沙夫(みどりかわ まさお)先生の教養講座『正しい日本語』から、ご紹介したいと思います。

 

今回のテーマは、<わ抜け言葉>です。

「あの映画、観た?」

「観たよ」

「面白かった?」

「面白かったよ」

「それじゃ、僕も観ようかな」

「男が観てもつまらないよ」

これが男女の会話だということは、最後まで読まなければ分かりません。

緑川先生によれば、かつては女性が、

「観たわよ」
「よかったわよ」

というように、語尾に「わ」を使うことが多く、その言葉づかいから話し手が女性だと自然に分かったそうです。

ところが、いつの頃からか、

「観たわよ、よかったわよ」

が、

「観たよ、よかったよ」

へと変わり、男女の言葉づかいの違いも少なくなってきました。

 

確かに、言葉は時代とともに変化します。

昔は当たり前だった言葉づかいが使われなくなったり、逆に、かつては考えられなかった表現が普通に使われるようになったりします。

男女平等という考え方や、価値観、生活様式の変化なども、言葉に影響しているのかもしれません。

 

ただ、男女の言葉づかいの違い以上に、私が大切だと思うことがあります。

それは、品のある言葉を使うことです。

 

乱暴な言葉、相手を傷つける言葉、ぞんざいな言葉を何気なく使っていると、それはいつしか、その人自身の印象にもつながっていきます。

 

言葉づかいには、その人の考え方や人柄が表れます。

言葉は、その人のプロフィールの一部でもあるのです。

だからこそ、自分がどんな言葉を使っているのか、ときどき振り返ってみたいものです。

相手を大切にし、自分自身の品格も伝わる。

 

そんな言葉づかいを心掛けたいと思います。

う。

 

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本日のテーマ

真のリーダー】

 

 

混乱の時代を切り抜けていくためには、器量のあるリーダーの存在が必要です。

 

器量とは……

ある事をするのにふさわしい能力や人徳。(大辞泉より)

 

皆さんには、理想とする「真のリーダー」と思える人物がいますか?

 

私の尊敬する人物の一人に、“西郷隆盛”がいます。

 

男性の白黒写真

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特に惹かれるのは、その“誠実なリーダー像”です。

 

私の好きな西郷隆盛の言葉です。

「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己を尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」

 

人のせいにするのではなく、自分自身が誠を尽くしているかを問い続ける。

この言葉に、とても大きな器量を感じます。

 

また、『南洲翁遺訓 第四条』では、西郷隆盛の真のリーダーぶりについて触れています。

「万民の上に立つ者は、おのれを慎み、品行を正しくし、贅沢を戒め、倹約に務め、職務に努力して、人民の見本とならねばならない。そして民衆がその働きぶりを見て、『気の毒だなあ』と思うようでなければならない。ところが、新しい政府が立ったばかりだというのに、立派な家を造り、贅沢な着物を着て、美人の妾を囲い、自分の財産ばかりを殖やそうとはげんでいる者が多い。これでは本当の維新の効果はあげられないだろう」

 

人の上に立つ者の、大事な心構えだと思いました。

特に印象に残った言葉は、

「人民の見本とならねばならない」

でした。

 

人の上に立つリーダーは、言葉で人を動かすだけではなく、まず自らが行動し、その姿をもって見本を示す。

 

それが、人の上に立つ者に求められる器量であり、真のリーダーの姿なのではないでしょうか。