「美しき獣」(황해)
38歳のナ・ホンジン監督がハリウッド資本を受け、
公道で次々とクラッシュし大破する車、
大量の血が画面を覆う殺人場面と、
圧倒的な迫力の破壊、殺戮行為を映像として
切り取ることに成功しているバイオレンス映画「美しき獣」。
昨年の東京国際映画祭原題に出品され、これを機会に来日した
ナ・ホンジン監督は、原題を「황해」(黄海の意味)として、
中国と北朝鮮の国境付近で生活する朝鮮族の人々を主役に描いた
本作の背景について、次のように語っていた。
「この作品は外国人労働者全ての人達にいえる物語です。
故郷があるにもかかわらず働きに出て、どんなふうに生きて、
どんな苦労をして、傷ついて、涙を流したのか。
そしてどんな思いで故郷に帰って行くのか、そういう過程を描こうと思った」
私自身、朝鮮族についてはこの作品を見るまでは知識が無かったが、
ナ・ホンジン監督は「朝鮮族の人たちが殺し屋に雇われたり、
暴力事件が多発していたことから、興味を持ちました。
現地はまるで主のいない廃墟になった家のようで、
みんな出稼ぎなどで出て行ってしまい、
残っているのが老人と子どもだけで、
家庭や社会そのものが破たんしているのを見て
胸が痛くなりました」と述べている。
貧困を助ける為、幼子を実家に預けて韓国に密入国し、
出稼ぎを始めた妻は音信不通となり、
自身は賭け麻雀でなけなしのカネをむしりとられ続けている
タクシー運転手が、困窮の果てに朝鮮族のヤクザのボスから
依頼された人殺しを実行することと、妻捜しを目的に
命がけで黄海を渡り、ソウルに密入国する。
巨額の制作費を注ぎ込み、臨場感にあふれるハリウッド“アクション”
作風の中に、アジア独特の文化の香りが強く漂っている痛快な作品。
『ブラック・ダリア』(The Black Dahlia)
マイクル・コナリーがその2008年の著作「真鍮の評決」(リンカーン弁護士)で
ロサンジェルスの一面を次のように的確に表現している。
「ロサンジェルスは、だれもどこかほかのところからやって来て、
だれも本当には錨を下ろさないたぐいの場所だ。
短期滞在の場所だ。
夢に引き寄せられた人々、悪夢から逃げ出す人々。
千二百万人の人がいて、彼らのだれもが必要とあれば誰でもが、
逃げ出す準備を整えていた。」
全米第2位の人口規模を持つロサンジェルスであるが、ロンドン、東京、
ニューヨークで公共交通機関として多くの市民が共有している地下鉄網は
未発達であり、ダウンタウンを外れると道を歩いている人の姿を見かけることは
ほとんどなく、移動は自家用車内の空間と、
最低限の他者との接触のみで生活が可能なロサンジェルス。
『ブラック・ダリア』は、このロサンジェルスを舞台として、将来のスターを夢見て
田舎から出てきた女優の卵をおそった悲劇。この悲劇にからむ、警察官、
ハリウッドの富裕層、そしてギャング達の生き様をジェイムズ・エルロイ の原作を
基に、ブライアン・デ・パルマ
監督が映像化した2006年のハリウッド映画。
悲劇の主人公である天真爛漫な“ブラック・ダリア”のオーディションを
記録したとする設定で映像化された、長回しのドキュメンター風シーンこそ
次作の「リダクテッド 真実の価値」同様に、ブライアン・デ・パルマ
監督の
真骨頂であり、事象=現実を映像化することに主眼がおかれ、
人=心の内面については説明を避け、観客の解釈に委ねられる。
実際は真犯人を逮捕できず迷宮化した『ブラック・ダリア』事件、
古くは「孤独な場所で」や「サンセット大通り」そして「マルホランド・ドライブ」など
ハリウッドの内幕を描いた傑作は多く、人間の“狂気”を実力派の主演俳優が
“狂気”として熱演している。これらの作品と同じ系列に属する本作ではあるが、
惜しむらくは本作では、名女優ヒラリー・スワンクを配しながら、“狂気”を“狂気”
として全面に出すことは抑えられている。
『フィクサー』(原題:Michael Clayton)
ユダヤ人作家である米国人のバーナード・マラマッドが帝政ロシア時代を背景に
善良なユダヤ人市民の身に突然降りかかった“権力”による虐待の姿を描いた
「フィクサー」と同じ邦題がつけられた2007年のハリウッド映画『フィクサー』は
巨大組織の悪と戦った“落ちこぼれ”弁護士がもがきながらも進み続ける。
決して洗練されているとは言いがたい生き様を描いている。
弁護士事務所設立当時からのメンバーではあるが、
現在は、訴訟につきものの“裏工作”を担当する便利屋のように使われ、
仕事に対する情熱を失い、悪癖である賭けポーカーで借金をかさね、
独立を考えていたレストラン経営にも失敗したジョージ・クルーニー
演じる弁護士マイケル。
所属する弁護士事務所が大手農薬会社側に立ち、全社をあげて
弁護活動をしている告発訴訟を担当していたマイケルの親友弁護士が、
あるきっかけで農薬に関する重大な機密情報を入手し、そのストレスから
衆人の前で奇矯な行動に及んだことから物語は進展する。
安全性をうたった農薬に隠された重大な問題。この機密情報をひた隠しにし
住民訴訟裁判での勝利を確信しているティルダ・スウィントン演じる農薬会社の
法務部長。
巨大会社の排水処理設備不全を原因とした環境汚染を
自ら解明し、勝訴したシングルマザーを
ジュリア・ロバーツが演じた『エリン・ブロコビッチ』は
巨大会社の不正解明に全力で戦った不屈の女性を
オプティミスティックに描き、本作のジョージ・クルーニー
は
親友の魂を救う人間を泥臭く演じる。
原題を主人公の名前「Michael Clayton」とする本作は、
シリアスな演技に徹したジョージ・クルーニー
と会社の存続のみを
最優先させる大手農薬関連会社の冷徹な法務本部長を演じた
ティルダ・スウィントンの存在が作品に深みを与えていた。



