「われに撃つ用意あり」
1979年のデビュー作「感傷の街角」以来約11年間、
書きあげた作品全てが初版止まりで自嘲気味に“永久初版作家”と
本人自ら称していた大沢在昌が新宿署の鮫島警部を主人公にした
ハードボイルド痛快作「新宿鮫」を上梓し、
吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞を受賞した1990年。
この1990年に、歓楽街新宿の裏組織、1970年代の学生運動、
そしてベトナム戦争の余波をモチーフに、新宿の飲み屋街の喧騒を
活写した若松孝二監督製作の「われに撃つ用意あり」が公開されている。
原田芳雄、桃井かおりが主演し、香港の映画スター、ルー・シュウリンを
起用した本作の表の筋書きは、新宿に巣食う暴力団の餌食となった
ベトナム難民の女性を原田芳雄扮する店を畳もうとしているスナックのマスター
郷田とこのスナックに集うかつての学生運動の仲間達が救いの手を差し伸べる
物語であるが、随時挿入される学生運動のデモの場面に胸を熱くし、
いまは廃館してしまった新宿コマ劇場の周辺、風林会館、そして歌舞伎町、
新宿2丁目界隈の当時の姿に、反権力を根底に独自の哲学を持つ
若松孝二監督の美学が盛り込まれている。
大学紛争、ベトナム戦争という時代背景の中で
自分の意思とは無関係に権力に翻弄された人々。
能動的・受動的に学生運動と係ってきた若者の
その後の姿。
当時実際に歌舞伎町で見かけたことのあるような
錯視感を抱かせる石橋蓮司演じる巨人のユニフォームを着て、
メガホンを首から下げたアル中の男。
学生運動時代の郷田と接点を持つ強持て刑事を演じた蟹江敬三
お酒を愛する若松孝二監督が、ぎりぎりのところで一般社会良識との
接点を保っている新宿の”歓楽街“で生きる男の心の美学を描いている。
「偽りの人生」(Todos tenemos un plan)
アルゼンチン、スペイン、ドイツの合作作品“Todos tenemos un plan”
(直訳:だれでも計画をもつ)
本作の舞台はアルゼンチンの首都ブエノスアイレスと、
ブエノスアイレスが面するラ・プラタ川に注ぎ込む川のひとつをさかのぼった、
船外機付きのボートのみが交通手段となる僻地の湿地帯。
大都会ブエノスアイレスで人気作家の妻と裕福な暮らしをしている
小児科医のアグスティンと僻地のデルタ地帯でバラックに住み、
養蜂業の傍ら悪事に手を染めている双子の兄ペドロ
(両者を演じるのは少年時代をアルゼンチンで過ごした
ヴィゴ・モーテンセン)の少年時代の生き様が
その後の人生に大きく影響する。
大人しく内省的なアグスティンに対し、その後悪事に身を染める
悪童と行動を共にすることを厭わなかったペドロ。
ペドロの身を襲うあることがきっかけでペドロとして生きることを
選択したアグスティンの“計画”とは。
アカデミー賞外国賞に輝いた「瞳の奥の秘密」を製作・総指揮した
ヘラルド・エレーロ、ベネッサ・ラゴーネが本作の製作・総指揮を務め、
ソルダ・ビジャミルがアグスティンの妻役を演じた本作は、
「瞳の奥の秘密」が私的制裁に関する物語だとすると、
本作は自らの過去の清算、よみがえりの物語であろう。
極悪人アドリアンは聖書を手放さず、
ルカによる福音書第9章24節の次の言葉を読み上げる。
「自分の命を救おうと思う者はそれを失い、
わたしのために自分の命を失う者は、それを救うであろう。」
作品中では読み上げられないが同じく第9章22節の次の言葉が重要な
意味を持つように思う。
「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに
捨てられ、また殺され、そして三日目によみがえる」。
兄が犯した罪を弟は背負い、過去の自分と決別する。
「イースタン・プロミス」「善き人」そして「ザ・ロード」と
孤高の役を演じてきたヴィゴ・モーテンセンが本作でも
深遠なテーマに真摯に取り組んでいる。
「コールド・ウォー」( COLD WAR)
高層建築が立ち並ぶ近代都市でありながら、
新宿歌舞伎町の喧騒と猥雑さを持つ街香港。
「コールド・ウォー」は香港の治安維持を使命とする香港警察内部の
“冷たい戦争”であり、いわゆる“キャリア”と”ノンキャリア”、
管理部門と現場の男の意地を描いたハードボイルド作品である。
現場からのたたき上げで副長官の地位まで上り詰めたリー、
キャリアとして管理部門のステップを着実に歩み続け
同じく副長官の地位にあるラウ。
物語はリーの息子が同乗したパトロールカーが忽然と姿を消し、
警察に身代金要求の電話がかることから始まる。
警官たちの居所が瞬時にわかる最先端のGPSシステムがまったく
作動せず誘拐された警官達の居所は全く不明。
息子が誘拐された事で”動転“した副長官は自らの手で誘拐犯を
見つけ出そうとするが、最終的には管理部門の副長官ラウが
海外出張中の長官に変わって捜査の指揮を執る事となる。
何故パトロールカーが忽然と姿を消したのか、
捜査を続ける中でラウ副長官、そして彼の腹心の部下を襲う
悲劇。
骨太の作品であり、管理部門の代表ラウを演じたアーロン・クォック(郭富城)、
そして現場代表のリー役のレオン・カーファイ(梁家輝)のそれぞれの部門を
象徴する演技が本作のみどころ。
本作の土台となるモチーフは非常にシンプルで
万国共通のものであるが、この土台を最後まで堅固に
保たれる。
香港独特の映像・文化で味付けされた最後まで楽しめ、
次回作が期待される、梁楽民と陸剣青監督の2012年の作品


