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「QUEENPIN」(暗黒街の女)

ミシガン大学で英米文学博士号を取得し、

ハードボイルド小説研究家であると同時に、

クライム・フィクション作家としても活躍中の

ミーガン・アボット。




このミーガン・アボットが2008年のエドガー賞最優秀ペーパーバック

オリジナル賞、同年のバリー賞最優秀ペーパーバック賞を受賞した

QUEENPIN」(邦題「暗黒街の女」)はブルージーなサスペンス展開

が楽しめる正統派ハードボイルド作品であるとともに、

随所に出てくると服飾、内装、肌の色にたいする豊かな色彩表現に

心を惹かれる。


例えば、イーストサイドの安っぽいクラブで地味な経理係を務めていた

主人公を見出したギャングの女性幹部グロリアが彼女を自分の仕事の

ために使うため、マンハッタンの高級デパートで買い与えたいくつかのスーツの

色の一つが“ペリウィンクルブルー”。


この“ペリウィンクルブルー”は、匍匐性園芸植物でグランドカバーにも利用され、

初夏から夏にかけて淡い紫色がかったブルーの花を咲かせるペリウィンクル

(和名:ヒメツルニチニチソウ)の花色にちなんだ、浅葱色から黄味を取りさり、

ほんの少し紫色を注したシックな淡藍色。




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自らが仕組んだ事件で顔にあざを作ってしまった主人公が

その極彩色に変色した肌を隠すために使用した“パンケーキ”の色が

“アンバーローズ”と呼ばれるくすんだ淡いピンク色。


そしてギャングの幹部グロリアの部屋のウォークイン・クロゼットに

何列にも掛けられたドレスの一つが、黒の代替えとしてフォーマルな

場所でも着用可能な、濃紺色をさらに深くした“ミッドナイトブルー”。


アメリカンミステリーのジャンルではウォルター・モズリイやジョン・ハート等の

ような豊かな情景描写を得意とする作家が数多くいるが、

QUEENPIN」(グループの中心となる女性を意味する)を著した

ミーガン・アボットの世界も想像を刺激する色彩感覚に満ち溢れている。



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「私が、生きる肌」(La piel que habito)

緑豊かで風光明媚なスペイン北部。

その昔、仕事で北スペインの都市ビルバオから地中海沿岸の

バルセロナに向けて南東に向けて数時間車を走らせると、

これまでの景色が一転し、

赤茶けた砂漠地帯が目の前に広がった。


欧州の他の国、例えば緑豊かなドイツと比較すると圧倒的に

荒涼とした内陸部の砂漠化が目立つスペイン。


それだけに地中海沿岸地域、そしてビスケー湾沿岸地域の

美しさが際立つスペイン。


ペドロ・アルモドーバル監督の生まれ故郷である

カスティーリャ=ラ・マンチャ州のカルサーダ・デ・カラトラーバも位置的に

比較的乾燥した地域であり、緑豊かな土地とは言えないと思うが、

若くして故郷を飛びだし、マドリードで独学で映画制作を勉強した

ペドロ・アルモドーバル監督の心の原風景、そして作品の中に

いつも投影されているように感じるのが、スペイン内陸部の風景の

ように思う。


性的虐待を発端として、その被害者に対する復讐を物語の土台と

する作品構成はペドロ・アルモドーバル監督の作風の一つであり、

本作『私が、生きる肌』(La piel que habito)もこの流れに沿った作品。

1990年の「アタメ」で監督と共に仕事をして以来、活動の軸足をハリウッドに

移しているアントニオ・バンデラスが主役として、“社会的地位を確立した

悪者“を監督が意図する通りに演じた、一種の”ピカレスク“と言える。


最先端の再生医療をモチーフとし、「La piel que habito」((移植されて)

その人物のものとなる皮膚)の原題のようにヒトの正常表皮細胞を培養し、

生きた対象者に皮膚を移植して、無力の人間に対して力を行使し、

自分の望みのままの外観の人間を創造する冷徹かつ頭脳明晰な

医者ロベル、果たしてロベルが作り上げた人物は?

そしてこの行為の結末は?

映画の本質である映像による意思伝達という表現方法を100%発揮させた

ペドロ・アルモドーバル監督の世界が展開する2011年のスペイン映画。



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「An Education」(17歳の肖像)


時は1961年、舞台はTHE BEATLESと名前を替えた5人のメンバーが

リーゼントと革ジャンでハンブルグ巡業を続け、「LOVE ME DO」で

歴史的デビューを飾る1年前のロンドン。

体のいたるところをピアスで飾ったロンドン名物パンクファッションが登場するのは

まだまだ先で、4人となったTHE BEATLES がロンドンではネクタイにスーツ姿

での演奏を強いられた程、階級制度が社会のあちこちで

幅を利かせ、保守を貴ぶ精神がイギリス社会を支配していた時代。


16歳の私立女子高校生ジェニーの父親は、自身が労働者階級出身で

学歴がないことを人生最大のコンプレックスに思い、娘をオックスフォード大学へ

進学させることが、彼女がこれから順風満帆な人生を送れる鍵になると考えていた。


ジェニーが趣味で演奏しているチェロの練習が終わり徒歩で家に帰る途中、

チェロを抱えて、突然土砂降りとなった雨に濡れて歩いていたジェニーは

車で横を通った年上の感じの良い男性に声をかけられ、大切な楽器を車に

乗せてもらい、最後には自分も車で家まで送ってもらう。


この大人の男性デイビッドと付き合うようになったジェニーはデイビットとその

友人達を通じて“自由”な世界を知り、しだいに規則に縛られ、

規則に則った生き方を指導する学校に反発し、

そこで働く校長、女性教師の生き方を非難するようになる。


原題を「教育」とする本作は、

純粋培養のような世界で育った少女が、年の離れた男から

これまで自分が全く知らなかった大人の世界を教えられ、

そして、自分の父そして親身になって考えてくれた先生から

改めて人生を教えてもらうことを描いた、

1960年当時のロンドンの世相を背景とした“寓話”である。


16歳~17歳の女子高生ジェニーを演じたキャリー・マリガンの繊細さ

そしてイギリス女優 エマ・トンプソン、オリヴィア・ウィリアムズ

演じたロンドンの私立女子高校の先生のリアルな姿が印象的な

ドグマ95に係るデンマークのロネ・シェルフィグ監督が制作した

2009年のイギリス映画。



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