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「アルバート氏の人生」


夢を抱いて訪れ、華やかな表面の裏に潜む過酷な現実に直面し、

人生に蹉跌をきたすことの多い街ロサンゼルス。

このロサンゼルスを舞台に、5人の女性の生き様を5話のオムニバス風に

描いた2000年の作品「彼女を見ればわかること」を制作した

ロドリコ・ガルシア監督が、第一話で認知症の母親を介護する女医の

苦悩を演じたグレン・クローズと再びタッグを組んで制作した

「アルバート氏の人生」。


1984年の「ナチュラル」で光輝くアイリスを演じてから約30年。

作品の度にいくつもの異なる役を演じて続けてきたグレン・クローズが

長年映画化の構想を温め、自らプロデューサー、共同脚本、

主演を務めた本作「アルバート氏の人生」


舞台は19世紀のアイルランド、人は飢え、限られた仕事を血眼で

探していたダブリン。

身寄りのない貧しい少女アルバートが一人で世間の荒波を

渡っていくために身に付けた術は、男として働くこと。

ホテルのベテランウェーターとして働くアルバートのたった一つの

望みは、長年にわたって貯め続けたチップを元手に

心地よい(コージーな)喫茶店を開くことと、

この店を共同経営するお気に入りのパートナーを

手に入れること。


長年にわたり人を欺き、自分を欺いてきた人生が、ある事件を

きっかけに、自分が夢見てきた人生を手に入れることを正当化する

生き方に変わり、自分自身を取り囲む周囲の状況が見えなくなる。



グレン・クローズ演じるアルバート氏の人生はあまりにも哀切で、

「ジェーン・エア」ではその持ち味がいかし切れていなかった

ミア・ワシコウスカが本作ではアルバート氏の夢を託される

存在として輝いていた。


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『ル・アーヴルの靴みがき』(Le Havre)



弱者を思いやり、自ら行動する決断力。


舞台はイギリス海峡を隔てて英国に相対する、フランス有数の港湾都市であり、

セーヌ川の河口ともなるル・アーブル。


各種物資の輸出入基地であるル・アーブル。

アフリカから運ばれてきたコンテナーに潜んでいた密入国者が

港湾警備員により発見され警察に通報される。

収容所への護送を目的とした逮捕騒動の最中にただ一人身一つで逃げ出し、

警察から逃げて港の海中に潜んでいた少年を、この街で靴磨きとして細々と

生計をたてているマルセル・マルクスがたまたま見つけることからこの物語は始まる。


これまで、社会の底辺に暮らす人々の極限の生き様を

冷え冷えとした映像で“ハードボイルド”的に描いてきた

アキ・カウリスマキ監督が、うってかわって明るく心安らぐ人間賛歌として、

人の心を理解する人々を主な登場人物に配して完成させた本作は、

実に後味が良く心に残る秀作として仕上げられている。


愛犬、すべての過去を理解してくれている夫マルセル・マルクスを

心底大切に思っている妻、そしていつもツケで買い物をするマルセルに

あまり良い感情を抱いていなかったが、自らの危険を試みず

アフリカからの不法入国少年イドリッサを助けていることに共感し、

協力してマルセルを支援する近隣の人々。


先にアフリカからロンドンに密入国することに成功している母を追ってきた

イドリッサを何とかロンドンまで行かせることを画策するマルセル。


「サン・ジャックへの道」、「キリマンジャロの雪」とひょうひょうとした役が

実に上手なジャン=ピエール・ダルッサンが演じた、少年イドリッサを

執念で追うモネ警部、アキ・カウリスマキ監督作品とは切っても切れない

独特の表情で作品のトーンを支配するカティ・オウティネン演ずるマルクスの

妻アルレッティ。


アキ・カウリスマキ監督はモネ警部、アルレッティを通して観客に

意表を突く素晴らしくメッセージを用意していた。




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「ザ・マスター」


太平洋戦争で日本兵と戦ったフレディは勝戦・帰国後

戦争時に陥ったアルコール依存症から抜け出せず、

定職にも就かず、精神的に不安定な日々を送っていた。


一方フィリップ・シーモア・ホフマン演ずる新興宗教の教祖「マスター」は

その独自の世界観で、終戦後の不安定な時代を背景に、一部の人々の

熱狂的支持を受けつつあった。


このような状況下、職を求めてさまよっていたフレディとたまたま出会った

「マスター」は一目でフレディを気に入り、西海岸からニューヨークへ向かう

船の船員として彼を雇い、その後「マスター」に心酔する教団員として

新興宗教の看板的役割に育てていく。


ロバート・アルトマン監督の作風に影響を受けたと話す

ポール・トーマス・アンダーソン監督は「ブギーナイツ」、「ゼア・ウィル・ビー・

ブラッド」に出演した“アンダーソン組”の一員とも言える性格俳優の

フィリップ・シーモア・ホフマンと、「ウォーク・ザ・ライン」で薬物中毒に苦しみ

再起するジョニー・キャッシュを演じたホアキン・フェニックスという

強烈な個性を持った演技者二人を主役に配し、

ロバート・アルトマンよりシニカルに人間の多面性を鋭く描く。


最後まで正体不明でインチキくさい「マスター」の言動、

フレディの狂気、正常な“人間は葬り去られる世界、

感情移入が困難な登場人物達に相対するには

鳥瞰的見方で彼らの行動を理解することが迫られ、

作品の解釈は観る者に委ねられる。


真っ青な海に船のスクリューが作り出す真っ白な航跡、

どこまでも続く大平原を疾走するバイク、

人間の手によらない美しくシンプルな自然描写と

正反対の人間の奇矯な行動。


ポール・トーマス・アンダーソン監督は

奇矯な行動を奇矯と意識しない人間を描くことで

人という生物の豊饒さを可視化する実験を

試みているのだろうか。



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