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「ポエトリー アグネスの詩」

」(し=詩)は、「詩の概念は映画と似ている.

言葉と沈黙とで構成される詩は、余白がなくては成立

しない。言葉は多くないが、心理を語ろうとしている」と語る

イ・チャンドン監督が、韓国で実際に起きた集団暴行事件を

題材として、同級生の女子学生に対する集団暴行に加担した

男子中学生を、女手ひとつで育てている祖母の心に芽生えた

「詩」を書こうとする真摯で純粋な心と、孫の行動が原因で死に

追いやられた少女とその家族に対する哀悼の思いを描いた

2010年の韓国映画「ポエトリー アグネスの詩」は、

観る者の想像力に訴える、余韻に富んだ“余白”で

満たされている。


キリスト教系養護施設に父親の手で預けられた少女が

常に心の希望としていた、「いつか必ず父親が

迎えにきてくれる」との思いが永遠に達成されることは

ないと自分に納得させる哀切な心の過程を描いた

「冬の小鳥」の制作に関与したイ・チャンドン監督の

作品には、キリスト教の“救済”の概念が根底に

あるように思う。


日本の原風景によく似た、川の流れ、葉鶏頭の赤、

満々と水を湛えたダム。


初期のアルツハイマーを患っているとされる祖母のミジャを演じた

のが、16年ぶりの映画出演というユン・ジョンヒ。


“恥”、“村“、決して豊かでは無い生活の中で心のバランスを

とるためミジャは「詩」を書く決心をする。



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「J・エドガー」(J. Edgar)


道徳が衰退し

善きものが手をこまねく時

悪が栄える。



すべての国民は知るべき、

悪は家庭を脅かす

子供たちを。



過去から学ぼうとしない

無関心な社会は破滅する。



決して歴史を忘れるな。



父親たちの星条旗 』・『硫黄島からの手紙 』の二部作で

米国、日本のそれぞれの国民の視点から、国・為政者が生み出した

悲劇の“歴史”を再考したクリント・イーストウッド監督が、

レオナルド・デカプリオの演技者としての力量を前面に押し出して

制作した本作「エドガー」は、長官として48年間FBIに君臨した

J・エドガー・フーバーの個人史の形で、FBI長官として米国を脅かす内なる敵、

外なる敵と戦い、米国の治安を守ることにその生涯をささげたひとりの男の

孤独ともいえる内なる魂に焦点を絞り、多くの資料が廃棄され、

謎に満ちているJ・エドガー・フーバーの個人像をあぶりだしている。



人種差別主義者であるフーバーが、ノーベル平和賞を受賞した

キング牧師に対して誹謗・中傷する姿は醜悪で、

比較的最近の作品「グラン・トリノ」そして「父親たちの星条旗」で

感じたクリント・イーストウッドの人種差別を憎む反人種差別主義的

スタンスを強く感じた。



敬愛する母が死去するまで共に住み、生涯妻を娶ることが無く、

同じく一生独身を通しフーバーの右腕として共に仕事をした

クライド・トルソンとの関係、そして母親の死の直後

母親の衣装を身にまとうフーバー、

大統領に対する盗聴を繰り返し、FBI長官として多くの極秘事項を

個人のものとすることで、隠然たる力を持ち続けていた

“弱者”としてのフーバーが米国の歴史の一コマとして

描かれていた。



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縹色(はなだいろ)

以前書いたが職場の共有プリンターには

それぞれ色にちなんだ愛称が付けられており、

新しく入れ替えられたプリンターは“はなだいろ”と

命名されていた。


この“はなだいろ”あまりなじみの無い色名であり、

調べてみると、JISでは C:70% M:20% Y:0% K:30%

規定されるくすんだ赤みの藍色であり、

漢字では縹色(花田色)と書かれる。


花田色の“花”はツユクサを意味しているようで、

ツユクサの花色を思わせるはなだいろは

昔から藍染の色として着物業界では

使われてきているとのこと。


縹と同意義とされる漂から連想されるように

アントシアニンの金属錯体であるツユクサの染色能力は

はかないが、同じく金属錯体であるフタロシアニンブルーは

堅牢かつ頑強でいつまでも色あせしない藍色顔料としての

トップの地位を保っている


浅葱と違って黄色味が全くないくすんだ赤味の藍色の

はなだいろは日本の伝統を感じさせる

落ち着いた色である。




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