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「少年は残酷な弓を射る」(We Need to Talk About Kevin)

子供を産み、育てる事、

それは母にとって自分自身の分身である子供との対話であり、

言葉を話せない幼児とのコミュニケーションは、

母親の内面を、例え理解できなくても言葉、表情、体の動きで

幼児に伝え、母に依存するしか生きるすべのない幼児は

敏感にそして必死に母親のメッセージを読み取ろうとする。


世界を飛び回り、ジャーナリストとして自由な生活を謳歌してきた

女性。その女性がたまた出会った男性と結婚し、子供を産む。

育児に慣れない女性は、いつまでも泣き続け、睡眠を含め

全ての自由を生まれた子供に奪われたと感じ、

本心では無いにしても、心の裡に芽生えた子供を“厄介”に

思う心を増殖させ、この母親の心を敏感に感じた幼児は

いつしか母親に心を開くことを拒否し、周囲を戸惑わせ、

母親を傷つける行為によって、自己の存在を母親に

認めてもらうような生き方を選ぶようになる。


それにしても、なんと無慈悲で残酷な世界であろうか。

主演のティルダ・スウィントンは問題児として成長してきた

息子の過去、現在に重大な影響を与えた母親の役を、

他者からの支援がなく追い詰められた、被害者であり、

加害者である孤立無援の孤独な女性として

笑いの殆ど無い“怯えた”表情で完璧に演じ、

息子役の美少年“ケヴィンを演じたエズラ・ミラーも

その内面を決して見せることのない疎外された青年を

快演していた。


途中から製作総指揮に参加したスティーブン・ソダーバーグ監督の

嗜好が加味された、リン・ラムジー監督の手による2011年の英・米

合作作品である本作は、育児の問題を自分だけで解決しようとして、

結果的に子供をスポイルしてしまった母親の姿を誇張して描くことで、

世代を超えて家族の一員、社会の一員として子供を育てようとする

スペインやラテン系の国とは異なり、独立した個々人の生活を規範とし、

早くから自立を求められる英国を筆頭とする家族制度に内在する問題にも

意見を提示しているように感じた。



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Rompecabezas(「幸せパズル」)

スペイン語でジグソーパズルを意味するRompecabezas

原題とする2010年のアルゼンチン・仏合作映画

「幸せパズル」は、脚本・監督を務めるナタリー・スミルノフと

主婦マリアを演じるマリア・オネットの息がぴったりあった、

男性の目からみて主婦の鑑のような、料理・家事に長けた、

二人の青年の母である専業主婦の心の解放、

“抑圧”された日常からの反乱の物語である。



料理のシーンから始まる本作、

自分の50歳の誕生日にも拘らず、柔らかいパンを美味しく食べて

もらうために早くから小麦粉を捏ね、4時間以上生地を寝かせて

パンを焼き、こんがりと焼けたローストチキンを切り分け、様々な料理を

準備し、誕生日ケーキのデコレーションも全て自分ひとりでやり遂げ、

お祝いにかけつけた沢山の来客を自ら持てなす主婦マリア。



追加で注文されたサラミの皿を誤って落としたマリアが

割れた皿の破片をあつめてもとの姿に復元する作業が、

この映画の現題となっているジグソーパズルに対する、

マリアの潜在能力を暗示する。



夫そして社会人、大学生の成長した息子達は、

自分たちの世話をする事を生活の中心としている

妻そして母としての行為を当然のように思い、

格段の感謝の心を示す事は無い。



そして誕生日プレゼントとしてもらったジグソーパズルが

マリアの日々を一転させていく。



ブエノスアイレスの中流家庭を舞台する本作、

マリアの自分の心に忠実な行動に

ラテンの血を色濃く感じた。



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「ベルフラワー」(Bellflower)


思い切ってダークに色づけした黄色い“フィルター”で映像を濁らせ、

白と黒のコントラストを強くし、粒子を荒くしたかのような印象を持たせる

仕上げを随所に取り込むことで、世紀末的不安感を強調させた

映画「ベルフラワー」。

超低予算で制作を開始し、たちまち底をついた資金をカバー

するためスタッフ全員が借金をしてまでどうしても完成さたかった

という、関係者全員の思いが映像を通して伝わってくる

“インディーズ”の熱い作品。


本作の土台は監督の体験に基づいた“失恋”の痛手であり、

恋愛映画であるが、

定職を持たないドロップアウトした男たちの友情、

ホットロッドの権化のような、車の後部に垂直に立てた逆L字型の

排気塔を持つモンスターカー“メドゥーサ”のクールな姿、

そして軍放出部品を寄せ集めてスタッフが作り上げた

手作りの火炎放射機がその強力な火力でターゲットを

焼き払う姿などを散りばめた、

実に若々しくインディーズならではのインプロヴィゼーションの精神に

満ち溢れた作品として仕上げられている。


倫理観にとらわれない自由な女性ミリーに恋をした“純朴”な青年

ウッドロー、ミリーとウッドローは二人だけの束の間の蜜月を過ごすが、

一対一の関係に囚われないミリーは本能のままにウッドローを裏切る

行為を働き、心が傷つき裏切られたと感じたウッドローはこの復讐に

過激な行動に走る。


監督・脚本・製作・編集・主演を務めたエバン・クローデルが

どうしても映画化したかったという本作は、

自己責任で厳しい決断を迫られる現実の社会、

これとは正反対の楽しく心膨らむ夢のような空想の世界が

虚実一体なって駆け巡る、自分自身の心の葛藤を

“映像”という極めて自由な手段を駆使して表現した作品。




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