RIVERのブログ -26ページ目

沈丁花

桜の花のように東京地方で一斉にというわけではないが、

春を告げる沈丁花が、昨年同様我が家の玄関先で咲き始めた。


複数のテルペン類の絶妙のバランスから生まれる

その香りで、目より先にその開花を教えてくれる沈丁花。


2度目の大雪の重みで枝が曲がってしまったこの沈丁花、

数年的と比べると若干開花の時期が遅かったように思うのは、

2度の大雪に象徴される今年の寒さの影響か。







『欲望のバージニア』(Lawless)

アナキーで暴力的な世界を通して人間の本質を掘り下げ続ける

コーマック・マッカーシーの著作「ザ・ロード」を原作とした映画『ザ・ロード』

The Road)を監督したジョン・ヒルコートが

2012年に制作した『欲望のバージニア』(Lawless)。


時は1931年の禁酒法時代、所は山の傾斜地に密造酒の醸造所が

集まっていたバージニア州フランクリン郡。

密造者たちと密造酒を一手に取扱う裏の暴力組織、そして取締官と、

悪の組織に翻弄される女性達。

ステレオタイプとも言えるこの時代背景と題材を基に

多くのハリウッド映画が制作されてきたが、

過去の作品と本作の違いは,ある意思を持った人間の“不死身”、

より詳しくは生きるための手段として酒の密造を続けてきた

三兄弟の強い生命力、復活の力であろうか。


実在の3兄弟をモデルとした本作は、

この地に赴任してきたサディスティックな取締官と

この3兄弟の“戦争”であり、

密造を取り締まるという“正義”の隠れ蓑をまとった極悪人の

生き様が、勧善懲悪のストーリーとして描かれている。


三人兄弟の末っ子の無能ぶり、長兄のワイルドさそして次男の

バランス感覚がうまく調和し、これら三兄弟とかかわりを持つ

シカゴから逃げてきた暗い過去を持つ女(ジェシカ・チャスティン)

アーミッシュと思われる宗教集団の教祖を父に持つ若い女性

(ミア・ワシコウスカ)の聖母マリアのような役割が、悪の世界とは

一線を画す安寧の象徴となっている。






「SOMEWHERE」

マシュー・マコノヒー、そしてケイト・ブランシェットが

自ら持てる力の全てを発揮して成し遂げた仕事と

その正当な評価そして運の強さを今日は感じた。


ケイト・ブランシェットは当然として、個人的には数年前に

マイクル・コナリーの著作「リンカーン弁護士」を原作とする映画の

主役として強烈な印象を残したマシュー・マコノヒーのオスカー受賞

が嬉しかった。

今日はハリウッドを自己形成の場としている
ソフィア・コッポラの作品



父親を尊敬し、敬愛している少女、

この娘を自分の分身として認識し愛することで、

根なし草として放埓に生きている日々を自己に問い直すきっかけを

得る俳優の父親。


父なる存在から距離を取り始める前の束の間

屈託のない少女と屈折した父の蜜月を

夢のように描いた『SOMEWHERE』


混沌とした東京を舞台に、異国の地でカルチャーショックを

経験する米国俳優の心の動きを描いた『ロスト・イン・トランスレーション』から

7年、『SOMEWHERE』でもハリウッドで生きる男優を主役にして、

ハリウッドで生きる男の一般社会とは断絶した生き様を

ステレオタイプに描き、これと対比した無垢の魂による男の蘇生を

追求する。


つい先日ケーブルテレビで放映されていた『ゴッドファーザーPARTⅢ』で

ゴッドファーザーの娘を演じていた若いころのソフィア・コッポラを見て、

自身のハリウッドでの生活からインスピレーションを得たように思う

『SOMEWHERE』には、サラリーマンとは違う特殊な世界に生きる父と

このような世界を見続けてきた娘の、

理想化された関係が反映されているように思った。


退屈な映像、静止した映像を敢えて挿入することで、

虚構の世界を暗喩し、華やかな表面の裏に潜む漆黒の闇を描く。


この作品の1年後にフランシス・フォード・コッポラの『Virginia/ヴァージニア』で

少女Vを演じた幻想的姿とは全く異なり、光り輝く娘クレアを演じた

エル・ファニングの起用のしかたに、父フランシス・フォード・コッポラと

娘ソフィア・コッポラの映画制作者としての感性の違いを感じた。