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「光のほうへ」 (Submarino)

「メランコリア」のラース・フォン・トリアー監督らと共にデンマーク映画の

製作規範「ドグマ95」を推進したトマス・ヴィンターベア監督が、

この作品自体は「ドグマ95」ではないが、

2010年にデンマーク・スウェーデン合作映画として制作した「Submarino」は、

邦題の「光のほうへ」が救いとなる、敢えて人の負の部分を映像として

切り取り観客に問い続けることで、人が生きる意味を考察する、

感覚的には暗鬱”とも言える作品であった。


赤ちゃんを産んでもアルコールにおぼれ、子供の世話を放棄

している母親、その母親のかわりに、ミルクを買うお金がないため、

ドラッグストアでミルクを万引きし乳児を育てている兄と弟の

少年達。

父親が不在のこの二人の兄弟にとって自分たちの唯一の楽しみは

弟となるこの乳児を育てることであり、兄が神父役をつとめて幼児に

疑似洗礼を授けるが、二人はある日当然乳児が天に召されたことを知る。


この事故から数十年後、音信不通状態であったこの兄弟が

成人して初めて母親の葬式を機に顔を合わせることになる。

再開した兄は恋人との別れが原因の傷害事件で服役していた刑務所から

出所したばかりでアルコール中毒に陥っており、妻を交通事故で亡くし、

小学生の息子と二人で暮らしている弟は重度の薬物中毒者として

日々を過ごしていた。


脳の神経細胞を麻痺させることで、脳につかのまの安寧をもたらせてくれ、

過度の摂取を繰り返す事により脳自体が勝手に体内に取り込むことを

要求する薬物、そしてアルコール。


アルコール中毒の兄は子供のいる弟を思い、そして友人を庇う、

薬物中度の弟にとっては子供が唯一の生きている証左。


「光のほうへ」は、過去の事故を繰り返さないことを誓って生きる

兄弟の挫折そして過去からの決別の物語である。




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ラグビー 欧州テストマッチ ルーマニア戦

先週、ラグビー日本代表チームが初めて欧州の地で勝利した。

1110日にブカレストのルーマニア正教会と思われる丸い尖塔が美しい教会を

背景にし、芝生が美しくこじんまりしたナショナルラグビースタジアムで行われた

テストマッチで、欧州26戦目にして初めて、

日本チームに勝利の女神がほほ笑んだ。



大男揃いのルーマニアチームのフォワード選手と互角にスクラムを

組むことは出来なかった日本チームが勝利を手にすることができたのは、

身上とする展開ラグビーを執拗に続け、結果として待ちの姿勢が目立った

ルーマニアの防御網に穴をあけたことと、早稲田大学時代から活躍してきた

フルバック五郎丸が積み重ねた正確なショットであろうか。



昨年のワールドカップで悔しい思いをし続けてきたラグビーフアンにとって、

テストマッチとはいえ欧州の地で勝利したこの一戦は歴史に残る戦い。



スクラムだけを見ると歯が立たなかった日本チーム、

ラインアウトの正確さ、ボールを生かす個々の選手の個人技では

決して負けていなかった日本チーム。

まだまだ苦しい戦いが続くことが予想されるが、

前半のロスタイムまで攻め続けた今回の試合のように、

勝機を必ずものにする勝癖をこの欧州遠征で身につけてほしい。



ラグビー日本代表ヘッドコーチを務め、昨年迄サントリーサンゴリアスを

率いていたエディー・ジョーンズ氏の試合後の次の言葉が今回の勝利を

象徴していた

This is a small step but a SIGNIFICANT step


おめでとう、そしてがんばれ日本。



新しい一日を告げる今朝の二子玉川の朝日




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少年と自転車


かつて少年が父親に買ってもらったマウンテンバイク、

父親に売られてしまったこの自転車を少年が探す過程で、

少年はその後の人生に大きな影響を与える人たちに出会い

人の愛を知り、いつしか孤独な心が癒されていく。



「少年と自転車」は肝心な場面で必ず少年のかっこいい

マウンテンバイクが登場し“心の安寧”を象徴する音楽が流される、

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の2011年の

ベルギー・フランス・イタリー合作作品



いつから母親が不在だったのか、作品では明らかにされないが、

父方の祖母がこれまで面倒を見てくれていたと思われるシリル。

この祖母が亡くなり、父親自身も蓄えが底をついてこれ以上の養育が

不可能となったことからシリルは一人養育施設に預けられる。


いつか必ず父親が迎えに来てくれると信じているシリルは、

ひたすら自分の力で父親を探し続け、学校を脱走して

昔父親と住んでいたアパートへ行く。

ここで、探しに来た施設員に見つかったシリルはアパートの診療所に

逃げ込み、そこに居合わせた女性にものすごく強い力でしがみついて

尻餅をつかせ、いつまでもしがみついて離さないこのシリルの

精一杯の姿が、運命的な出会いをしたこの女性サマンサの

心に強烈な印象を残す。


愛は人を救えるのか、

父親に捨てられ、母や祖母の愛情を知らないシリル、

父から捨てられた事を知った少年は絶望し、他者からの愛情に

飢え焦がれ、危ない若者と交じるようになるが、

最初に受けたシリルの“人に愛されたい”と渇望する心を満たし、

シリルが普通の子供として生きていくことに使命感を感じたサマンサは

シリルをどこまでも信じ、愛情を持って接する。


成人した大人が子供に接する態度。

子供は家族の一員であるともに社会の一員。

サマンサがシリルに接する態度に、監督のメッセージとしての

人間としての尊厳を深く感じた。




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