BIUTIFUL ビューティフル
監督の名も制作国も予備知識無しに、ハビエル・バルデムの出演作との
理由で見た「BIUTIFUL ビューティフル」、
スペイン映画にしては骨太との印象を受けたが、この作品は、
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の手による
正統派のメキシコ映画の系列につながる一作であった。
1999年の「アモーレス・ペロス」でガエル・ガルシア・ベルナルを世界の舞台に
立たせ、2003年の「21グラム」ではベニチオ・デル・トロをアカデミー助演男優賞
候補に、そして「ビューティフル」はハビエル・バルデムをカンヌ国際映画祭
2010年男優賞、2010年アカデミー主演男優賞候補として、
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督はスペイン語を母国語とする俳優の
個性を見事に引き出している。
本作は、地中海に面し、街並みが美しいバルセロナでも、観光客が滅多に
立ち寄る事はない、低所得者階層や不法移民が住む雑多な一角を
舞台にし、親子の愛、夫と妻の愛、国籍を超えた友情そして社会の最下層で
暮らす不法移民の問題を横糸、縦糸として織りだした重厚な作品である。
ハビエル・バルデム演じる主人公ウスバルは中国からの不法移民の家族達が
地下工場で作ったニセブランドのバックや財布をセネガル等のアフリカからの
不法移民にバルセロナの街角で売らせる事を生業として生きている。
躁状態となると自らの欲望をコントロールできなくなる精神的に不安定な妻と
別居し、小学生の姉と弟の二人の子供を育てているウスバルが、
末期のガンで余命数ヶ月であることを告知される事から物語は大きく展開していく。
虚構の映画ではあるが、中国でのそしてセネガルでの貧困な生活からの脱出を
夢見て訪れた新天地スペインで直面する厳しい現実を鋭く描いた映像は、
北スペインのビルバオで見た中国系、アフリカ系移民の人々の姿と
オーバーラップし、ラテン系民族から見た中国系民族、アフリカ系民族の姿が
そのまま写し出されていた。
“二人を残しては死ねない“
思いを残した死者。
親は子供達を心配し、子供は親を心配する。
よかれと思った行為が結果として中国系移民に与えた惨劇、
妻を救うことができずに傷つけてしまう日々、
子供達への自責の念、
ウスバルはそれでも“赦し”をもとめることはない。
「シブミ」
第二次世界大戦前、各国の思惑・野望が渦巻く上海で、
ロシアの没落貴族を母として生まれ、母の死後日本軍人の菊川将軍の
庇護の下日本で育てられ、日本の文化を身につけた、
武術と囲碁の達人ニコライ・ヘル。
「シブミ」=渋みの題名を持つ本作では、西洋文化ではその存在を
考えにくいとされる“武人哲学者”としてのニコライ・ヘルを主人公とし、
日本文化に造詣が深いトレヴェニアンが次のような囲碁の手筋を
各章の副題として、ニコライ・ヘルに相対する敵対勢力あるいは
バスクの大自然との闘いの姿がダイナミックに描かれる。
この囲碁の手筋、例えば、敵の石を脱出できなくようにする
「ツルノ スゴモリ(鶴の巣ごもり)」、「シチョウ」(四丁)と
呼ばれる連続攻撃、自分の石を取らせることで相手の石を取る
「ウッテガエシ(打って返し)」さらには相手の石を取ろうとすると
自分の石が取られてしまうような、お互いに手を出せない状態を
意味する「セキ」、そして敵の勢力圏
の中で動き、とりあえず
生き 残れるような形をつくる「サバキ」。
北スペインの風光明媚な都市サンタンデールに程近いアルタミラ洞穴や
フランス西南部のラスコー洞穴を筆頭に、数万年にわたる雨水の浸食で
石灰岩台地の地底に形成された洞穴が多く点在するピレネー山脈の
東西に広がるバスク地方。
砂漠化した内陸部と比較して豊かな雨量に恵まれ、日本の絵はがきを
切り取ったかのような印象の松の林や落葉樹の雑木林に囲まれた美しいバスク。
西洋文明が押し寄せてきた日本から脱出し、このバスクの地を安住の地として
自ら完成を目指している日本庭園に心の安らぎを見出すニコライ・ヘルが
手つかずの大洞穴を探検するケーヴィングを描写した「ポルト-ド-ラローの
大洞穴」の章は、フリーランスの暗殺者であるニコライ・ヘルが敵対者と
相対する時の活劇とは全く内容が違う展開であったが、
トレヴェニアンの他の著作同様に、終盤に向けての重要な伏線となっていた。
2005年に亡くなった際にその本名と経歴が明らかに
なった覆面作家トレヴェニアン、1979年に発表された本作は
トレヴェニアンが48歳の時に書かれた、
筆者独特の世界観を堪能できる快作。



