『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』
アン・リー監督が何年にもわたって構想を温め、不可能と思われるような
映像を制作に携わった関係者全員の力で完成させた本作は、
インド、大海原、孤島を舞台に、綿密に計算され尽くされた
光と影が素晴らしく美しく、地球上で共に生きるものたちの生命力、
躍動感に満ち溢れる一方、哲学的思索で彩られている。
大海原をちっぽけな救命ボートでリチャード・パーカーと名付けられた
ベンガルトラと一緒に200日以上漂流生活を続ける青年パイ。
パイが家族そして父が経営していた動物園の動物たちと共に
故国のインドから新天地のカナダに向けて出発した貨物船は日本籍、
貨物船の料理人はフランス人(ジェラール・ド・バルデュー)、パイはインド人であり、
長じたパイが思い出話を語るのはカナダ人の作家。
アン・リー監督の故国台湾で製作され、キリスト教、イスラム教、
ヒンズー教とパイが心の拠り所とする神々や仏教徒が登場する本作は
パイを人間の代表、ベンガルトラのリチャード・パーカーが人間以外の生物の
代表として、共に地球上で生きる生態系の頂点に立つ存在の
相互理解の可能性とその限界について考察する。
カツオに追われたトビウオの大集団の群舞、
小舟の下を通過する巨大なジンベイザメ、
小舟を空中に放り出す巨大クジラの跳躍、
最新鋭の映像技術を駆使する映像に圧倒された。
劇場のスクリーンで観る3D映像が本作の特性を最も
忠実に再現してくれるのであろうが、
2Dでもこの作品の映像美は十分感じることが出来る
ハリウッドの技術レベルを堪能できる詩的作品。
「六人目の少女」(IL SUGGERITORE)
真犯人を追い詰め、その正体を暴いてみたところで
事件の真相・背景が解明されたわけではなく、
事件の真の背景は読書の想像力に委ねられているかのような
イタリア語でIL SUGGERITORE=ささやく者の原題がつけられている
ドナート・カッリージ著の「六人目の少女」
サイコ・スリラーの本作で描かれるのは、自己の欲望の達成だけを目的とした
連続殺人、両親や周囲の人達を絶望の淵に追い込むことを
最終目的とするかのような少女連続誘拐事件。
冒頭でまとまって発見される6人分の少女の片腕に続き、
次々と発見されるある意図を持って置かれた少女の遺体。
少女の頃、誘拐事件の被害にあい、九死に一生を得て家族のもとに
戻ることが出来たミーラは、その経験を生かして誘拐事件の
失踪人専門捜査員となる。
心の傷が癒えることは無い主人公ミーラがその体験から身に付けた
卓越した能力をかわれて殺人犯専門の特任捜査チームメンバーに組み入れられ、
時に敵対し、時に協力して犯人逮捕に邁進する日々を描いた本作の
キーワードは筆者が言うところの「ささやく者」あるいは“暗示者”。
宗教の異端派やカルト集団がひきおこした犯罪が
絶対的な影響力を持つ教祖あるいは洗脳者、言葉を変えれば
“暗示者”の影響下で行われ、犯罪者は単なる“操り人形”に過ぎない
敢えて地域の特定をせず全世界を舞台に執筆された本作で、
ドナート・カッリージが読者に提供するのは事件解決による
読後の爽快感ではなく、
人間という複雑な心の襞を持つ存在が心の奥にひそめた
深淵を覗き込む想像の場であろうか。


