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紫花豆


建国記念日の祝日、

東京地方は寒さも一段落し、庭仕事が苦にならないほどの暖かさで、

気になっていたインゲン豆の苗を今日ようやく植えつけた。




先週煮豆にした白花いんげん豆はその純白さが特徴であり、

紫花豆はアントシアニン色素の濃紫模様が美しく、

白花いんげん豆の穏やか味と比較して、

豆本来の味を強調する個性的な味に特徴がある。




スイートピーをはじめマメ科の花は美しい花が多いが、

この紫花豆も朱赤色の美しい花のようである。

今年はこの種を蒔いてその花を見てみたい。




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庭の夏ミカンが冬の陽射しを浴びていた。






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艋舺:モンガに散る


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沢木耕太郎は「モンガに散る」を次の様に

表現している。

「全篇に、煮えたぎるような熱がみなぎっている。

(中略)

その熱が、見ている私たちの胸に、痛みにも似た

哀しみを伝えてくれることになる」


1980年代の台北の繁華街艋舺(現在は萬華)を仕切る

昔気質の極道の組長の息子ドラゴンをリーダーとする

高校生の“極道”5人組が結んだ義兄弟の友情を守る心と、

若者の個人的な“義理と人情”を全うする心の葛藤を描いた

本作は、かつて日本の若者を熱狂させた東映の“ヤクザ”映画を

彷彿させるが、それ以上に成人前の“若者”の切ないほどに

“親”を思う心が伝わってくる台湾の文化が見事に凝縮された

作品であった。



若い頃に散々苦労し、大陸から故郷台北に戻り

艋舺の利権を奪い取ることを画策している極道の組長が、

5人組に入ることで自己の存在を確たるものにしていった

母ひとり子ひとりの家庭で育った若者モスキートに言った次の言葉は、

モスキートにもそして本作で重要な役割を果たす

ストイックなモンクにも理解されることは無かった。



「風がどう吹こうが、草はなびくだけだ。

 若い頃、おれは風だと思っていた、

 死ぬほど傷ついて、

 草だとわかった。」



モンクを演じた阮經天(ルァン・チンティエン)英名Ethan Ruan

苦悩する目の表情が素晴らしい作品であった。



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「お早よう」


1958年からカラーフィルムでの制作を始めた小津安二郎監督、

1959年には大映で制作した「浮草」と松竹大船の「お早う」と

生涯初めて年に2本の作品を制作した。


ハゲイトウやケイトウの紅色、そして夏空の青色が美しく、

作品自体も華やかだった「浮草」に対し、「お早う」は

小津作品の命である特定の色を強調した映像そして

端正な構図が際だった作品に仕上がっている。


ストリーはシンプルで、当時は珍しかったテレビを買ってもらいたい

一心の兄弟が父母へそして周囲の大人への造反、

どこかに”消えて”しまった婦人会費に対する町内の主婦達の思惑、

そして“おなら”を自由にコントロールする子供達のあそびを

淡々と描いている。


これまでの作品では新旧の対比、古く廃れゆく文化を讃え、

新しい文化には懐疑的な視点が散見された小津作品。

本作では逆に、子供達が“おはよう”“こんにちは”“こんばんは”

あるいは天気の話題等の大人達の潤滑剤的言葉の必要性に対し

疑問を抱き、久我美子や佐田啓二が演じた若々しく進歩的な

魅力ある社会人に対比して、閉塞的で自己中心的な典型的な旧世代の

主婦の邪悪な面を杉村春子に敢えて強調して演じさせたり、

新しい文化を象徴するテレビを応援する描き方に、

新世代に対する小津の期待の心を感じた。


作品の背景を暗喩している、昭和30年代の日本を切り取った

典型的な小津カット。




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