キカラスウリ
キカラスウリの紡錘形の実が、黄色く色づいて、
裸となった枝から垂れ下がっているのを確認できる
季節となってきた。
その数、昨年は数個であったが、今年は十数個と
大量に増えていたこのキカラスウリ、赤く色づくカラスウリより
やや大きな実をつけ、夏の頃、カラスウリとよく似た糸状に広がった
先端を持つユニークな形の真っ白く美しい花を咲かせる。
この白い花を鑑賞できる時間は短く、通常は日が沈む頃から咲き始め、
翌日にはしぼんでしまう一日花で、今年は柿の木の高い位置で
一輪咲いているのを見かけたが、こんなに多くの実が
結実していたことは知らなかった。
小学生の頃、通学路で良く見かけたカラスウリの赤い実、
最近の再開発であまりその姿を見ることが少なくなったが、
ここ数年我が家では黄色く色づいたキカラスウリが
冬の到来を知らせてくれる。
野鳥のために残しておいた柿の実を、ムクドリが見つけ
ついばんでいた。
上流の護岸工事の影響で小魚が減った事が原因か
今年はまだ野川でシラサギやカワウの姿は見かけないが、
過去最高のアユの遡上を確認し、魚影が濃くなった
二子玉川上流の多摩川には
既に沢山のシラサギ、カワウが集まっている。
『別離』(英題:Nader and Simin, A Separation)
この作品はクルアーンを神の言葉と信じて、日々の生活を
クルアーンの言葉に基づいて生きている敬虔なイスラム教信徒の
一児の母と、失業中で自暴自棄になっているその夫。
認知症を患っている父の介護に振り回され、精神的余裕を失っている男、
自由を渇望するあまりこの男に離婚をせまっている妻と、11歳になる長女を
代弁者として、イスラム教国イランに固有の社会問題そして、
地域に限定されない普遍的な“家族”の問題を問いかけている。
テヘランで中流階級の家族として生活しているナデルとシミンの
夫婦と11歳になる娘のテルメー。
娘の将来を考慮し、宗教的戒律の厳しいこの国を家族で脱出し、
海外で暮らすことに人生の軸足を移し、その為の手続きも
済ませた妻のシミンにナデルは認知症の父の介護を絶対的
理由としてこの妻の提案に反対し、結果として妻から離婚を
迫られている。
この離婚訴訟を巡っていったん実家に戻ってしまったシミンの
替りとして、父親の日中の介護を目的に、敬虔なイスラム教徒で
貧困層に属し、夫が失業中で自ら生活費を稼がざる負えない
まだ幼い子を抱えたラジエーを雇う。
おなかに次の子供を宿していたラジエー。
認知症のため、自分の行動を律せない父親。
愛する父と母の板挟みとなる寡黙な女子中学生のテルメーが
流す涙。
裁判制度も異なり、罪に対する罰則が格段に厳しいイラン。
自己の利益より神への忠誠を優先する強い信仰を持つ人間。
家族の為、自己の保身のために嘘をつく人間。
選択と別離は表裏一体であり、
この作品では“罪を認め、悔い改める”表現は
敢えて切り取られている。









