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群生する帰化植物 ススキはどこに?


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白い穂を揺らし、日本の秋の象徴でもあるススキが

今年は土手から姿を消し、変わってその場所には

イネ科の帰化植物セイバンモロコシが赤紫色の花穂を

秋空に力強く広げている。


ユーラシア大陸の亜熱帯、熱帯地区が原産地のこのセイバンモロコシ、

今年は特にその群生振りが目立ち、

万葉集でも詠まれているススキは殆ど姿を見ることがないが、

今年の猛暑がその生育に拍車をかけたか。



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河原の草地にはツバメのねぐらとなるヨシの原があり、

このヨシの原はツバメのねぐらを保存する会の方たちが

整備されて保存に努めておられ、ヨシの群落と

セイバンモロコシの群落とはきれいに分かれていた。


ヨシの白い花穂



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以前と比較して数が少なくなったセイタカアワダチソウが

ススキと並んでヨシの群落で咲いていた。



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帰化植物で美しいハルシャギクが咲いていた場所に

今はセイバンモロコシが赤紫の絨毯を形作っている。

自然の恩恵を強く受け、自然の中では環境の推移を正直に反映している

河原の植物。

幻の女 ”Phantom Lady”


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“こうなると良いな”の思いをお洒落に演出したエンディングで、

いつの時代でも変わらない映画の楽しさを味わわせてくれる作品だった。


1942年に出版されたウイリアム・アイリッシュのミステリー

“幻の女(Phantom Lady)を原作として1944年に制作された作品。


1944年は昭和19年、第二次世界大戦のさなか、ハリウッドでは

このような基本的な“人間の感情”を描いた映画が製作されていた。


作品の骨子は、妻を殺したとの嫌疑がかけられた小企業の社長の

無実を信じる秘書が、真相を解明するために自らを危険にさらして

真実を明らかにするミステリーで、86分間目が話せない作品であった。


文字のつながりから自分のイメージを形作る小説と

脚本化され映像として提供される映画では

受け取る印象が異なるのは当然であるが、

当時のニューヨークの雰囲気を色濃く反映し、

江戸川乱歩からも高く評価されたとされる

ウイリアム・アイリッシュの原作も一読してみたいもの。


タイトルシーンで回転するユニバーサルのロゴマークに時代を感じたが、

社長の無実を信じて主役級の奮戦をする秘書役を前年デビューし、

本作が制作された1944年にジョン・ウエインと「拳銃の町」で共演

している当時の新スター エラ・レインズが強く演じている。



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“抱擁のかけら”(Los abrazos rotos:壊れた抱擁)

昨日はチリの落盤事故で閉じ込められた作業員が救出される

ライブ映像が世界中を駆け巡った。

エスペランサキャンプ、そして再開できた家族の抱擁、喜び、

画面から伝わる、家族を最優先するチリ、ボリビアの人々の姿が

強く心に残る、嬉しいニュースであった。



作家が、推敲した文章を積み重ねて小説を完成させるように

映画監督は納得するまで撮り直した一瞬のシーンを積み重ねて作品を完成させる。



“抱擁のかけら”(Los abrazos rotos:壊れた抱擁)

“ボルベール”に続きペネロペ・クルスの魅力を引き出している

ペドロ・アルモドバル監督の2009年の作品。


1990年の作品“アタメ”でも、確か、足が不自由な老映画監督が

気に入った女優を起用し、最後の作品を制作する過程でのエピソードが

淡々と描かれていたが、本作も骨格は映画監督と女優そして彼らを取り巻く

人々の心の動きを、色彩の上に色彩を重ねる油絵のような手法を

積み重ねることで、ひとつの作品として完成させている。



ひとつの国ではあるが伝統的な独特の言葉を各州が継承しているスペイン。

大西洋に面し豊富な雨量が豊かな緑をもたらし、闘牛やフラメンコとは無縁の

北部、地中海に面し欧州の雰囲気が漂うバルセロナや

“太陽の海岸”が位置する東部、高層建築が立ち並び、寒暖の差が大きい

首都マドリードからシエスタがふさわしい南部の地域、

そしてポルトガルに隣接する西部、

共通しているのは個の自由な生き方そして家族を大切にするライフスタイル。



本作でも無機質のマドリッドそしてこの対極として、モロッコの西に位置する

スペイン領カナリア諸島の風景、ペドロ・アルモドバル監督に作品では、

スペインが持っている様々な顔も作品の重要な一部を形作っている。



ストーリーには大きな起伏は無いが、“ボルベール”でも活躍した
ロラ・ドウエニャスのコミカルな演技、同じくブランカ・ポルテイージョの

存在感等、監督と“あうんの呼吸”にある多くの女優が家族のように

監督の個性を代弁していた。



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