「故郷よ」(英題名 Land of oblivion)
1986年4月26日、チェルノブイリから数キロメーター離れた
隣村プリピャチで消防士のピョートルと幸せそのものの
盛大な結婚式を挙げていたアーニャ。
その日の朝から断続的にこの地を襲っていた春の驟雨も収まって
屋外で盛大に開催されていた披露宴を再び雨が襲い、
白いウエデイングケーキがこの黒い雨で汚された。
山火事を消化するとの緊急指令で披露宴から退席した
ピョートルはその後二度とアーニャの前にその健康な
姿を現すことは無かった。
時代は移り、無人の村と化したプリピャチを訪れる欧州からの
観光客相手のガイドとして生計を立てているアーニャ。
この作品では、チェルノブイル原子力発電所の炉心溶融事故が
起こる前の素晴らしく美しい村の景色と廃墟と化した現在の姿が
静かな映像として観客に提示される。
事故の通日後、放射線が目に見えないだけに、爆発事故の
恐怖を知らされることも無く強制移住させられる住民たちの姿、
そして十分な防御も無しに爆発現場で作業をした多くの人々と
生き別れとなったその後の家族の様子。
チェルノブイル=原子力発電所事故がもたらした、恐ろしく
そして永遠に終わることの無い、後遺症を、
事故で夫を、父を、家族を失った人々がその後の人生を
生き延びている姿を淡々と描くことで、強く感じた。
鹿児島大学 植物園と北辰通り
昨日は鹿児島大学工学部へ。
一昨日台風が関東に接近した朝、
冠雪前の富士山山頂が雲海の上に聳えていた。
1919年頃に農学部の研究目的で、台湾や奄美諸島に自生する
樹木や植物を植え、完成させた植物園。戦争後、一時荒廃していた
ようであるが、現在は本州ではあまり見かけない大きな木々が
茂っている。
この植物園の一角で赤黄色のヒガンバナが群生していた。
キャンパス内を東西南北に走る道路には全て名前が付けられ、
イチョウ通りでは細かいグレーの火山灰にうっすらと覆われた
ギンナンがあちこちに落ちていた。
鹿児島大学を特徴付けるのが北辰通りの両端に植えられている
ヤシの木。
西海岸の都市を思わせるココヤシの並木が南国薩摩を実感させてくれた。








