「無言歌」(夾辺溝/THE DITCH)
中国人のワン・ビン監督が、中華人民共和国の資金を一切使用せず、
主にフランス・ベルギーの出資で制作された「無言歌」は、
1950年代中頃に毛沢東が行った、”右派“粛清の、非人間的施策を
映画化した作品で、監督自らが
「自分の作品はとてもパーソナルな作品で、
観客の好みを考えずに撮っているので、
たくさんの人が観に来てくれて感謝しています」
と言うように、衝撃的で正視に堪えないシーンを敢えて
そのまま映像化した、虚飾を取り去った作品として仕上げられている。
1950年代中頃、時の権力者毛沢東は共産党に対する批判を
歓迎する提案を行い、この言葉から実際に共産党批判を行った
文化人を含む国民は“右派”として、草木も生えず、食料の調達は
困難を極める、辺境のゴビ砂漠の地中に設営された収容時に
強制的に収監された。
過酷な労働、すさまじい飢餓に日々直面している収容者達、
方や衣食住が満たされた監視人達。
見渡す限り,遺体に土を持っただけの土饅頭が続く
固く凍った大地、砂嵐の砂漠。.
隠された施政者の蛮行がまたひとつ掘り起こされる。
三重スパイ
2010年に89歳で亡くなったエリック・ロメール監督が、
大恐慌後の1930年代、左派・右派入り乱れ、人民戦線内閣が
樹立された当時のパリを舞台として、
極秘にスパイ活動している亡命ロシア軍人と美しいギリシア人の妻との
会話劇をメインに、当時のニュースフィルムを多用して、
第二次世界大戦前の不安な時代を切り取った2004年の作品。
本作では、左派の人民戦線政府をソビエト連邦が支持し、
フランコを中心とした右派反乱軍をファシズム陣営の
ドイツ・イタリアが支持して戦われたスペイン内乱が
国民にもたらした悲劇を描いたピカソのゲルニカが出展された
1925年の万国博覧会が時代を象徴するトピックとして
取り上げられる。
さらには、ナチスドイツの台頭、世界中を驚かせた独ソ不可侵条約、
パリ占拠、占拠後のパリで明らかにされるスパイ活動の片鱗。
謎が解かれることはなく、時代に翻弄され、自分の意思とは無関係に
社会に抹殺された主人公たちはひっそりと歴史の舞台から姿を消す。
「深い疵」(TIEFE WUNDEN)
2007年4月28日、
ドイツから終戦時にアメリカに亡命し、
アメリカ大統領顧問の地位まで上りつめ、
老後をフランクフルト近郊に購入した家で
過ごしていた92歳の裕福なユダヤ人の老人が、
何者かに後頭部を銃で撃ち抜かれ殺される。
このプロローグから始まる「深い疵」、
米国でユダヤ人女性と結婚し、長年ユダヤ人として、
ユダヤ系団体の活動に貢献し、財政界で活躍してきた
ドイツ出身の老人の死体を司法解剖結果した結果、
ナチスの武装親衛隊全員が施術されていた本人の血液型を
表示する刺青の痕跡が腕に残されていたことが明らかとなる。
本作で重要な役割を果たすのが、今は亡き夫が第二次世界大戦後
創業したとされるアルミ射出成型機事業で巨万の富を得た
実業家ヴェーラ。
そしてこの事件を追うピアとオリヴァーの二人の刑事。
キーワードは、このヴェーラの旧友達が連続して、
第二次世界大戦当時の拳銃で後頭部を撃ち抜かれた
殺害現場に残された、被害者の血で書かれた16145の文字。
ドイツ人女流作家ネレ・ノイハウスが2009年に著した本作は、
多くの登場人物が錯綜し、入り乱れるが、
一度登場人物を理解すると、物語の面白さに引き込まれる、
歴史の澱、ナチス時代の暗い過去で深く味付けされた
読者にうすうすその方向を感じさせはするが、
隠された真実が明らかにされ、そのことを読者が納得するのは
最後の最後という味わい深いミステリーである。



