RIVERのブログ -13ページ目

ムクゲ(木槿)

今日で6月も終わり。


午後になると集中的に雨が降り、

梅雨特有の天気が続く東京地方、

咲き始めた八重咲きのムクゲが

つかの間の陽射しをあびていた。


アオイ科フヨウ属のムクゲ、

これから秋まで次から次えと

花を咲かせ続ける。




トラブゾン狂騒曲 小さな村の大きなゴミ騒動

祖父母の故郷トルコの文化・風景をこれまで制作した作品の

底流としているファティ・アキン監督。


「トラブゾン狂騒曲 小さな村の大きなゴミ騒動」は、

父方の祖父母の出身地であり、アジア圏を思わせる美しいお茶畑が広がる

トルコの農村地区で、お茶畑に隣接する露天掘りの銅鉱石採掘場跡が

生ゴミ処理場として地域汚染の発生源化していく状況を

2007年から2012年まで5年以上にわたって撮り続けたドキュメントである。


生ゴミを焼却する事はなく、容易に汚染水が地下に浸透可能な

ズサンな工事でゴミ処理場を作り、腐敗したゴミの臭気が住民を苦しめ、

得体の知れない有害物が土壌・地下水に混入あるいは、雨水と一緒に

河川に流れ込むことで健康への悪影響が懸念される。


ゴミ処理場建設に反対する地域住民や村長の意見を

無視してゴミ処理場建設を進め、

安全だといいながら実際には汚染物質を垂れ流し、

美しかった環境を破壊し、住民の生命を脅かす、

この地区からはるかに離れた都会で生活する政府関係者達。


祖父母の故郷である美しい農村を守るため、

ファティ・アキン監督は政府関係者に激しく抗議する住民の姿、

ゴミ処理場から溢れ河川や大地を流れる濁った汚染水を撮り続け

同時にこの地域で暮らす人々の昔ながらの祭りの様子、

日々の生活の変わりない様子も併せて映像化する。


この地域で収穫した茶葉を使って紅茶を生産する

大規模工場のオーナーはお茶の安全性を主張し、

お茶の葉を供給する農家の主人はゴミ処理場に集まる

鳥達のふんで汚染された茶葉、そして汚染水が浸透する

土壌で育った茶葉は出荷できないという。


村人こそ真の登場者であり、この土地を愛しこの地から離れることを決断できない

村人達の姿を描くことにファティ・アキン監督のメッセージが込められている。

監督によると数年後には処理場は閉鎖される予定とのことであるが、

既に処理場に放棄され、土壌を汚染し続けている汚染物質を無害化するには

多額の費用と年月を要する。






「ゼロ・グラビティ」(Gravity)


今日6月23日は沖縄戦で日本軍の組織的戦闘が終結したとされる

1945年6月23日に因んで、人生半ばで沖縄戦で命を落とされた

10万人あまりの沖縄住民を慰霊する「沖縄慰霊の日」。

逆境に負けずに生きようとする人間を殲滅する武力という

人間の狂気を思う。



本年度アカデミー賞で最も多くの賞を受賞した「ゼロ・グラビティ」は

人間の生存の物語であり、人間の発明品を駆使することで、

生き延びた一人の女性の物語である。



大気圏外の世界、そこは無重力・無酸素の世界であり、

太陽の熱が直接物体を加熱し、極寒の日陰、灼熱の日向を

作り出す、宇宙服なしでは人が生存することは不可能な世界。



この大気圏外を浮遊する宇宙ステーション、宇宙船を舞台に、

観るものを圧倒させる卓越した映像技術で、

人の生命力の根幹ともいえる“決して諦めない”心を描いた

傑作「ゼロ・グラビティ」



主な登場人物は医学博士のライアン・ストーンを演じるサンドラ・ブロックと

絶望的な状況下でストーンを鼓舞し続けるマット・コワルスキーを演じた

ジョージ・クルーニー。



生まれた子が女の子であっても、両親の強い思いを託してライアンと

名付けられたストーン博士の生き方に象徴される、

逆境にめげないで生きぬくことを決意した人間の強い意思、

ままならない人生と最後まで戦う人間の姿こそ、

本作が描きたかったものとアルフォンソ・キュアロン監督は言う。



宇宙ステーション、宇宙船そして大気圏外の宇宙を

圧倒的な速さで飛び交うゴミ(人工物の破片)達。



本当に無重力の宇宙空間で作業をしているかのような

二人の俳優の動き、特にサンドラ・ブロックのしなやかさは見事。

人間らしく生きる二人の若者を描いた「天国の口、終りの楽園」の

アルフォンソ・キュアロン監督の“人間”と“映像”に対する思いが

本作でも作品の背景となっている。