「やがて来たる者へ」(L'uomo che verrà)
第二次世界大戦末期の1944年、
北イタリアのパルチザンの男たちが、
侵略してきたドイツ兵に局地戦を挑み、
パルチザンの男たちに捉えられた若く心優しいドイツ兵が銃殺され、
その結果、パルチザンへの報復として、罪のない村の女、子供、
老人がドイツ兵の手で一か所に集められ、マシンガンで銃殺される。
自分たちがよく知っている村人たちが、自分たちの行為を遠因として、
ドイツ兵に銃で追い立てられるのを見ながら、
なにも手出しできないパルチザンの男達。
緑に満ち溢れ風光明媚なボローニャ郊外の
森に囲まれた村を襲った戦争の爪痕。
男の為政者が始めた戦争、
男の兵士が戦う戦争、
そしてこの戦争で命を落とした兵士達とともに、
銃を持たない多くの女性、子供、老人が殺され、
残された子供が孤児として一人取り残される、
戦争という、憎悪と恐怖心で人間を変えてしまう状況が
今も世界の一部の地域で続いていることを、
この映画は訴えている。
男を意味するuomo、来るの三人称単数現在形verràから
”やってくるだろう男(人)” と理解できる原題「L'uomo che verrà」は
生まれたばかりの弟と二人で取り残された少女の救世主であろうか、
あるいは人類の救世主であろうか、
あるいは侵略者であろうか。
「引き裂かれた女」(La Fille coupée en deux)
2002年のフランソワ・オゾン監督作品「八人の女」で17歳の奔放な少女役を
コミカルに演じ、その延長線上の雰囲気でハリウッド映画の「ピーターパン」をそして
「スイミング・プール」や「リリィ」では一転してシリアスでミステリアスな女を
演じきったリュディヴィーヌ・サニエが2007年の本作
「引き裂かれた女」( La Fille coupée en deux)では
彼女の持ち味である“邪心”のない少女のような心を持つが故に
原題通りの“二つに”切られた“娘”として人生を生きることになる
男に翻弄された女性を好演している。
本作が完成した三年後の2010年に80歳で逝去された
クロード・シャブロル監督の手になる本作は、
1950年代後半の小津作品や、フランソワ・トリュフォー監督の作品で
垣間見られる、登場する主要な男達はすべてが自己中心的で、
社会性を持たない身勝手な人間であり、女性はあくまでも美しく、
時に逞しく、時に儚く描かれる。
悲哀にみちたエンディング、
やや荒唐無稽なストーリーと
ハリウッド作品の対局に位置するような作品であるが、
よくも悪くも生身の人間を描ききることを主題とするフランス映画の伝統を
受け継いだ、
男と女の関係をデフォルメし、
肌の露出は必要最小限に抑え、
“想像”することで、秘めた”大人“の世界を描き切った
情感豊かな作品として仕上げられている。



